最後かもしれないだろ?
だから ぜんぶ話しておきたいんだ
クソ長い長文で
ブログ閉鎖のきっかけ
2021年末ではてなブログproの期限が来る。更新しようかなと迷っていた。金銭的にいえばアドセンスの収入で十分ペイできるので更新費用は気にしていない。1年前ぐらいにドメイン失効の連絡があって、ブログ閉じようか迷って更新した経緯がある。ギリギリまで迷うつもりでいた。
きっかけは、先日美容院に行ったときだ。流行りドラマの個性的な髪型の写真を担当に見せるとやたらと盛り上がって、どうせだったら寄せに行きましょう、みたいなことを言い出した。で、めちゃくちゃ真剣に髪型を似せて、完璧じゃないですか?と。そんで確かに髪型自体そのままってレベルですねえ、って言い合って、記念に写真撮ることになって、僕のiPhoneで撮影して見ると、髪型よりも目尻のシワとか、ほうれい線まわりがやや深くなっているところとか、肌の質感とかを見て年取ったなーという感想が出た。
5年ぐらい前の元カノとの写真とか、3年前ぐらいの忘年会の写真とか見ても、やっぱり今より若い。もちろんiPhoneのカメラ性能の向上とか、アプリとか、光の当たり具合とかの差はあるかもしれないが、歳を取ったんだなあってのはわかる。そんでハッとしたんだな。
見た目の高齢化よりも、以前から気になっていたのが脳みその高齢化だ。今年を振り返るにはやや早いが、見直すと失望の一年だった。僕はもうエントリを書いてもつまらないことばかりだし、あまりにもひどい内容だったりするので結構削除している。ていうかブログを閉じるにあたって全部下書きに戻した。時間がかかったよ。
実生活でもチャレンジは空振りに終わったし、そもそもブログ熱自体とっくに冷めていることを理解している。ぶっちゃけ老害みたいになるんだろうなあ、というのがわかってしまった。その老害手前みたいなのが美容院で撮った写真で強く認識してしまって、そろそろ文章書くのをやめようと思った。このブログ長いことやってて、以前に一度、いなくなるときはフェードアウトするんじゃなくてちゃんと宣言した上で消えるから、みたいなことを書いたのを思い出して、ちゃんと宣言して消えることに決めた。老害になりそうだから書くのやめるってのはどういう了見だい、って思う奇特な読者のために最後だしダラダラと思い出を語ってもいいだろう。
10年前の先輩
IT企業の社員だった僕は色々通せてくれる先輩がいた。その先輩はパソコン通信からネットに触れている古参で、ある時こんな事を言った。
「今のネットはバカが増えて、クソみたいなコンテンツが増えた。昔はネットでコンテンツ配信はハードルが高かったから良かった。」
そんな事を言う先輩に対して僕が思ったことは
「なんだあ?この老害」
だった。
その当時、iPhoneが出てAndroidもデキがひどいながら雨後の竹の子みたいに販売され始めていた時期だった。僕はネットコンテンツがどんどん出てくることに楽しさを感じていた頃だ。
そして10年。
僕は先輩の意見に同意できるようになった。
はてブの退屈さ
このブログ設立は2014年だ。独自ドメインは2016年後半から。その頃、僕にとってはてブとはてブロはクールな存在だった。ちょっとひねったブコメでハッとさせられることも多かったし、ホットエントリは多様性があった。今のはてブが失ったものだ。
もう忘れているだろうけど、イケハヤとかやぎぺーとかみたいなブログで稼ぐ的な人たちが跋扈していて嫌われ者ではあったが、今よりもその頃のほうがネットコンテンツとして秀逸だったと思う。例えばホットエントリに上がってくるのも、マゾ夫人(?)だとかりんごちゃん(?)みたいな日常漫画記事があったし、パルも毎週パーティでもやってんのかよって量の料理を作っていたし、他の料理系ブログも盛んだった。イバヤ日記みたいな読者がめちゃくちゃ多いけど誰が読んでんだよ、みたいなポエムブログもあった。いなくなったけどね。
それに無名ブロガーによる生涯の一発みたいなバズエントリも結構な頻度で見れた。うろ覚えだけどン十年ぶりに幽白読んだ人の記事とか、近所の自販機を観察した人の記事とか、寿司のクーポンの規則性とか、よくわからんけどやたらとエモい記事がたくさんあった記憶がある。これもいわゆる思い出補正かもしれんが。手斧投げあいとか言われていた時期は、文章のうまい人達が、クールな考察を披露してそこにブクマで批判が繰り広げられるみたいないつもの風景があった。素人のスキ、金とは無関係に書く情熱みたいなものがあったのだ。
僕がブログを立てたのも、そういうウェーブに乗っかりたかったんだろうと思う。2015年前後は、読み手のことを考えていかにクールにスマートに読ませるかってのを意識していたし、バズってブクマつくのを目指していたところがあるのは間違いない。それも楽しかったしね。でももう今は違う。
2chでコピペになっているコミュニティの一生ってのをそのままなぞったのが今のはてブなんだろうと思う。これは運営の問題もあったけど、ブログというもの自体がオワコン化したのが主だった理由なんだと思う。今どきMMORPGが流行らないみたいなもんだ。
【コミュニティの一生】
面白い人が面白いことをする
↓
面白いから凡人が集まってくる
↓
住み着いた凡人が居場所を守るために主張し始める
↓
面白い人が見切りをつけて居なくなる
↓
残った凡人が面白くないことをする
↓
面白くないので皆居なくなる
今やyoutuberなど動画全盛の一方でメジャーな雑誌・TVコンテンツに回帰してたりしてかつてのネット限定の雰囲気は消え去った。もう素人記事を「読む」時代じゃないんだろうなあと。はてブで目立っていたセミプロブロガーも普通にweb記事を寄稿してたりして、すっかりプロらしくなって、別におもしろ記事を無料で書くことないよね、って具合だ。
それ以上にはてブ自体が変貌した。特にホットエントリ。TwitterとクソまとめTogetterのメタコメだらけになって、それ以外も大手ニュースサイト記事にヤジを飛ばすばかりになった。内容も長文を書いて批判できるような能力がない人が、短文で承認欲求を満たすために過激な罵倒コメントをして、それにスターがつくみたいな。「無料部分しか読んでませんが」「冒頭読んだだけですが」ってコメントが堂々と存在できるんだぜ?
はてなコンテンツってのがなくなって、プロの記事にヤジを飛ばすのがコンテンツになっている。以前は素人記事に素人がコメントするという、ある種の身内感があったから気にならなかったことも、ニュースとかまとめサイトとかtwitterみたいに対するメタコメには醜悪さみたいなものを感じるようになった。素人同士の会話ではなく、本物の憎悪とヤジみたいな。
Twitter文化がいよいよ侵食してブコメがTweetの代わりみたいになったんだろうな。10年前のはてブのバズったエントリとか200Usersに対してコメント5件みたいなのもたくさんあったんだけど、今やブクマが多いと罵倒コメントか短絡的に切り捨てるコメントばかりになった。コミュニティの末期ですよ。最後の人がいなくなる段階の手前だ。政治記事で多様性が支持される中で、ホットエントリは本当に政治一辺倒になった。読者数の多いブロガーも一部を除いて記事をあまり書かなくなった。おもしろカテゴリはDPZばかりになって、その内容もすごく薄い気がする。もっと面白い記事が会ったような気がするんだ。これは主観だから、以前からクソコンテンツのオンパレードでしたよってんならそうかもしれない。
プライベートに狂気が侵食する
バカみたいかもしれないけれど、かつてはホットエントリに上がるちょっとしたクールさに憧れるみたいなのがあった。だけど完全に消え失せた。中毒だからパブロフの犬みたいにホットエントリ見てるけれど、罵倒コメばっかで憎悪があふれるし、だんだんとイライラする自分に気がついている。よくないなーって思いつつも解決できなくて、やっとその方法がわかった。ブログを閉じてはてなアプリを消すことだってな。Kindleで本を読んだりNetflixを見たりした方が有意義だ。はてブ中毒を何とかするには別のコミュニティとアウトプット方法を見いださないといけない。切りよく年明けに最後のエントリ書いてそれ以外は下書きに戻す作業をしようと思ったけど、2021年の始まりの作業にしたくないから、2020年で整理するという決意をした。ブログ設立が2014/4/15だから、2020/12/15に最後のこのエントリをアップして切りよく80ヶ月で終了宣言みたいな。
Googleが使い物にならなくなって久しくて、検索してもありとあらゆるジャンルの素人向け企業記事みたいなのが出てくる。ゲーム攻略サイトなんてのも昔は有志による濃いサイトが出てきた気がするけれど、今じゃ企業が運営しているペライチのページばかりがでてきて、中身もゲームやってりゃわかるでしょ、みたいな内容だったりして。これが全ジャンルで起こるんだよ。phpとかjsとかでもhello worldの書き方みたいなのが大量に出てくる。
久々にNetflixを見たら、すごくクオリティの高いドキュメントがたくさんあって、素人が全霊を出した尖ったコンテンツを探すよりも、プロが作った予算の潤沢な映像や小説を読んだ方がいいんだろうな、って思った。時間の使い方を考えねばならないと気づいたのだ。
コンテンツの礼儀正しさ
かつて尖った記事が読めた気がするはてブロも、今や誰もが全方位に気を遣っているように見える。誰もが憎悪コメントを受けたくないと言わんばかりの配慮ぶりだ。バズりたくないと言わんばかりの態度でもある。素人でさえそうだが、プロにいたってはなおさらである。そうするとどうなるかというと、むき出しの資本主義が顔を覗かせるのだ。ようするに予算をたくさんかけたコンテンツのほうが楽しいってこと。
素人感があったことによる魅力が消え失せて、誰しもがプロっぽい配慮ある記事やコンテンツを出すと、単純に金かけている方が良いってものになる。かつて尖り記事を書いてたwebライターは今じゃ、くっそ安い予算で普通のトークしているだけの、三流芸人のテレビ企画から知名度だけ引いたみたいな記事を出していたりして、こんなwebコンテンツ見るぐらいならテレビ見ている方がましだな、って感じる。
youtuberがテレビを食うかもしれない、って3年前ならイキリ散らかせれたweb至上主義者はいなくなって、スキャンダル起こした芸人のサブウェポンみたいになっているし、芸能人を上回る知名度の人ってヒカキンぐらいで、それ以上は細分化された趣味レベルの配信者と副業としてうまくやっている芸能人とかだ。webが古参のテレビコンテンツを食うことはついになく、TVや雑誌と融合して、古くからの芸能界と出版社がレバレッジとして利用してそれが最大人気を博している。webは本当の意味で一般化したんだなあ。
読者にありがとう、ブログにさようなら
読者数を確認したら755人。
どっかの元囚人ナンバーで失敗したチャットアプリ名だ。縁起でもねえ!
最近読者登録した人が、油田でも発見したのかって勢いで過去エントリを見てスター付けているのを見て申し訳ないなって思う。このブログはもう出がらしで湧き出るキラメキは存在しないんです。客観的にはどうかしらないけれどオーサー的にはもう死んでいる。
読者数はいい成績だなって思う。はてブロ内で250位から300位の間くらいで、相互フォローによる互助会なしにしては高い方だと思う。今でも記事を書いたら半分近くの人は読んでくれているっぽい。ただアプリとかを残して置くとずっと憎悪まみれのエントリを読んでしまうから、別のやり方でリハビリして健やかな人生を送ろうと思う。
はてなが悪いかっていうとそうでもない。ネットのテキスト文化が信頼性がなくて頭の悪い意味でおかしい人が目立つ様になってしまったということなんだと思う。狂気を持っていながらも普通の素人ブロガーは、今じゃ礼儀正しい劣化プロみたいになっているか、歳をとりリアルの生活の中に戻っていったのかもしれない。
若者はTwitterとかしないらしいし、インスタやTiktokでリアルな知り合い限定コミュニティにいたり、ソシャゲつながりだったりすると聞いている。頭がおかしい人たちに絡まれる可能性を減らすという意味では正しいだろうね。だってつまらないわ中傷だわのメッセージなんて見るだけ精神を減らすもんな。むしろ積極的にそれを摂取している方がおかしい。
Noteとかも覗いてみたけれど、やっぱりセミプロ感があって、最終的に金にすること前提に書かれている気がして、それなら普通に売っている専門書とか読んでいる方が有意義だと思った。僕が望んでいる素人のウカツさがあって文章もうまいみたいなものはこの先見れることはないのかもしれない。
最後ぐらいポジティブに
そんなものはない。露悪とストレスの狂気日記だぞ。
この5年近くはエントリを書き続けたおかげで長文を書く能力は異常なほど鍛えられた。多分どっかで役に立つんじゃないか。多分。あとアドセンスはちょっとだけお小遣いになった。はてなプロとドメイン料金払ってもちょっとした収入になる程度は。
MMOが廃れたみたいに、ブログ文化が廃れたのは残念だ。僕にとってキラメキを感じさせる文化がまた失われた。次何しようかって思うぐらいには次がない。フェイクニュースや憎悪表現が問題視されているから、GAFAあたりがそれをなんとか解決できたらテキスト文化に希望が出てくるんじゃないかと思う。今は文章を書くこと自体がストレスを呼び寄せる原因になってしまっている。
まあいいや、語るのは終わりだ。
政治についても世間やプライベートについて書くことも辞めて、テクノロジーの勉強とか読書とかで過ごして行こうと思う。読者も健全な人生に戻るんだ。
How I wish, how I wish you were here.
We're just two lost souls swimming in a fish bowl, year after year,
Running over the same old ground.
What have we found?
The same old fears.
Wish you were here.