「初めまして、グラナド伯爵!」
父が早足で歩み出て、伯爵の前で一礼した。わたしの腕を引き、無理やり頭を下げさせる。
「この度は長女アナスタジアとの縁談が不幸な事故により頓挫してしまい、双方とても残念なことになりました。伯爵さまもご傷心でありましょう。ゆえにワタクシどもはアナスタジアと血を分けた姉妹、マリーをここにこうしてお連れして参りました次第です」
父の口上を、伯爵は聞こえていないようだった。ただ、やはり呆けたようすで、わたしのことを見下ろしていた。
「マリー……君がマリー? アナスタジアの妹というのは、君のことだったのか」
質問に、わたしは頷いた。
「はい。わたしがマリーです」
グラナド伯爵が息を呑む。眉を垂らして黙り込み――
不意に、ギロッ! と父を睨んだ。
ものすごい眼力! 神秘的な緑の瞳は禍々しいほどに鋭くて、矢で心臓を射貫かれたようだった。父とわたし、ついでに門番までが飛び上がる。怖い。
そういえば、アナスタジアが言っていた……グラナド伯爵はとても厳しくて、使用人に怖れられているのだと。
だが侍従頭のミオだけは、いつも通りの無表情。主のマントをクイクイ引いて、冷めた口調でボソリと言った。
「旦那様。お顔が怖いことになってます」
「えっ。そ、そうか?」
「マリー様まで怖がっておられます。ご自重なさいませ」
「む。う、うむ……」
「生まれついてのその目つき、どうにかしなくてはなりませんね」
「無理を言うな」
「それと、差し出がましいようですが、シャデラン様は大事なご長女を亡くしたばかりの父でもあります。そして当主として家を守るのに必死であられる。それは慮って差し上げましょうね」
「……む……」
「あと門番のトマスは何も悪くありません。あんなに怒鳴っちゃかわいそうです」
「う……」
ミオに諫められ、伯爵はみるみる無口になっていった。長い時間俯いて考え込み、わたしたちを見まわしてから、とりあえず門番に向き直る。
「すまないトマス。お前に八つ当たりをしてしまった」
そしてフイッと背を向ける。
「みっともないところをお見せした。今宵はこの城でごゆるりとおくつろぎを」
それで、立ち去ってしまった。すぐにお部屋をご用意します、とミオが言う。
さすがの父も、娘は伯爵の寝室にとは言いださなかった。
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