07 国の実情
昼食の用意をしながら、私とマーサはお互いに事情を説明することになった。
私は冤罪で王から逃げる途中だということ。彼女のためにはこの話はしない方がよかったのかもしれないが、聖女であることがばれてしまった以上都合のいい言い訳は難しい。なにより、私はもうこれ以上彼女に嘘をつきたくなかった。
マーサはやはり驚いていたようだが、その度量の広さですぐに受け入れてくれた。
どうやら村に届けられる噂も聖女を讃えるというよりはその聖女を召喚した王を讃えるものばかりだったそうで、マーサも何かがおかしいと感じていたという。
「大体ね、そんな立派な王様なら今頃うちはこんなことにはなってなかったよ」
ぼそりと彼女が王への非難を口にしたので、私は驚いてしまった。
なんでもマーサによれば、もともとこの家はマーサとマーサの夫。それにその娘と娘婿。そしてさっきのマーサの父という五人家族だったらしい。
だが魔族が活発化したことで夫と娘婿が王都防衛のための兵士として徴収されてしまい、娘さんも二人について王都へ行ってしまったそうだ。本当はマーサも一緒に行きたかったらしいが、老いた父親が村を離れたくないとごねたため、彼女は父親を残してはいけないと村に残ることにしたという。
明るい彼女から淡々と語られる話は、なんとも言いようのないやるせなさを感じさせるものだった。
そもそも対魔王のための軍ならば、もとより守りの固い王都ではなくこの村のようなより魔族の国に近い辺境にこそ配備すべきだろう。
自分だけが助かればそれでいいと、そう考えているのがありありと伺えてまたしても私は王に苛立ちを募らせた。
「でも……あんたが魔王を倒してくれたんなら、旦那も娘たちももうすぐ帰ってくるんだね。本当にありがとう」
そう言って、マーサは身元を隠していた私を責めもせずその温かい手のひらで私の手を包み込んだ。
彼女の笑い皴の上にはほんの少しだけ涙がのっていて、私は彼女のためにその涙を見えないふりをした。
「……おい」
すると、いつ帰ってきたのか玄関口にライナスが立っている。
私は驚きに目を見張った。なんと彼の後ろには、先ほど出て行ったはずの老人が引きずられるようについてきていたからだ。
老人はまるで暴れるゴブリンのように、ライナスの手から逃れようと大いに暴れていた。
今にも折れそうな体のどこにそんなパワーが隠されているのか、ちょっと不思議に思うくらいである。
「あらあら、連れてきてくれたのかい!?」
マーサが驚いたように二人に駆け寄る。
一方ライナスはと言えば、相変わらずの無表情だ。
だがいつもと違って、その顔はどこか困惑しているように見える。
「どうしたの?」
「いや、この男おそらくは……魔素に当てられている」
「ええ!?」
魔素というのは魔王や魔族を構成する物質で、この魔素に当てられると動物は凶暴化し植物は邪悪なモンスターになってしまうのだ。
教会が販売している聖水などで払うことができる魔素だが、王都から離れた小さな村までは教会の力も行き届かない。
改めて老人をよく見ると、確かにライナスの言う通り彼には微弱な魔素がまとわりついているように見えた。
「ライナス! そのまま抑えといて」
私はライナスに老人を逃がさないようお願いすると、老人の額に手をかざした。
「何をする気だ!!」
人のそれとは思われないような血走った目は、明らかに尋常な様子ではない。
私がさっきと同じように聖なる力を手のひらに込めると、白い光が老人の体を包み込んだ。すると彼の体は力を失い、その場に倒れ込んでしまう。
マーサが父に縋りついた。
「父さん! 何があったの? 父さん!」
するとその声が届いたのか、ゆっくりと老人が目を開く。
彼は先ほどまでとはまるで別人のように、穏やかな顔をしていた。
「マーサ? これは一体……?」
記憶が曖昧なのか、老人はまるで夢から覚めたような無垢な表情をしていた。
「父さん。大丈夫なのかい? 体は痛くない?」
「いや……。久しぶりにすごく気分がいい。なんであんなに苛々していたんだろう。マーサ、すまない。お前にも迷惑をかけたな」
「そ、そんなのいいんだよぉ! お父さんが元気ならあたしはそれで」
どうやらマーサの父は魔素によって凶暴化していたらしい。ライナスが言った通りだ。
「ところで」
ひと段落したと思ったのだろう。成り行きを見守っていたライナスが口を開いた。
「そろそろいいか? 腹が減った」
「ちょ、あんたねえ」
呆れて咎めようとすると、マーサが先ほどよりも幸せそうな笑みを浮かべて大きな声で言い放った。
「ちょうどできたところだよ! いっぱい食べてっとくれっ」
これで、彼女の生活が少しでもいいものになればいい
そんな願いを抱きつつ、食事をして私とライナスはその日のうちに村を発った。