現代物かつ学園物。自動的に俺設定が多量に含まれますのでご注意を。
でも相変わらず、学園の描写は少ないです。
「それじゃ、天子。お父さんと出かけてきますからね。永江さんの言う事を聞いて、良い子にしてるんですよ」
そんな母親の言葉にそっぽを向いて聞き流す娘の姿に、その母親は溜息をついてしまう。しかしそんな一憂もすぐに吹き飛んでしまう。
「お任せください。お嬢様とは子供の頃から長い付き合いなのですから、扱い方も分かっています。それとお嬢様は照れているだけです、気になさる必要はありませんよ」
「誰がっ! 何言ってるのよ、衣玖」
「ほら、天子。永江さんにそんな口をきかないの。学校のお仕事が終わってから、わざわざ天子のために来てくださっているのですよ」
「私が頼んだわけじゃないもん」
「ま、この子は何てこと言うのかしら。塾なんか行きたくない、と言ったのは天子でしょ。それでわざわざ永江さんに来てもらって。しかも正式に先生になられてからも来てくださっているなんて、ありがたいことなのよ。本当にすいませんね、永江さん、いや永江先生」
「お気になさらず。こうして美味しい夕食を頂いておりますので。私の両親が転勤して以来、一人での食事とは侘しいものですから。このような小母様の美味しい食事を頂けるだけでもありがたいというものです」
小食で食べさせ甲斐のない天子と違い、衣玖の健啖家ぶりは学生だった頃と変わっていない。幼馴染の家とは言え、おかわりの遠慮の無さが、その出るところは出て、へこむべきところはへこんでいるスタイルへと反映されているのだろうか。
そのスタイルの良さは学校でも学生教師問わず評判で、同じ社会担当の慧音と張り合っているともっぱらの評判である。当の本人達はお互いにそんな意識は全く持っていないのだが。
小言を言い足りなそうにしていた、天子の母親だったが、時間が押してきたのだろう。食器は流しで水に浸しておいてね、と言い残して、は娘を衣玖に預けていった。その向かった先は天子の父の出席するパーティーであった。
天子はいわゆる社長令嬢と言われる立場にあった。
とはいえ、本人にはそんなつもりは全くない。父からして定年まで万年課長だと思っていたのが、同期の大抜擢で引っ張り上げられて、関連会社の社長に据えられたという他力本願極まりない経緯があったからだ。
それでも会社がうまく回っているのが人徳というものだろうか。しかし毎日部下に怒られてばかりだよ、と笑う父の姿を見て、天子はなんともやるせない気持ちになるのだった。
本当は今日のパーティー、本社の何かと理由をつけて開かれるパーティーの招待状には天子の名前もあった。
しかし天子はパーティードレスを着てまで、父と一緒に頭を下げるのに付き合うつもりはなかったし、両親も天子を連れて行くつもりはなかったらしく無理強いはされなかった。
着替えに忙しかった母親を横目に、今日は積んだままだったRPGでもやろうかな、と天子がごろごろしていた時に来訪を知らせるチャイムが鳴った。そのチャイムを鳴らした本人は、比那名居家の食卓で味噌汁を啜っている。
学校からその足で来たのだろう衣玖の装いは、今日天子が衣玖を学校で見かけた時と変わらなかった。
そんな衣玖を天子の母は快く迎え入れ、パーティーの準備で忙しいというのに、衣玖のために夕食を準備し始めたのだった。
これは特別なことではない。
衣玖が夕食を比那名居家で食べるという習慣はもう六年になる。それは衣玖が天子の家庭教師をすることになって以来続く習慣となっている。
衣玖が家庭教師から、教鞭をとる教師にになってからは、職業倫理上謝礼を受け取ることはなくなっていたが、逆に謝礼代わりの夕食での遠慮がなくなってしまっていた。忙しい教員となってからも、さまざまな事情で家庭教師をするのは不定期となってしまっていたが、特に回数は変わらず、週に二三度は比那名居家の夕食のご相伴に預かっている。
一番食べる衣玖がご相伴と言っていいのかは難しいところであるが。
母親もいなくなって二人きりになった食卓で、衣玖は勝手知ったる我が家のように振る舞い、自ら炊飯器からご飯を装う。盛ったご飯は茶碗二膳分はあるように天子には見える。しかも母親がいたときには最低限の礼儀は守っていたが、今は箸を口に咥えたままだった。
天子は見ているだけで胸焼けがしそうになりながら、デザートのロザリオを啄ばんでいる。この皮を剥かないで食べられる葡萄は、食に対して手間をかけたくない天子のお気に入りだ。しかしその様子を衣玖が見咎める。
「天子、もう食べないのですか? そんな小食では大きくなれませんよ」
母親がいなくなった途端に、衣玖は天子をお嬢様とは呼ばなくなる。天子もそれを当然のこととして受け入れている。天子の前に置いてある皿はサラダ皿と、冷えたカフェオレの入ったカップ、そしてロザリオが盛ってあるものしかない。
対照的に向かいに座っている衣玖の前には、とんかつ、味噌汁、山盛りのご飯、煮物、そんな料理が所狭しと並んでいる。
衣玖が一週間比那名居家の敷居を跨がないせいか、天子の母親は衣玖のための食事を切らすことはない。少なくとも下ごしらえをして冷凍しておく。
料理好きな母親と小食な娘の間に現れた救世主が衣玖だった。天子としては、母親から食事を勧められる標的となってくれるし、母親としては食べさせ甲斐があることこの上ない。おかげで天子と、週に二三度しか訪れない衣玖の、比那名居家に対するエンゲル係数への寄与はさほど変わらなくなってしまっている。
天子は衣玖の言葉に反応せずに、肩肘をついて、ロザリオの皮を歯で食いちぎる。わずかな渋味と酸味とともに、甘味が口一杯に拡がる。
「私のとんかつ食べますか? 天子はもう少したんぱく質を取らないといけません。ダイエットしているわけではないんでしょう」
私のとんかつって、母さんの作ったとんかつでしょうが、そう天子は思うが、面倒なので反論しない。
天子はダイエットが必要であるほど太ってはいないし、天子自信も痩せすぎているのが美しいとは思っていない。ただ目の前で衣玖が食べているのを見ているだけである種の満足感を覚えてしまうのだった。
「いらないわよ」その言葉と交換するように、ロザリオを口に含む。
天子はロザリオの種を吐き出した。しかしそれは天子が意図したものではなく、衣玖の発言が原因だった。
「天子が小食なのは昔からですしね。まあ、私は今のままの天子でもちゃんと好きですから」
衣玖のそんな発言に、天子は種を吐き出してしまっていたのだった。
「ちょ、食卓で何を言ってるのよ!」
「あら、食卓で駄目なら、二人きりの天子の部屋ならいいのですか?」
いつの間にか料理を平らげていた衣玖は食後の緑茶で口の中を清涼にしながら、にっこりと笑う。
「それに、先に私のことを好きって言ってくれたのは、天子じゃありませんか」
その話はするな! 天子はそう叫びたかった。第一幼稚園児の結婚の約束なんて黒歴史を持ち出されたくはなかった。
「あ、あのね。い、いくおねえちゃん、わたしのおよめさんになって!」スモックの裾を握り締めて、真っ赤な顔で衣玖に告白した天子の姿を、衣玖は生涯忘れることはできないだろう。自分の腰程度の身長しかない天子の、赤面した顔で、しかも半ば涙ぐみながらの告白だった。
当時中学生だった衣玖は他人から告白されるの経験はないでもなかった。しかしそれまで衣玖に告白してきた男は、別段衣玖の興味を惹くことはできず、丁重にお断りしてきたのだった。
しかし父の大学時代の後輩の娘だという、天子から受けた告白は衣玖を大きく狂わせた。別に衣玖がロリコンというわけではない。
ただ衣玖は少女なりに真剣な面持ちでまっすぐ見つめてくる、この少女の願いを叶えてあげたいと思ったのだ。
天子の両親は降って湧いたように社長になったばかりで休日もない忙しさだった。そんな天子の面倒を見ることになったのは、自給1000円という中学生としては割のいいバイト代を提示されてほいほいとやってきた衣玖だった。
二人きりおままごとの最中の告白、それに衣玖は天子の頬にキスをしてあげた。天子が大きくなって私のことをそれでも想ってくれるならいいですよ、という言葉と共に。リップサービスがなかったと言えば嘘になる。しかし衣玖も嘘をついたつもりはなかった。
「うん!」満面の笑みで、受け入れられた告白に喜ぶ天子を見て、衣玖は自分の顔も綻ぶのを感じた。
こうして衣玖、天子がお互いに腐れ縁と呼ぶ関係は衣玖が教員として、天子が学生として同じ学び舎に通うまで続いている。
「いや、確かに私が先に言ったんだけどさ……」その話を持ち出されると天子としては反論のしようがない。しかもその光景を忘れることができていれば良かったのに、天子にとってもその光景はいい意味で衝撃的だったのか未だに忘れることは出来ずにいるのだった。
「天子、可愛いかったですよ。こう真っ赤な顔で泣きそうになりながら、上目遣いで私の方を見ていたんですから。その場で抱きしめてしまわなかった私を誉めたいものです。
あ、安心してください。今でも天子は十分可愛いですからね」
「さ、さらっと、恥かしいこと言わないで」
「あら、可愛いって言われたくありませんか」
衣玖はするりと天子に近づいている。「恥かしいから駄目よ」そんな論駁しかしない天子の頬を、衣玖は愛おしそうに撫でる。
「お母様は私にデザートを準備してくれなかったようなのです。いつもであれば抜かりなく準備してありそうなものなのですが。もしかして天子、全部食べちゃいましたか?」
「そ、そうね。葡萄もほとんど残ってないし」
衣玖は天子の頬を撫でる。衣玖が手を動かすたびに天子は汗ばんだ手でスカートを握りしめる。
「ですからデザートにこの美味しそうな桃を頂いてよろしいですか?」
「す、好きにすればいいじゃない!」
そう言う天子の頬は桃というには赤過ぎた。
天子の自室の机の上には英語の参考書が広げられている。社会関係の科目を受け持つ衣玖であるが、天子の家庭教師ではほぼ全ての科目を天子が望む限り教えるようにしている。
だから机の上に英語の参考書があっても何もおかしくはない。
だがその部屋にいる二人は参考書なぞに目を遣ろうとはしない。
部屋に水気の強い音が響く。
天子に熱帯魚を飼う趣味はないので部屋に水槽はない。机の上にペットボトルが仲良く二本寄り添っているが、動きもしないその透明な容器が音を立てるはずもない。
水音はベッドの上から響いている。
天子の長い髪が衣玖の太ももに触れて、衣玖はかすかなくすぐったさを感じ取る。衣玖はそのことを気にもしようとしない。
衣玖はよく出来ました、と言いながら天子の頭を撫でている。頭を撫でられた天子は、より一層衣玖に教え込まれたことを実践しようとする。
そんな天子の顔を見ていると衣玖の心臓が締め付けられる。衣玖は二択を迫られる。天子の細い体を抱きしめることと、このまま天子に続けさせること。しかしここで天子に止めさせたら天子も嫌がりそうであったし、衣玖としてもこのまま天子に続けて欲しかった。
そのため天子に続けさせることを優先してしまう。
天子は衣玖に教えられた通りに、衣玖のあそこに舌を這わせて水音を部屋に響かせる。衣玖が天子に感じさせられるたびに衣玖は天子の頭を撫でる。頭を撫でられると、天子は嬉しそうに笑みを浮かべて、衣玖のあそこをより丹念に舌を這わせる。
天子がこんなに一生懸命な姿を見せるのは衣玖に対してだけだった。
天子が教師からは不真面目ではないが熱意はないという評価を受けている。それでいて成績も悪くはなく、むしろ上位グループに属するので問題になることはない。そもそも天子にとって勉強は衣玖に教えてもらうものであり、同時に成績が悪かったら衣玖の教え方が悪いという判断を下されるもの、という認識を持っていいる。
衣玖に恥をかかせないために、天子のテストでの成績は優秀だった。その代わり音楽や体育などの衣玖に教えてもらうことのない科目では自主性が低いとみなされて、そこまで良い成績は付けられていない。
衣玖が天子の家庭教師をしているのは公にはしていないが、衣玖が教師ではなく、天子との学校での接点がない頃から続いているのだから、公然の秘密でしかなかった。
衣玖に直接教えてもらうときは、衣玖の言葉一つをも聞き漏らさない勢いで貪欲に吸収していく。おかげで衣玖の趣味の深海魚については、天子も一家言持つほどになってしまっている。
そしてそれはこの行為にも及んでいる。衣玖が気持ちいいと言ったところ、気持ちよさそうに顔を歪ませたところを忘れないで記憶していく。
衣玖が弱い脇腹のある一点もすぐに覚えた。
あれだけ食べているというのに無駄な肉の付いていない脇腹を突きながら、天子は衣玖の太ももの間に顔を埋める。
天子にとってはこうして裸で抱き合うときだけが、衣玖と自分の距離がわずかに縮まる時間だった。
それ以外の時間では常に衣玖から自分とオトナの差を見せ付けられてしまう。それは衣玖成熟した身体だけではない。社会的な立場や、人との付き合い方など多岐にわたる。
それでもこうして裸の衣玖と睦みあっていると、、衣玖の豊かな胸はともかく、気持ちいいところを触られて声を出してしまうのは自分と一緒なんだ、と安心してしまう。
こんな衣玖を見れるのは私だけなんだから、その自負を持って、衣玖の愛液を音を立てて啜る。衣玖はその献身的な愛撫にベッドシーツを握り締めて耐える。
しかし衣玖のことを良く知る天子には衣玖のコンディションは筒抜けだった。天子には衣玖が達してしまいそうであることを鋭敏に嗅ぎ付ける。衣玖が達しそうになるときに、無意識に左手の親指を他の指で握り締める癖があることを知っていた。
何より衣玖の表情だ。
永江先生と呼ばれている時のあの澄ました顔ではなく、天子と一緒にいるときにしか見せない表情、そして何より天子の愛撫でしか出さない表情だった。
天子はその衣玖の表情がもっと見たくて、衣玖の一番感じるところに歯を立てた。
「きゃっ、あ、ん……」
既に十分に熱せられていた衣玖の身体は、その急激な刺激に耐えられずに、小刻みに震わせる。
「衣玖、いっちゃった?」
天子が嬉しそうに衣玖に問いかけるが、衣玖はそれに応える余裕もない。ただ天子に与えられた快感の残滓を味わっている。
そんな衣玖の様子を天子は笑みと共に眺めている。衣玖をいかせることが出来た。別に初めてではないけれど、それでも遥か先を歩いている衣玖に一歩近づけた気がした。
衣玖が天界から帰って来た。
どこにも合っていなかった目の焦点が、次第に天子の笑顔を中心に結ばれる。ぼんやりとしていた衣玖の表情にも、その天子の笑顔が感染する。名前を呼びながら、衣玖は天子を抱きしめる。天子の顔に衣玖の豊かな胸が押し当てられるが、天子にとっては衣玖の体温を感じられることの方が重要だった。
「ね、気持ちよかった?」
天子が、褒めて褒めてオーラ全開で衣玖に尋ねる。天子に犬の尻尾が生えていたらぐるぐる回っていたであろう。衣玖にはこころなしか犬耳まで見えるような気がする。
「98点」
「えー、満点じゃないの?」
衣玖に関する事については、わずかな瑕疵すら許さない天子としては、とても歯がゆい点数だった。
「どこが悪かったのよ」衣玖の肩を揺さぶりながら問いただす天子に、衣玖は思わず笑ってしまう。そしてその笑いに天子はさらに機嫌を悪くしてしまう。
「100点なんて言ったら、勉強しなくなっちゃうでしょう。私は試験を作るときは100点を取らせないつもりで試験を作る主義なの」
「ひどーい」
「あら、98点は良くできました、花丸、の範囲ですわ」
「ぶー。でも98点はなんか歯がゆくて嫌な感じ。これが89点だったら、納得できるのに」
「納得できない比那名居 天子さんにはご褒美を上げましょう」
そう言いうと衣玖は天子を抱きしめると、そのまま唇にキスをする。外国の挨拶のキスではなく、舌と舌を絡み付ける恋人のキスだった。
天子はそのご褒美を多少の不満と共に、しかし嬉しそうに受け取った。
「何か誤魔化された気がする」
「そんなことないですわ」
天子を後ろから抱きしめながら、二人は毛布に包まっている。
天子はこうしているとやっぱり衣玖には全然追いつけていない気がしてくる。年齢的に絶対に追いつけるはずもないことは天子も分かっている。
でも今の天子は、天子が衣玖に告白したときの衣玖の年齢を越えてしまっている。その時の天子の記憶の中にある衣玖は、今の自分より全然お姉さんだったはず。
「どうしたの?」衣玖は天子が何か考えていると頭を撫でてくれる。
「何でもない」天子は子ども扱いされることは嫌だったけれど、この衣玖による頭を撫でられるという行為だけは別だった。
天子は体勢を変えて、衣玖と向き合う。向かい合わせになったのは笑顔だった。
こうして肌を重ね合わせた回数は十回や二十回ではきかない。
それでもまだお互いに知らないことばかりだった。今日も衣玖は、天子の右の耳に小さなほくろがあることを知った。そのほくろを舐めると天子はこそばゆくて、衣玖の腕の中で身体を震わせてしまう。
そんな天子が可愛くて、衣玖は天子の小振りな胸を手の平に収める。天子は胸を触られると顔を歪めてしまう。そして必ず衣玖の胸を見るのだ。
衣玖が一回こんな重いものいらないのに、と冗談で言ったら天子に怒られたのだ。私のために存在しているものを邪魔なんて言わないで、と。それ以来衣玖は自分の胸を邪魔だとは思わなくなった。そしてそれと同時に、嫉妬と羨望の混じった天子の顔をより一層愛おしいと思うようになってしまった。そしてその無邪気な笑顔に少しだけいじわるをしたくなってしまった。
天子の小さな鼻に軽く噛み付くと、涙眼で睨みつけてくる。
「衣玖ぅ」
天子の頬を膨らませての可愛い抗議に対して、衣玖は天子の下腹部に手を延ばすことでその抗議に応える。
「天子のここ準備はいいようですね」衣玖は天子の耳元で囁くと、天子はいつもの反応を示す。天子は耳元で囁かれると目をつぶってしまう。その癖を天子の両親が知っているはずもない。クラスメートも知らない。そして衣玖が天子に教えることもない。衣玖だけの秘密だった。
天子に教えたらその癖を矯正してしまうかもしれない、いつまでも自分だけの秘密が欲しいという衣玖の些細な独占欲が、その天子の癖をなくそうとはせず、今日も天子のまぶたを閉じさせている。
その癖を衣玖が知った日、それは衣玖が天子を初めて抱いた日と同じ日だった。
傘を忘れてずぶ濡れで帰って来た天子、留守番を任されていた衣玖が出迎え、浴室まで連れて行った。そしてどちらが誘ったわけでもなかった。衣玖は天子を抱き締めて、抱き締められた天子も衣玖を拒絶しなかった。
好き
愛している
天子も衣玖もその言葉は言わなかった。しかし衣玖が天子の名前を囁くたびに、天子はその言葉の響きをかみ締めるように、目をつぶってその言葉を甘受する。それは初めて抱かれてから何年経っても変わらない癖だった。
「天子のここ、私の指を簡単に飲み込んで。熱くてやけどしちゃいそうです。こんなに私の事を待っていてくれたんですね」
「言わせないでよ」
「言わせたいんです」
「や」
「先生の言うことを聞けない悪い子はお仕置きですよ」
「やっ、教え子に手を出す悪い先生はどこの……」天子の糾弾は半ばで阻止されてしまった。衣玖のキスは長く、その糾弾が天子の口から漏れ出るのを妨げる。
キスは長かった。天子の体感時間でも、そして時計の針の歩みもどちらも一分を超えていた。
「天子を手放すくらいなら、教師の道も捨てられますよ」
唇を離した直後のその一言、衣玖はまるで今日の夕食のメニューが何であるかのように口に出した。
「ば、馬鹿っ」
「むぅ、心外ですわ。それに初めて告白してきたのはてん……」
「うきぃ、二回も言わないでよ、阿呆衣玖ぅ」
「あの時は小さかった天子もこんなに大きくなって……」
「ちょっと、どこ見ながら言ってるのよ」
「胸ですが」
「何それ! ちょっと大きいからって」
「天子、日本語は正しく使いましょう。ちょっとというのはこの場合不適切です。誰が見てもちょっとじゃなくて、とても……」
衣玖の口上は天子の反撃で途切れていた。天子の歯が衣玖の肩に食い込んでいる。さすがの衣玖もこれには思わず天子を引き剥がしてしまう。
「て、天子。ちょっと痛いですよ」
「ふんっ」
天子はそっぽを向いて反省する素振りはまったく見せない。
「まったく跡が残ったらどうするんですか」
「大丈夫、消えたらもう一度付けてあげるわ」
胸を張る天子に衣玖は溜息をつく。
「それは誘っている、という解釈でよろしいですか?」
「へ?」
「跡が消えても、私からは天子を誘いませんので、是非天子の方から私を誘惑してくださいまし。そして跡を付けてください」
「あぅ」
当初の勢いがなくなった天子を、衣玖は逃げる間も与えずに抱き締める。
「是非お願いしますね」
「うん、考えとく。何度だって跡をつけてやるんだから、覚悟しなさいよ」
そんな悪いことを言う天子の頭を衣玖は撫で続けた。
更に一戦交えた後、まだ天子の両親が帰って来るまでは時間がある、と二人は一緒に風呂に入っている。
「ねえ、衣玖ー」
「はいー、なんですかー」
衣玖の家の小さい風呂と違い、足を延ばしても余裕のあるこの風呂は衣玖の大好きな場所の一つだった。しかも足を延ばしても余裕があるということは、天子を抱き締めながら風呂に入っても余裕があるということ。
天子も一人で入浴するときはシャワーで済ませてしまうこともあるが、衣玖と一緒に居る時は一緒に湯船に浸かることを欠かしたことはない。
「さっき、私のためなら教師の道も捨てちゃうって言ったけど、あれって……」
「んー」
「衣玖ー」湯船で長閑になっている衣玖の脇腹を天子の指先がつまむと、衣玖もようやく目が冴えてくる。
「その時は北の港町にでも逃げましょうか。そこで二人で小料理屋でもするんです」
「楽しそう。衣玖と二人なら頑張れるよ」
「じゃ、今度下見に行きましょうか」
「んっ?」
「今度のボーナスの使い道がようやく決まりました」
「それって、一緒に旅行するってこと? その、もちろん二人きりだよね」
「もちろんですよ。天子と一緒に旅行したことって今までありませんでしたから。これも婚前旅行と言うのでしょうか」
「それなら海外、ハワイ、グアム、どこがいいかな」
「無理です」
「ざんねーん」
そんな二人きりの時間。
「ただいま」
「ただいま、天子いい子にしてる? 永江さんに迷惑をかけてないでしょうね」
「靴があるということは、永江さんも帰らずにまだいらっしゃるのか。はは、手土産の寿司が丁度いいな。いや足りないか」
両親の帰宅。
「か、帰って来た! 予定より二時間も早いじゃないの、どうしよう、衣玖」
「考えるだけ無駄ですよ。さあ、天子も百数えるまで上がっちゃ駄目ですよ」そう言うと衣玖は天子を抱き締める腕の力を強めてしまう。
慌てる天子と、泰然としている衣玖、その様子は対照的だが、頭の中は大して変わらなかった。
まさか、本当に北の港町に逃げることになるなんて、パスポートも取っていないのに! そんなことを考えている衣玖に、天子の両親に何と言い訳するのか妙案が浮かぶわけもなかった。
「どうしよう、どうしよう」
「天子」
「何、いい案が思いついたの?」
「キスしましょう」
「は?」
「考えるだけ無駄です。今から風呂から上がったところで到底間に合いませんので」
「何言ってるのよ、キスしているどころじゃ……」
「いいじゃないですか、さ、天子」
「それどころじゃないって。や、衣玖、どこ触ってるのよ!」
「一緒に風呂に入るなんて仲が良いなあ」
「まったく、洗髪まで永江さんの手を煩わせるだなんて。天子、何を考えているんですか!」
衣玖の言葉を疑うことのない両親の姿に、天子はある意味目眩を覚えそうになった。
「いえいえ、私から言い出したことですので」
当の衣玖といえば、悪びれず遠慮なしにお土産のお寿司をつまむ。持ち帰り用に濃い目の味付けのお寿司は風呂上りの体に染み渡っていく。
「た、助かった。この親で」
「天子、何か言った?」
「いいえ、何も」
天子は安堵のため息と共に、衣玖の隣でお茶を飲み込む。そんな天子を、衣玖は寿司を食べながら楽しそうに眺めていた。
「デザートは何がいいかしら?」
その母親の一言に天子は顔を赤らめてしまう。デザートとしておいしく頂かれてしまった経緯を思い出す。しかし衣玖は平然と憎らしく、桃でも、というのだから天子は更に顔を赤らめてしまった。
両親はそんな娘を奇異の目で見ながら、桃は季節はずれでないのよねえ、と会話に華を咲かせるのだった。
桃より甘いっす!
女教師と女子高生のいくてん、甘々で素晴らしいです。
次があれば学校で人目を忍んでのネチョ、なんてのも見たいかも
幼稚園の天子ちゃんマジ天子
「桃より甘い」素晴らしいタグですね^q^
続編希望!
学園物もいいですね。
続編期待してます。
そしてこのいくてんも