聞き手・伊藤恵里奈 聞き手・増山祐史 丹治翔 増山祐史
男性の生きづらさや抑圧的な行動には、「競争で勝ち上がれ」「弱音を吐くな」といった「男性らしさ」を求められてきた背景があるようです。一方、固定観念にとらわれず生きようとする男性もいます。アンケートではジェンダー(社会的な性差)について「もっと議論されるべきだ」との意見が多く集まりました。多様性の実現に向け、さらに考えます。
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フォーラムアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。
●「らしさ」抜け、しんどさ減
ここ数年で「男らしさ」のおりに気付き、そこから抜け出そうとしている。おかげで見えを張り、しんどさを感じる機会は大分減ったと思う。それでも社会が「一家の大黒柱であれ」や「もっと仕事をしろ」「強くなれ」といった「男らしさ」を押し付けてくることがまだまだあるので、そこにはうんざりしている。(東京都・30代男性)
●異性愛、前提に違和感と苦痛
ゲイ男性の僕は、性的指向が異性愛ばかりという前提でジェンダー論が進んでいくことがあることに、違和感と苦痛を感じてきました。
(大阪府・30代男性)
●「○○だから」は思考放棄
従来、社会全体が求めてきた男らしさというものがもはや限界に来ていると思っています。これまでは過酷な状況下でも「男だから」の一言ですべてが許されてきてしまっていました。しかし、「男だから」という言葉で考えることをやめてしまうような人が多い社会は明らかに異常ですし、社会ぐるみでの洗脳と言っても過言ではありません。もちろんこれは女性にも当てはまります。「男性だから」「女性だから」、こういった言葉で思考を放棄してしまうような状況はこれからの時代に必要ありません。性別で人を追いつめることなく伸び伸びと生きられる社会を政治家だけでなく私たち市民全員が作り上げていく意識こそ今必要とされています。(神奈川県・20代男性)
●息子の良さを見ていなかった
引っ込み思案な息子を精神的に強くしたくて剣道を習わせたが、うまくいかなかった。稽古の厳しさに、逆に恐怖心を持ってしまったようで、より弱気になってしまったようだった。今となれば、息子の良さを見ようとせず、社会から求められる男らしさにとらわれていたと思う。息子は成長するにつれ、自分のペースで人付合いをしているので、その子らしさを大事にすることを息子から教わった。(埼玉県・40代女性)
拡大する朝日新聞デジタルのフォーラムアンケート
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「有害な男らしさ」って? どこからそうなる? 弁護士の太田啓子さんは男児2人を育てる日々の中で問い直し、この夏「これからの男の子たちへ」を出版しました。どうしたら変われるのか。丹治翔(36)と増山祐史(27)の男性記者2人が聞きました。著書の言葉とともに考えます。
丹治 本を書いたきっかけは?
太田 2002年に弁護士になり、離婚事件に多く関わりました。妻側の代理人として、DVなどの加害行動を取る男性を見てきましたが、根深いんですね。
拡大する太田啓子弁護士
増山 根深い?
太田 証拠から明らかに加害行為をしても非を認めない。事実関係は認めても「自分は悪くない」と自省しないことが多い。もちろん、妻側に問題があることもありますが、ケースごとに様子は異なります。しかし夫側の対応には「自省しない。自分を怒らせたと妻を責める」などの共通項が多い。
問題の根っこは何かと考えたときに、やはり女性への抑圧につながる「有害な男らしさ」が表れていると思いました。
太田 「有害な男らしさ」の種の部分は注意していないと、子どものころに植えられてしまいます。
丹治 種の例に「男の子の意地悪は好意の裏返し」を挙げていますね。思い当たる記憶があってドキッとしました。
太田 意地悪をしたのに「好意からしたことだから」と、ほほえましい行動のように許容してしまうのは、暴力性への自覚を阻害してしまいます。その延長の一つがセクハラです。加害男性が「あなたがかわいいからしたこと」と「好意無罪」を求めてしまうこともあるのでは。好意の伝え方として間違っていると、はっきり注意しなくてはいけません。
08年と12年に長男、次男を産んで男の子の親になってから、こうした価値観をインストールしないためにどうすればいいか考えてきました。家庭だけでは不十分で、社会の意識も変わる必要があります。子どもたちに発せられるメッセージが、性差別や性暴力を容認するものにつながってはいけないと思います。
増山 「男の子たちへ」と、次世代へ向けて書かれてある一方、「父親や夫の世代は諦めた」と現役世代には辛辣(しんらつ)です。私も含め読んだ同僚記者も「自分はもうダメなのか」と感じてしまいました。
太田 私も読者から「太田さんは大人のことは諦めている」という感想をもらいましたが、大人が変わっていくことを完全に諦めているわけではありません。ただ大人はまず、「有害な男らしさ」を学び落とすことが必要です。
その作業は核心に触れるので、エネルギーが要ります。増山さんのように「自分はもうダメか」と不安や危機感を感じる人たちは大丈夫だと思いますが、価値観を変えることに反発がある人の学び落としは大変なこと。社会をより良く変えるための時間は有限ですから、バランス的には息子たちを含めた次世代により多くのエネルギーを傾注したいと思いました。
増山 メディアの発信でも性差別の指摘を受けるケースがあります。マスコミについて思うことは。
太田 内部にいる一人ひとりの価値観を変えていくよりも、「軸」を動かす方が早いと思います。
丹治 軸とは?
太田 社会のスタンダード、社会通念です。軸が動いた先に、「男らしさにとらわれず自由に生きられるのがいい」というのが「新しい常識」の一つとなる社会があってほしいと考えています。同時に、「男性であることの特権」に自覚的になって、性差別や性暴力を許せない、と、男性だからこそ声を上げるという行動が増えてほしいです。
軸が変われば、従来の価値観では世間とどんどんずれていく。今はSNSもありますし、ずれたままではダメだ、とメディアも変化していくと思います。
丹治 男らしさにとらわれずに生きるためにも、生きづらさを打ち明けた人は周りが受け入れてほしいと思います。
太田 同感です。今の社会では弱音を吐いたらどういう反応がくるか分かっちゃうから、気持ちに封をしている人もきっといる。しっかりと受け入れられる場は大事で、そこは男性も女性も関係ないはずです。
丹治 「男性の特権」は、意識しないと見落としてしまいます。
太田 いまだ性差別構造が強い社会に生まれた以上、「男性である」だけで「特権」はあります。例えば満員電車で性被害に遭う心配をしたり、いつも安全に気を使い、警戒しながら暮らしたりしているのは圧倒的に女性が多いのです。
女性が気にしていることを気にしないで生きていられるというのは男性の「特権」です。それをどう社会に還元していくかが、人間の良心や倫理観だと思うんです。「自分だけが良かったらいいわけじゃないよね?」と言いたいです。
「男らしさ」によって悩みや葛藤を抱えている人は、その「弱さ」を自ら否定しないことが自分らしく生きる一歩だと思います。そして、現状で困っていない男性はその特権を、困っている人のためにどう使うかを考えてほしい。「新しい常識」を一緒につくっていきたいですね。
日本で暮らし、伝統的な韓国料理から簡単で体にもいい料理まで、幅広く教える教室を開いています。肌のお手入れといった美容の情報も、ネットで発信しています。
拡大する料理研究家のファン・インソンさん
僕はファン家の長男に生まれ、ソウルで育ちました。韓国社会は日本以上に「男らしさ」への圧力が高いです。子どもの頃、台所に入ると祖母に厳しく叱られました。
体のために食事や運動に気を使う男性は多いですが、「肌の手入れをするのは男らしくない」と考える男性はいまだに多い。でも僕は生きるために、スキンケアを始めました。14歳のとき、突然紫外線アレルギーになり、緊急入院したのです。市販のボディーソープが肌に合わなくなって、せっけんを手作りするようになり、美容に関心を持ちました。体の内面の健康だけでなく、乾燥や紫外線など外からの刺激を上手に防いで、肌の健康を保つことは男女ともに重要なはずです。
社会が押しつける「男らしさ」ではなく、僕はいつも自分の好きなスタイルでいました。高校時代に髪を長く伸ばしていたら、先生から「勉強に集中できなくなる」と注意されました。でも髪が伸びるのは男も女も同じ。「だったら髪が長い女子生徒は勉強に集中できないのか」と反論して、先生を怒らせたこともあります。大学では看護学を専攻しました。患者さんと向き合える病棟勤務を希望しましたが、男だから力仕事が得意だろうという理由で救急救命室に配属されてがっかりしました。
僕は幼い頃から可愛いものが大好きで、日本のメディアで「可愛すぎる料理研究家」と呼ばれるのがうれしいです。いつまでも「可愛い」と言われるよう努力したいし、僕の美容や食の知識を男女関係なく多くの方に届けたいと思っています。(聞き手・伊藤恵里奈)
「詐欺メイク系ユーチューバー」として、動画サイト「ユーチューブ」で主に化粧をする様子を配信しています。チャンネル登録者は115万人。「清楚(せいそ)系イケメン風メイク」のような提案だけでなく、「左手で5分メイク」といったエンタメ要素も混ぜています。すっぴんがお笑い芸人の小峠英二さんに似ていると言われ、化粧前後の変化も反響を呼ぶようになりました。
拡大するよききさん
初めて化粧と出会ったのは高校3年生の時。当時付き合っていた彼女に勧められ、ノリで二重まぶたにするアイプチをしてみました。そうしたら、全然印象が変わった。
僕、元々は自分に自信がなかったんです。運動も勉強も中途半端で、顔は一重がコンプレックスだった。でも、アイプチをしたら人目が気にならなくなった。そこからどんどん化粧にはまり、それまで着なかった服も着られるようになりました。
東京の専門学校時代、SNSにすっぴんと化粧後の写真を投稿したら、1万~2万人から「メイクを知りたい」などの反応があった。昔から有名人になりたくて、自分のメイクに需要があるならと思い、2017年からユーチューバーとしての活動を始めました。
最初は「女々しい」みたいな批判の声もあったけど、すぐになくなりました。イベントでも男性ファンがいます。昭和と令和では「男らしさ」の価値観も変わってくる。「男が化粧なんて」っていう時代は古いと思います。自分がかっこいいと思うことをすればいいんじゃないでしょうか。
まだ化粧をしていない人は目、肌、眉毛から入ってみてほしい。ディスカウント店のコスメで全然大丈夫。一回やってみたら、価値観が変わります。
化粧はおしゃれの一種。気分によって変えられるし、ファッションも変わってくる。化粧をしている、していないを初対面で聞かれないくらい、当たり前になる社会が理想ですね。(聞き手・増山祐史)
恥ずかしい話ですが、私はジェンダーの問題をどこか「他人ごと」としてきました。そんな時に知ったのが「男性であることの特権」という言葉でした。
この視点に立ってみると、日々の取材や編集を省みる機会が増えました。例えば、細かい表現一つとっても男性としてのバイアス(偏見)が入っていないか、性差別の再生産につながっていないかといったことを、より考えるようになりました。
こうした身の回りの「特権」を自覚することも、ジェンダー平等な社会への一歩につながるはずです。この記事は「ThinkGender」という企画から生まれました。記者として社会の一員として、これからも問い続けていきたいです。(丹治翔)
「問題行動の芽は子どもの頃からインストールされるんです」。太田さんの言葉に、自分の学生時代を思い出してドキッとしました。
中学校時代に所属した剣道部ではいじめが横行していました。補欠の選手がうまい選手になじられ、無視される。私は被害側にも加害側にもなりました。根底には「男=スポーツマン」という固定観念があり、競争の勝ち負けでしか満たされない自分がいたのだと思います。
入社5年。記者の中にも、他人と自分の実績を比べたがる人がいると感じます。今回の取材で聞いた「自分らしく生きればいい」という声は、私たちメディアに向けられたものでもあると思います。
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高橋健次郎も担当しました。(増山祐史)
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