自分を落ちこぼれだと信じてやまない一般男性が、レベルアップとダンジョン飯で優勝する物語~落第冒険者の無自覚無双~
「そら、よっと!」
「ギュラァアアアア……ッ」
俺は長刀
「さてさてレベルは……っと」
鑑定術式の刻まれた羊皮紙へ手をかざせば、そこに現在のステータスが浮かび上がる。
名前:ルド・ファルス
LV:9837
体力:475000
魔力:0
筋力:258000
耐久:180000
敏捷:240000
器用:190000
「おっ、中々いい感じじゃねぇか」
昨日確認したときは9835レベルだったから、2レベも上がったようだ。
「さて、と……気持ちよくレベルアップも済ませたところで、肉が傷まねぇうちにさっさと
前方300メートルほど先、何やら内輪揉めしている5人組のパーティを見つけた。
その後ろを猛追するのは、体長5メートルほどの小さなオーガ。
どうやら、追われているようだ。
「――はぁはぁ……ッ。てぃ、ティタ! お前が囮になれ!」
「えっ、どうしてですか!?」
「見りゃわかんだろう! このままじゃ、俺たちは全滅なんだよ!」
「てめぇみたいな役立たずを今までパーティに置いてやったんだ。せめて最後ぐらい役に立ちやがれ!」
「そもそもの話、お前なんか本当の仲間じゃねぇんだ、よッ!」
「きゃぁ!?」
金髪の少女は突き飛ばされ、オーガの正面へ放り出された。
彼女を囮にして、残りの奴等はトンズラこくつもりらしい。
まったく、ひでぇことをするもんだ。
(さて、どうすっかな……)
別に助けてやる義理もねぇんだが……。
このまま死なれちゃ、なんか寝覚めが悪い。
仕方ない、加勢してやるか。
「おーい、大丈夫か?」
「っ! 冒険者の方で――あっ」
希望に目を輝かせた少女は、ハッと息を呑んだ。
気付いてしまったのだろう、俺の体に魔力が流れていないことに。
絶体絶命のピンチに現れたのは、冴えない落第冒険者。
そりゃがっかりするわな。
「――一般の方ですね? もう大丈夫。ここは私に任せて、あなたは逃げてください!」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
(いや、お前もうボロボロじゃねぇか……)
気丈に振舞っているが、彼女の足は小さくカタカタと震えている。
(俺みたいな見ず知らずの男を守って、いったいなんの得があるってんだ?)
頭から尻まで、まったく筋が通らねぇ。
「ぷっ、くくく……っ。あんた、おもしれぇな! わかるぜ、いつも損するタイプだろ?」
底抜けの善人。
こんな奴、本当にいるんだな。
「な、何を笑っているんですか!? 今のうちに早く逃げて――危ない! 後ろッ!?」
少女は顔を真っ青に染めながら、必死に大声を張り上げた。
「あー、気にすんな。
直後、俺の背後に回っていたオーガは、
「ぉ、ご……?」
右腕を高く振り上げた体勢のまま、ゆっくりと崩れ落ちた。
この様子じゃ、斬られたことにさえ気付いていないだろう。
「う、そ……っ」
呆然と立ち
俺は左手の曲刀
「よぉ、大丈夫か?」
「ぇ、あ、はい……ありがとう、ございます(難度100超えのオーガを一瞬で倒した!? というか、いつ剣を抜いたの!? 動きの起こりから終わりまで、まったく何も見えなかった……っ)」
彼女は目をシパシパとさせながら、たどたどしく頭を下げた。
「あー、気にすんな。たまたま通り掛かっただけだ」
俺は軽くそう返しつつ、今しがた仕留めた獲物に目を向ける。
「うげ……っ。黒角二本に青い舌……よく見りゃこいつ、ヴェノムオーガじゃねぇか」
ヴェノムオーガの肉には致死性の猛毒が含まれており、食用には用いられない。
酷く酔っぱらっていたとき、うっかり何度か食ったことはあるが……苦みが強烈で、糞マズかったのを覚えている。
「あ、あの……あなたはいったい何者なんですか……?」
「俺はルド・ファル……いや、自己紹介は後でいいか。確かティタとか呼ばれていたよな? 向こうの方にいい肉があるんだ。せっかくだし、あんたも一緒にどうだ?」
「え? あっ、は、はい、いただきます」
俺は彼女を連れて、さっき斬った剛龍レオルギウスのもとへ向かう。
「れ、レオルギウス……ッ!? これをルドさんが、お一人で……!?」
「まぁな。こいつの肉は脂が載っててうまい。そんでもって経験値も悪くねぇから、ときたま狩るようにしてんだ」
「難度300超えのモンスターを単独討伐……っ」
呆然とするティタを横目にしながら、レオルギウスの肉を素早く
「おぉーっ、こいつは綺麗なサシだな!」
これなら、今日も気持ちよく優勝できそうだ。
「さて、後は……」
俺はポケットをガザゴソと漁り、小さな青いスライムを取り出す。
「おーいスラキチ、肉焼きセットを頼む」
『わかったー』
スラキチから返事があり、空間術式が展開された。
俺はそこから、肉焼きセットやら割り箸やらを取り出していく。
「す、スライム……っ。ルドさんは召喚士だったのですか?」
「いいや、召喚術式には魔力がいるからな。俺の場合は、モンスターと個別契約を結んで一緒に旅をしているんだ」
「なるほど……」
スラキチは、スライムの中でもけっこうな上位種。
人語を解せるほか、非常に便利な空間術式を展開できる。
長刀
ちなみに……こいつとの契約条件は、月に一度うまい肉と酒を提供することである。
『ティタ、よろしくねー』
スラキチはそう言って、青い触手をピロピロと伸ばした。
「はい、よろしくお願いします」
彼女はそれを優しく握り、ニッコリと微笑む。
「スラキチ、お前も食ってくか?」
『今日は眠いからいいやー。また今度食べるー』
「そうか、おやすみ」
『うん、おやすみぃ……』
俺はポケットにスラキチを突っ込み、飯の準備に取り掛かる。
「よっこらせっと」
簡易式の肉焼きセットをパパッと組み立て、そこらに落ちてある乾燥した
「――うし、いい感じに温まってきたな」
その瞬間、肉と鉄網が化学反応を起こし、ジュウジュウというたまらない音をかき鳴らす。
肉の脂がメラメラと焼け、芳ばしい匂いがあたり一帯に充満していった。
「毎度ながら、この音と匂いはたまらねぇもんがあるな!」
「……っ」
腹が減っていたのか、ティタもゴクリと生唾を呑む。
それから俺は、割箸と紙の皿を二人分準備。
「――ほれ、あんたの分だ」
スラキチの空間術式から、キンッキンッに冷えた缶ビールを二本取り出し、ティタに一本くれてやった。
空間術式の内部は、時間の流れが極端に遅い。
そのため生肉や冷やしたビールなんかを完璧な状態で保管できるのだ。
「あっ、ありがとうございま――ってこれ、お酒ですか?」
「おぅ、『ハイパードライ』よ。肉といえば、やっぱりこいつだろ?」
脂の載ったうまい肉に辛口の生ビール。
この組み合わせは犯罪だ。
多分、懲役百年は固い。
「お気持ちは嬉しいのですが……。私は未成年なので、お酒はちょっと飲めません」
「お堅いねぇ」
仕方がないので、ハイパードライの代わりに、よく冷えた水を渡してやった。
「そんじゃ、いただきます!」
「い、いただきます」
脂の載った極上の肉を箸で摘まみ、熱々のうちにサッと口へ運ぶ。
その瞬間、口の中で肉のうまみが弾けた。
甘く芳ばしく、そして――濃厚。
そこへすかさずハイパードライを流し、一気に胃袋へ落とし込む。
「かぁ~~ッ。たまんねぇ! こりゃ今日も優勝だな!」
「優勝?」
「あぁ、『最高にうめぇ』ってことだ」
「なるほど、確かにこれは……優勝かもしれませんね」
ティタはそう言って、幸せそうにお肉を頬張った。
それからしばらくの間、レオルギウスの肉に舌鼓を打つ。
「っふぅー。食った食った、腹いっぱいだ。ごちそうさん」
「ごちそうさまでした」
完食。
後片付けをサッと済ませ、新しいハイパードライをカシュッと開けたところで―――ティタが深々と頭を下げてきた。
「先ほどは危ないところを助けていただき、ありがとうございました。改めまして、私はティタ・トリアーデと申します。冒険者見習いの召喚士です」
ティタ・トリアーデ。
背中まで伸びた、プラチナブロンドの美しい髪。
身長はだいたい160センチ、年齢は15か16ぐらいだろう。
クルンとした紺碧の瞳・柔和で優し気な口元・血色のいい肌、非常に整った顔立ちをしている。
ほどよく豊かな胸・くびれた腰つき・スラリと伸びた細い手足――百人が百人とも振り返るような美少女だ。
清廉な白いブラウスの上から茶色の
「俺はルド・ファルス。どこにでもいる三流冒険者だ」
「ルド・ファルス……? もしかして、
「そう。あのファルス家の――『落ちこぼれ』だ」
「落ちこぼれ……?」
不思議そうな顔をするティタ。
俺は苦笑しつつ、話を進めた。
「見ての通り、この体にはまったく魔力がねぇ。『ファルスにあらずは魔術師にあらず、魔術師にあらずは人にあらず』。才能至上主義のファルス家にとっちゃ、俺なんかゴミみてぇなもんでよ。散々罵声を浴びせられた挙句、無一文のまま家を追い出された」
「ひ、ひどい……っ」
「まぁ実際のところ、俺はどうしようもねぇ落ちこぼれだからな……。ファルス家秘伝の術式をなんにも引き継がなかったうえ、魔力ゼロで生まれてきちまった。
手元のハイパードライをゴクゴクと呑み干したところで、なんか空気が重くなっていることに気付いた。
「あ゛ー、悪い。酒が入ってたせいか、つまんねぇ話をしちまったな」
「いえ、そんなことはありません」
彼女はそう言って、ブンブンと首を横へ振った。
「まぁあれだ。俺なんかとは違って、ティタにはちゃんと『魔力』がある。仲間を囮にするような糞以下のパーティなんざとっとと抜けて、いい仲間を見つけて頑張れよ」
重たい腰を上げ、グッと体を伸ばす。
さて、今度はどこへ行って何を食おうか。
次の行く先と晩飯のメニューを考えていると、
「あ、あの……ルドさん、ちょっといいですか?」
恐る恐ると言った風にティタが声を掛けてきた。
「ん、どうした?」
「なんというか、その……今日一日だけ、私のお
「いや、遠慮しとくわ」
これぐらいの歳になれば、一人の方がいろいろと気楽なもんだ。
「……私のお母さん、けっこうな
「ティタの家はどこだ?」
「えへへ、こっちです」
■
珍しい酒に一本釣りをかまされた俺は、ティタの案内を受けて、彼女の家に向かった。
「お母さん、ただいま」
「おかえり、ティタ……って、あら? その人はどちら様?」
玄関口で出迎えてくれたのは、ティタの母親だ。
目元のあたりが、とてもよく似ている。
「こちらはルド・ファルスさん。私がモンスターに襲われていたところを助けてくれたんです」
「モンスターに襲われたって、大丈夫なの!? もしかして、あなたまた高難度のクエストを受けたんじゃ……っ」
ティタの母親は、血相を変えて駆け寄った。
「私は大丈夫、全然なんともないよ」
「そう、それはよかった……」
彼女はホッと安堵の息をはき、こちらに向き直る。
「私はこの子の母、ライム・トリアーデです。ルドさん、娘を――ティタを助けていただき、本当にありがとうございました」
ライムさんはそう言って、深々と頭を下げた。
ライム・トリアーデ。
後ろ手に
身長はだいたい170センチ。かなり若々しい見た目をしており、一見すると二十代半ばにも見えるが……。ティタの年齢から逆算して、実年齢は35歳ぐらいだろう。
「いえ、お気になさらないでください。今回の件は、本当にたまたまですから。っと、申し遅れました、自分はルド・ファルスです」
俺は挨拶を述べ、軽く一礼。
すると、何やら妙な視線を感じたので、ティタの方へ目を向ければ――彼女は不思議そうな顔で、ジッとこちらを見上げていた。
「どうした? 俺の顔になんか付いてんのか?」
「いえ……ちょっと意外でした。まさか敬語が使えるなんて……。それに物腰もとても柔らかい」
「お前、俺のこと馬鹿だと思ってないか?」
「い、いえ! 決してそんなことはありません! ただちょっと『意外だなぁ』って思っただけです」
「……まぁこれでも一応、ファルス家の
「なるほど、英才教育というやつですか……なんか格好いいですね」
「そりゃどーも」
軽く生返事をすると、ライムさんがひょいひょいとティタを手招きした。
「お母さん? どうしまし――」
「――ちょっとちょっと! ルドさん、かっこいい人じゃない! ワイルドな雰囲気と品のある
「お、お母さん!? いったい何を言っているんですか!? ルドさんは確かにかっこいいですけど、別にそういうことじゃなくてですね……っ」
「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって、本当にわかりやすい子ね」
「も、もう……! 茶化さないでください!」
「ふふっ、冗談冗談。そんなに怒らないでよ」
ティタとライムさんは、何やら小声で楽しそうに話し合っていた。
この様子だと、家族仲はかなり良好なようだ。
「そうだ、ルドさん。せっかくなので、今日はうちに泊まっていかれませんか? 娘を助けていただいた、せめてものお礼がしたいんです」
「そう、ですね……。ご迷惑でないのなら、お言葉に甘えさせていただきます」
一泊するつもりはなかったんだが……。
善意100%の申し出、すげなく断るのもどうかと思われたので、一晩だけ泊めさせてもらうことにした。
「それじゃ、今日は御馳走にしましょう! ねぇルドさん、うちには地方の珍しいビールやワインなんかがあるんですけれど、苦手だったりはしませんか?」
「お酒はなんでもいけます。後、めちゃくちゃ呑みます」
「あらっ、それは楽しみ。実は私も、けっこう呑む方なんですよ?」
「ははっ、それはいいですね」
その晩、俺はトリアーデ家のご
ティタとライムさんの手料理は、なんか温かい感じがして、めちゃくちゃうまかった。
お目当ての珍しい酒も、独特な風味があってかなり楽しめた。
これは違いなく、完全優勝と言っていいだろう。
ちなみに……ライムさんはかなり酒に強く、結局この日は夜遅くまで呑み明かしたのだった。
■
あれから数日間、俺はティタと行動を共にした。
「俺と一緒にいたら、魔術協会やらなんやらから、目をつけられちまうぞ?」
何度もそう忠告したのだが……。
「ルドさんが嫌じゃないのなら、一緒にいたいです」
ティタはそう言って、離れようとしなかった。
二人でいろんなところへ行って、一つわかったことがある。
なんつーか……あれだ。ティタは糞弱かった。
魔術の素養はあるから、いずれ俺よりも強くなるとは思うが……現時点では、そりゃまぁ酷いもんだ。
「あっ、ルドさん。あんなところに、おいしそうな木の実がなっていますよ。私、採ってきますね!」
「おぅ……っておい、待て!? その実は、ジャイアント・フロッグの罠だ!」
「え……? き、きゃぁああああ!?」
「ったく、綺麗にすっぽりと丸呑みにされやがって……。ちょっと待ってろ、下手に動くんじゃねぇ、ぞッ!」
「う、うぅ……助けていただき、ありがとうございました……っ」
「おぅ、怪我はねぇか?」
「怪我はありませんが……。私、汚されちゃいました……」
「馬鹿なことで言ってねぇで、さっさとその粘液まみれの体を洗ってこい」
ここ数日は、こんなトラブル続きだ。
仕方ねぇから、『冒険者のいろは』的なやつを教えてやると、彼女は興味深そうに耳を傾けた。
もとが素直だからか、学習速度はかなり速い。
この調子で頑張れば、すぐに立派な冒険者になれると思うんだが……。
ティタはおっちょこちょいで、警戒心がとても薄い。「こんなんで本当に、冒険者をやっていけんのか?」と心のどこかで不安に思っちまう。
ただその反面、優しくて、純粋で、生真面目で、よく笑って――なんというか太陽のように暖かい奴だ。
そして何より、めちゃくちゃうまそうに飯を食う。
「はむはむ……っ。あぁ~、おいしぃ。いいお肉を食べると、幸せな気持ちになりますね!」
「そこにビールがありゃ、完全に優勝ものだな」
「永久凍土のかき氷、甘くておいしいけど、とっても冷たいです。頭のここのところが、キーンってします……ッ」
「ははっ、ゆっくり食え」
「はふはふ……んーっ。この爆弾お芋、とってもほくほくしていて、おいしいです! 体の芯からフワーッて温まります!」
「
ティタの反応が新鮮で、なんか面白くて、いろんなものを食わせたくなっちまう。
俺はいつも通り、レベルアップして、飯と酒で優勝する。
ティタはその隣で、冒険者の腕を磨きながら、幸せそうに飯を食う。
そんな穏やかな時間が、柄にもなく、『悪くねぇ』と思っちまった。
――だいたいいつも、こういうときなんだよな。
――幸せってのが、壊れちまうのは。
■
「……遅ぇな」
今日は
俺の記憶違いか?
それともティタのやつ、腹でも下したか?
とりあえず、ライムさんとこに顔を出してみるか。
二人の家に向かおうとした次の瞬間、不審な魔力がゆっくりとこちらに近付いてきた。
この胡散くせぇのは……
「――おぃオルタ、それで隠れてるつもりか?」
「ん……? おや、ルドじゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね。元気にしてたかい?」
わざとらしく微笑んだ女は、オルタ。
黒い
身長は170センチ。年齢は、俺と同じ28。
ちょっと前に「もうアラサーだな」って言ったら、珍しくぶちぎれていたっけか。
切れ長の目・
出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んだ、完璧なプロポーション。
間違っても本人には言わねぇが、どこに出しても通用する美女だ。
ちなみに、この『オルタ』という名前は偽名だ。
自己紹介の際に堂々と『偽名だよ』と宣言しており、本名を名乗る気は絶対にないらしい。
付け加えるならば、一人称は『僕』だが、普通に女である。
「相変わらず、嘘くせぇ奴だな……。隠匿術式で忍び寄っておいて、どの口が『奇遇だね』なんてほざきやがる」
「……さすがだね。僕の術式をこうも容易く見破れるのは、世界広しといえども君ぐらいのものだよ」
「なんか匂うんだよ。てめぇの魔力は」
「むっ……相変わらず、デリカシーの欠片もない男だね。女性に『匂う』なんて言ったら、嫌われちゃうよ? さすがの僕も、今のはちょっと傷付いた」
オルタは口を一文字に結び、ジト目でこちらを見つめた。
しかし、そんなことじゃ
「んなこと、知るかよ。こっちは『例の一件』、まだ水に流しちゃいねぇからな?」
オルタにはこれまで何度も面倒事に巻き込まれてきたが……。
先日の一件、あれについては、まだ清算し切れていない。
「うっ……。あ、あの件については、なんというかその……本当に申し訳なく思っているよ。だから、今回はそのお詫びも兼ねて、
「あぁ? 今知りてぇことは、特になんもねぇぞ?」
「最近、君がよく連れている女の子――ティタ・トリアーデちゃん。彼女、
「……はぁ?」
突然過ぎる報告、思わず
「実はトリアーデ家には、多額の借金があってね。その『
「借金って……」
「あぁ、ティタちゃんとライムさんのものじゃないよ? ティタちゃんの父親が残した負債だ。正直、僕がドン引きするほどのクズ男でね。ギャンブルでたんまりと借金をこさえた挙句、その後始末を娘と妻に丸投げして蒸発。二人はもうとっくに
そいつはまた、胸糞悪い話だ。
「……ライムさんはどうしてる?」
「今は街の病院で入院中。命に別状はないけれど……多分、ティタちゃんを守ろうと凄く抵抗したんだろうね。僕が着いた頃には、酷い状態だったよ」
「…………あれだ、魔術協会に通報しとけ。それだけ派手に暴れたなら、犯人の毛とか魔力の痕跡だとか、証拠がたんまりと残ってるだろ?」
魔術協会は『魔術の探求』だけでなく、治安維持や犯罪捜査なんかも担当している。
餅は餅屋。
こういうのは、協会の『捜査一課』に任せんのが一番だ。
「残念ながら、今回の件に魔術協会はノータッチだよ」
「あ゛ぁ? なんでだ?」
「この件には、ダムド・ノルマという『闇オークションの王』が絡んでいてね。この老人の首には、『5億の懸賞金』がかけられているんだけど……厄介なことに、魔術協会の上層部と太いパイプがある。だから、現場の魔術師たちが動きたくても、上からの出動許可が降りないのさ」
「はっ、相変わらず腐り切った組織だな。あのとき抜けて正解だったぜ」
「ふふっ。魔術協会をあんな風に抜けておきながら、五体満足で自由にやっていられるのは、君のように『本当に強い人』だけだよ」
「てめぇは俺を買いかぶり過ぎだ」
「ルドはもうちょっと自分の強さを自覚した方がいいと思うけどね。……と言ってもまぁ、君の場合は
オルタは複雑な表情で、何事かをぶつくさ言った後、真剣な瞳をこちらへ向けた。
「オークションの開催時刻は今夜0時。場所はオズモンド劇場の地下一階。入場に必要な合言葉は――」
「――おいおい、待て待て。お前、何か勘違いしてねぇか? 俺は助けになんざ行かねぇぞ?」
「おや、そうなのかい? てっきり僕は、単身乗り込むものだと思っていたよ」
「悪ぃが、面倒事にゃ首を突っ込まねぇ主義だ。もうけっこう長ぇ付き合いなんだから、それぐらいは知ってんだろ?」
「あぁ、もちろん知っているとも。君が面倒臭がりのろくでなしってことはね」
「うるせぇ」
「それでいて底抜けの善人、いつも損するタイプだってことも、ちゃんと知ってるよ」
「……うるせぇ」
俺がそっぽを向くと、オルタは何故か嬉しそうに微笑んだ。
なんてムカつく顔で笑いやがるんだ、こいつは。
「とにかく、俺はあんな小娘のことなんざ知らん」
「そうかい、変な気を回してすまなかったね。あー、それから最後に一つ……」
「まだなんかあんのか?」
「入場に必要な合言葉は、『
「だから、行かねぇっつってんだろ!」
俺が声を荒げたら、オルタは「おー、怖い怖いっ」とだけ言い残し、空間術式を展開して逃げたのだった。
■
俺はその後、無性にクサクサした思いを抱えながら、
「そぉらッ!」
「グォオオオオ……ッ」
この森に巣食う邪悪な龍共を粗方狩り尽くしたところで、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「ふぅー。さてさてレベルは……っと」
いつもの羊皮紙に手をかざし、現在のレベルとステータスを確認する。
名前:ルド・ファルス
LV:9840
体力:475270
魔力:0
筋力:260150
耐久:180120
敏捷:240130
器用:190100
「おっ、かなりいい感じだな」
何匹か強い龍を狩ったためか、レベルが3つも上がっていた。
「レベ上げも済んだし、いい感じの肉も手に入った。今日は……そうだな、『一番ホップ』でいくか!」
スラキチに空間術式を展開してもらい、肉焼きセット・一番ホップ・取り皿などを取り出した。
いつもの手順で準備を済ませ、鉄網に肉を並べていき、両手をパンと合わせる。
「――いただきます」
まずはさっき狩ったばかりの
こいつはサラッとした舌触りが特徴の
ほどよい歯ごたえがあるため、肉の
肉の上に
「くぅー……っ! たっまんねぇな!」
『……っ! おいしい……こんなにおいしいお肉を食べたのは、生まれてはじめてです! ありがとうございます、ルドさん』
「そんでもって、ここで一番ホップを流し込む。かぁ~~うんめぇ!」
『ぶぁっはっはっはっはっ! ライムさん、あんたけっこう活ける口だな!』
『あっはっはっはっはっ! ルドさんも中々のウワバミじゃないか! 久々に呑みごたえがあって楽しいよ!』
『ルドさん! お母さんも! 二人して呑み過ぎです!』
「……んー、うめぇ! やっぱり肉と酒の組み合わせは、たまんねぇな!」
『ふふっ』
『おいティタ、何を一人で笑ってんだ?』
『いえ、みんなで食べるごはんは、とってもおいしいなって、思っていたんです』
「あ゛ー……畜生、糞
肉はゴムみてぇに味がしねぇし、酒はただただ苦いだけ。
せっかくの肉と酒が、自分でもびっくりするほど不味かった。
こんなんじゃ、優勝なんて夢のまた夢だ。
「はぁ……闇オークションの王ダムド・ノルマ、だっけか? 俺から優勝を奪うったぁ、とんでもねぇ極悪人だな」
■
深夜0時、オズモンド劇場の地下一階。
そこでは、月に一度『闇オークション』が開かれていた。
この場を取り仕切るのは、闇オークションの王ダムド・ノルマ。
ここに出品されるものは、生きた人間・希少なモンスター・非合法の魔術道具・禁止された薬物などなど、市場には流通しない『裏モノ』ばかりだ。
一夜にしてとてつもない金額の動く闇オークション、当然ながら参加者もまた
大規模犯罪組織の首領・暗殺者集団の幹部・暗夜連合の構成員、陽の当たらない裏社会を生きる者たちの巣窟だ。
「さぁて、お次の商品は――『カタログ番号0018:ティタ・トリアーデ』!」
司会者の
そこに立たされていたのは、恥辱に顔を伏せるティタ・トリアーデ。
「……っ」
彼女は現在、白い薄布一枚を着せられ、奴隷の首輪を
かろうじて胸などは隠されているが、それでも恥ずかしい衣装であることに違いはない。
「「「おぉーっ!?」」」
男たちの欲望に濡れた視線が、ティタの美しい肢体に注がれる。
「ティタ・トリアーデは、借金の形として回収された
司会者が小槌をカンッと打ち鳴らし、
「120万!」
「150万!」
「300出そう!」
「ならば700だ!」
「910!」
「1200!」
入札金額はどんどん吊り上がり、その額はついに四桁を超え、今なお伸びていく。
「――さぁさぁ、4500万! 4500万! これ以上はありませんかぁ!?」
司会者の白熱した声が、会場内に響く。
予想を遥かに超える高値が付き、興奮を抑えられない様子だ。
「「「……っ」」」
4500万もの大金となれば、さすがにそう易々と手が挙がらない。
「ぐっ、4550……!」
違法魔具のバイヤーが、最後の粘りを見せたものの……。
「ぐふふっ、5000万!」
大富豪の御曹司ヌルク=チョルクの資金力に押し潰された。
「くそっ、『
「あーぁ……。ティタちゃん、狙っていたんだけどなぁ」
「あんの糞デブ……。どうせすぐに壊すんだから、綺麗な女ばっかり買い漁んじゃねぇよ……っ」
他の参加者から、嫉妬と苛立ちの混じった声がこぼれた。
締めの空気を察した司会者は、天高く右手を振り上げる。
「はいそれでは、ティタ・トリアーデは5000万で
落札の小槌が振り下ろされようとしたそのとき、一人の男がゆっくりと手をあげる。
「――5億だ」
無精ひげを生やした目付きの悪い黒髪の男は、
「「「ご、5億……!?」」」
オークション会場は、水を打ったかのように静まり返り――ティタはその目を疑った。
(う、そ……っ)
桁外れのコールをした男の名は――ルド・ファルス。
名門魔術家を追放された、落ちこぼれの冒険者だ。
■
「いくら美しい生娘とはいえ……女一人を買うのに5億だと!?」
「あの男、いったい何者なのだ?」
「落ち着け、ただの冷やかしだろう」
客席が騒然となる中、司会の男がゴホンと咳払いをする。
「――お客様。ご存じかと思われますが、うちのお支払いは『
「ほら、そこにあんだろう?」
俺は顎をしゃくり、この趣味の悪いオークションを取り仕切る老人を指した。
「闇オークションの王ダムド・ノルマ。聞けばあんたの首は、5億で売れるそうじゃねぇか」
「ほっほっほっ、儂の首を取るとな?」
「そりゃあんた次第だ。その首を
「く、くくく……っ、若いのぅ。――おい、今日の商品リストに『男の生首』を加えておけ」
ダムドがそう命じた次の瞬間、背後から二人の黒服が襲い掛かってきた。
「「死ね!」」
俺の首筋へ放たれた
「――なぁ、どこ見てんだ?」
虚しくも宙を斬った。
「「消え、た!?」」
隙だらけの首元へ手刀を見舞う。
「ぁ、ぐ……ッ」
「いつの間、に……?」
二人はそのまま、グラリと崩れ落ちた。
今の動きにも付いて来れねぇなんて、ド三流もいいところだな。
「ほぅ……少しはやるようじゃな」
ダムドが指をパチンと鳴らせば、舞台裏から黒服の集団が現れた。
「おーおー、ぞろぞろとまぁ虫のように湧いてくるじゃねぇか」
ひー、ふー、みー、よー……百人ちょいか?
しかも全員、魔術師だ。
奴等はジッとこちらを見つめたまま、何やら小声で話し始める。
「……気を付けろ。さっきのあの動き、素人じゃないぞ」
「おそらくは肉体強化系の魔術師。それもかなりの実力者だな」
「まずは遠距離から削りを入れるか?」
すると――一人の巨漢がズイッと前に出た。
「ここは俺に任せな」
「「「ぼ、ボランさん……!」」」
えらく
身長は3メートルちょい、体重は軽く200キロを超えているだろう。
「ふぅー……
ボランと呼ばれた男の全身に、赤黒い紋様が浮かび上がった。
「血鬼波紋――ロブレス家の秘術で、長い年月を掛けて自らの血と魔力を同化させていき、術式展開と同時に血流を超加速。身体能力を大幅に向上させる肉体強化の術式……だったか?」
「ほぅ、よく知っているな」
「まぁいろいろあってな。むかーし昔に、死ぬほどお勉強させられたんだよ」
「そうか。ならば、わかるだろう? 俺と貴様では、『魔術師としての格』が違うのだと、なぁッ!」
ボランは床を力強く蹴り、その巨体をもって激突してきた。
その直後、奴は顔を真っ青に染める。
「――魔術師としての格が、なんだって?」
「馬鹿、な……ッ!?」
それもそのはず、ボランのぶちかましを受けた俺は、その場から微動だにしていないのだ。
「ま、まだだ……!
赤黒い魔力を纏った張り手が、胸のあたりを直撃したのだが……。
俺は依然として、一ミリも動かない。
「あ、あり得ん……っ(まるで広大な大地を打ったかのように、ただただ虚しい感触。なんなんだこの男は、いったいどこから湧いて出たというのだ!? こんな化物、勝てるわけがないだろう……ッ)」
「おいおい、勘弁してくれ……。男にベタベタ触られる趣味はねぇんだ、よっと」
「ぉご!?」
軽い膝蹴りを
「あのボランさんが……接近戦で負けた……?」
シンと静まり返る中、ダムドの怒声が響く。
「な、何をやっておるのだ! ささっとその男を殺せ!」
その声を合図にして、黒服たちは一斉に動き出した。
「――スラキチ、武器を出してくれ」
『はーい』
空間術式を展開。
右手に長刀
左手に曲刀
二本の愛刀を握り締めた次の瞬間、
「
「
「
黒服たちが数多の術式を展開、総攻撃を仕掛けてきた。
「はっ、甘ぇよ!」
俺は迫り来る魔術へ突撃し、
「ま、魔術を、斬った!?」
「それよりも、早過ぎるぞ!?」
「ぐっ、狙いが定まらん。なんて速度だ……ッ」
驚愕に目を見開く黒服の集団。
「おいおい、戦闘中だぞ? ボーッとすんじゃねぇよ」
「「「しまっ!?」」」
その直後、オークション会場全体を覆う、広大な結界が展開される。
「へへっ、どうだ? こいつは、キルクス家秘伝の禁呪結界! この結界内において、俺の指定した単一術式は全て無効化される! これでもはや貴様の肉体強化の術式は――へぶ!?」
「あ゛ー、なんかしたか?」
あまりにも隙だらけだったもんで、ついつい蹴り飛ばしちまった。
「な、何故だ……? この男、さっきよりも格段に速くなっているぞ!? キルクスの禁呪結界が効いていないのか!?」
「いや、違う……よく見ろ! 奴の体、まったく魔力が流れていない!」
「冗談、だろ? まさかこの速度と腕力で、『生身』だというのか!?」
黒服たちは
(ベースとなるのは
奴等が血相を変える中、俺は冷静に敵の戦力を分析する。
(……こいつら、あんまり大したことねぇな)
闇オークションの王ダムド・ノルマの護衛。
最低でもB級以上の魔術師で、固めていると思ったが……どうやら、アテが外れたみてぇだ。
(あーぁ、
俺は自分の実力をちゃんと
だから、ティタを救うにあたって、入念な『下準備』を行った。
あらかじめ会場に様々な仕込みを施し、脱出ルートも複数確保して、糞高ぇ魔具もしこたま持ってきた。
あの手この手と百計ぐらい考え、様々なイレギュラーパターンを想定し、何があっても大丈夫なように万全の体勢で臨んだのだが……。
この分じゃ、余計な苦労だったみてぇだ。
「さて、そろそろ終わらせっか」
俺は首をゴキッと鳴らし、黒服の集団へ襲い掛かった。
■
三分後、
「……っふー、まぁこんなところか」
百人以上の黒服たちは、全員床を這いつくばっていた。
「スラキチ、こいつら呑んでくれ」
『食べていいー?』
「食べちゃダメー」
『……わかったー。我慢するー』
空間術式が広範囲に展開され、黒服たちを次から次へと呑み込んでいく。
これ以上悪さをしないよう、こいつらは後で魔術協会に引き渡すつもりだ。
「ば、馬鹿、な……っ。
ダムドは泡を吹きながら、腰を抜かしていた。
すると――。
「ルドさん、どうしてここに……!?」
舞台の真ん中に立っていたティタが、大急ぎでこちらへ駆け寄ってきた。
「別に深い意味はねぇよ。なんつーか……あれだ。たまたまだ」
俺はそっぽを向きながら、愛想なくそう答えた。
「……! ふふっ、たまたまですか。偶然二度も助けていただき、本当にありがとうございます」
適当な返事をしたのにもかかわらず、彼女は何故かとても嬉しそうに微笑んだ。
「あー……その、なんだ……。目に悪ぃから、これでも着てろ」
空間術式から黒い
彼女の綺麗な肌やら白い下着やらが、さっきからチラチラと目に入っちまう。
「『目に悪い』……? あっ!? す、すみません……大変お見苦しいものをお見せしました……っ」
彼女は頬を真っ赤に染めながら、そそくさと外套を羽織り、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ティタの服は、舞台裏の倉庫にしまってあるはずだ。あっちにゃ誰もいねぇから、ゆっくり着替えてきな」
「は、はい……失礼します……っ」
彼女はそう言って、トテテテと走り出す。
(……よし、行ったな)
ここから先は、
あいつが着替えている間に、パッと済ませちまおう。
「よぉ、ダムドの爺さん。首を
「こ、この儂に指一本でも触れてみろ! 貴様の親族郎党、皆殺しにしてやるからな!」
彼は杖に仕込んでいた刀を抜き、必死の虚勢を張った。
「はぁ……おいおい、なんか勘違いしてねぇか?」
その寝ぼけた頭を覚ましてやるため、年季の入った
「あ、ぐ、がぁああああ!?」
鮮血が飛び散り、聞き苦しい悲鳴が木霊する。
「あんたの命は今、俺の手のひらの上なんだ。言葉遣いには気を付けてくれよ……。うっかり刺しちまったじゃねぇか。なぁ?」
「わ、わかった……ッ。要求はなんだ……!?(恐ろしく冷たい目……こやつは頭のネジが飛んでおる……っ。殺ると言ったら、本当になんの
「おぅ、話が早くて助かるよ」
俺は懐から契約術式の刻まれた羊皮紙を取り出し、それをパンパンと手の甲で叩く。
「そんじゃ契約を結ぶぞ。あの子に関わったら殺す。あの子の母親に手を出したら殺す。くだらねぇ企みをしたら殺す。――わかったか?」
これは魂を縛る強力な契約術式。
ここで取り交わした
「あ、あぁ、わかった……ッ。もう二度とあんたらには、関わらんと誓う! だから、命だけは助けてくれ……!」
「よし、契約成立だな。それじゃ余生は、
「ぐ、が……っ」
ダムドの頭を強打し、意識を飛ばした状態のまま、拘束させてもらった。
■
ダムド・ノルマを魔術協会クオリア支部へ引き渡し、そのまますぐに退散――といきたかったのだが……。
面倒な奴に見つかっちまった。
「久しぶりだな、ルド」
「アインズのおっさんか……」
魔術協会クオリア支部の支部長、アインズ=グラール。
黒い短髪。身長はだいたい二メートル。今年で確か35歳を迎えたはずだ。
黒よりも黒いサングラス・整えられた立派な口髭・出歩くたびに通報される筋骨隆々の強面だ。
その後ろには、大勢の魔術師たちが、警戒の視線をこちらに向けている。
「おーおー、そう睨んでくれるな。今日は別に、
俺の言葉を耳にした魔術師たちは、より一層警戒を強めた。
……なんで?
「『闇オークションの王』ダムド・ノルマを捕らえたのか。こいつの周りには、強力な魔術師部隊がいたはずだが……?」
その言葉を聞いて、脳裏に電撃が走った。
「……あっ、忘れてたわ」
あまりにも手ごたえがなさ過ぎて、その存在をすっかり忘れ去っていた。
「スラキチ、さっきの黒い奴等を出してくれ」
『わかったー』
空間術式が展開され、そこからボトボトと黒服たちが落下する。
すると――それを見た魔術協会の奴等が、何やら急に騒ぎ始めた。
「こ、こいつ……A級魔術師のボラン・ロブレスだぞ!? ダムド・ノルマと繋がっていたのか!?」
「こっちの男は、高額賞金首のケルヒー・キルクス、強力な禁呪結界の使い手だ。他にも、有名どころだらけだぞ……っ」
「これを全部、たった一人でやったってのか……ッ!?」
周囲が騒然となる中、
「ふぅー……さすがだな。相変わらず、化物染みた強さをしていやがる……」
アインズのおっさんは、
「なぁ、帰っていいか?」
「まぁ待て、久しぶりに会ったんだ。世間話ぐらい聞いていけ」
「はぁ……手短に頼むぞ」
「
「そりゃそうだろ……。てか、俺のことを勝手に掛け合ってんじゃねぇよ」
魔術協会では、ファルス家を含めた『御三家』が絶大な権力を握っている。
ファルス家を追放された俺が、そこで認められるはずがない。
「立場上、俺とルドは依然として敵同士だが……。我々には手の出せなかったダムド・ノルマ、この巨悪を捕らえてくれたことについては本当に感謝している。――ありがとう」
アインズのおっさんはそう言って、深く頭を下げた。
「おいおい、やめとけやめとけ。俺に頭を下げてる姿なんか見られたら、また『上』にドヤされっぞ?」
「上層部なぞ関係ない。俺は今、この街に住む一人の男として、お前に感謝しているんだ」
「はぁ……勝手にしてろ」
相変わらずというかなんというか、曲がったことが大嫌いなのは、昔から全然変わってねぇ。
こんなことばっかしてっから、実力はあるのに、中々出世できねぇんだろうな。
まぁ……おっさんのこういうところは、別に嫌いじゃねぇけどよ。
「そんじゃ、もう行くぞ?」
「あぁ」
味気ない言葉で別れ、魔術協会を後にした。
ちなみに……ダムドにかけられていた懸賞金5億については、後日ちゃんと支払われるらしい。
そんな馬鹿みてぇな大金、俺なんかが持っていても酒代やらなんやらで消えるだけだ。
最低限必要な分だけ頂戴して、残りは信頼のおける募金団体へぶち込んでおくとするか。
■
魔術協会クオリア支部を後にした俺は、すぐにティタと合流した。
万が一やり合うことになった場合に備えて、少し離れたところで待ってもらっていたのだ。
「ルドさん、大丈夫でしたか?」
「
「強面のサングラス……?」
その後、俺とティタはライムさんの入院している病院へ向かった。
受付で軽く手続きを済ませ、彼女の眠っている病室の前に立つ。
「ティタ、大丈夫か?」
「……はい、ありがとうございます」
彼女は手をわずかに震わせながら、小さくコクリと頷いた。
命に別状はないものの、ライムさんはかなり酷い状態である。
この病院への道すがら、そのことを前もって説明しておいた。
正直、話すかどうかは、かなり迷ったんだが……。
どうやったって、隠し通せるものじゃない。
それならば、心の準備ができるよう、早いうちに伝えた方がいいと判断したのだ。
ティタが勇気を振り絞り、コンコンコンとノックをした次の瞬間――勢いよく扉が開かれた。
「ティタ!?」
「お、お母さん!?」
そこから飛び出して来たのは、まったくいつも通りのライムさんだ。
「よかった、あなたが無事で……本当に、本当によかった……っ」
彼女はティタをギュッと抱き締め、ポロポロと涙をこぼしながら、ホッと安堵の息を吐き出した。
「お母さん、どうして……? 怪我は大丈夫なの? 酷い状態だって、聞いていたんだけど……」
「銀髪の綺麗な女性が、凄い回復術師の先生を連れて来てくれて、私の怪我を一瞬で治してくれたの」
銀髪の綺麗な女性……オルタか?
「すみません、ライムさん。その銀髪の女性は、何か言っていませんでしたか?」
「そのときはまだ意識が
「なるほど」
鼻に意識を集中させれば――病室の花瓶の裏に、ほんのりと魔力の残り香があった。
そのあたりを軽く探ってみると、手書きのメモが見つかった。
「ルドへ。ちょっとした『アフターサービス』だよ。頼むからこれで、例の一件はチャラにしておくれ」
やはりオルタの奴が、腕のいい回復術師を連れて、ライムさんを治してくれたみたいだ。
(ったく、仕方ねぇな)
あの件は、これで水に流すとしよう。
また今度会ったときにでも、軽く礼ぐらいは言っておくか。
■
今日と明日、ライムさんは大事を取って入院するそうだ。
もう夜も遅かったため、俺はティタを病院から家まで送り届ける。
「ルドさん、今日は本当にありがとうございました」
玄関口に立った彼女は、クルリとこちらを振り返り、礼儀正しくお礼を言った。
「気にすんな。何度も言ってるが――」
「――『たまたま』、なんですよね?」
「おぅ、ちゃんとわかってんじゃねぇか」
「えへへ、たまたまでも嬉しいです」
ティタは頬を赤く染めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、元気でな」
別れの言葉を告げ、サッと
「あ、あの……!」
「どうした?」
「ルドさん……正式に、私とパーティを組んでいただけませんか?」
「危ねぇからやめとけ」
俺には敵が多い。
ティタの安全を考えるならば、この辺りで別れておいた方がいい。
「私、強くなりたいんです……! たくさん勉強して、いっぱい修業して、ルドさんみたいな強くて立派な冒険者になりたいんです! だから、どうかお願いします。これからも私に、いろいろなことを教えてください……ッ」
彼女はそう言って、深く頭を下げた。
「俺なんかより優れた冒険者は、それこそ掃いて捨てるほどいる。悪いが、他をあたれ」
こんだけ強く突っぱねりゃ、さすがに諦めんだろ。
そう思ったんだが……。
ティタにしては珍しく、さらにもう一歩踏み込んできた。
「あ、あなたじゃないと駄目なんです……!」
「どうしてだ?」
「……すみません、今はまだこの気持ちをうまく言い表せないんですが……。ルドさんとの冒険は、本当に……本当に楽しかった。未知のモンスターと戦って、とってもおいしいごはんを食べて、凄く綺麗な景色を見て、世界はこんなにも広いんだって感動しました。これからもあなたと一緒に……なんというかその、『優勝』したいです。……駄目、ですか……?」
ティタは瞳の奥を揺らしながら、必死に言葉を紡いだ。
その目は真剣そのものであり、強い覚悟が宿っていた。
「…………はぁ、好きにしろ」
「……! はい、ありがとうございます!」
これは自分を落ちこぼれだと信じてやまない一般男性が、日々レベルアップを続けながら、ダンジョン飯で優勝しつつ、圧倒的な身体能力で無自覚に無双していく物語――そのほんの序章である。
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