05 たどり着いたのは
目が覚めると、そこは見知らぬ部屋の中だった。
豪華絢爛な城の内部でもなければ、恋焦がれた日本の自室でもない。
ベットから体を起こしてしばらくぼんやりしていると、ゆるゆると記憶が戻ってきた。
そういえば昨日は、私を無実の罪で弾劾しようとする王やその娘から逃げたのだった。そのまま追手がかかる前に王都を後にし、私とライナスは碌な旅支度もできないまま近くの村に宿を求めた。近くと言っても普通の人なら馬を飛ばして二三日はかかる場所だ。私たちはライナスの召喚獣に乗りある程度の距離と時間を稼ぐことに成功していた。
「おや、目が覚めたのかい? ずっとうなされてたから心配してたんだよ」
タイミングよく部屋に現れたのは、昨日快く空き部屋を提供してくれた村の住人だった。ふくよかで笑い皴の深い、いかにも気風のいい肝っ玉母さんといった風情だ。名前をマーサと言い、部屋が空いているからと気前よく私たちを泊めてくれた家の女主人である。
彼女が鎧戸を開けると、部屋の中に白い光が溢れた。どうやら深く眠り込んでいたらしく、太陽はもう随分と高いところまで登ってしまったみたいだ。
「ご、ごめんなさい! こんなに寝過ごしてしまって……」
泊めてもらう代わりに、明朝仕事を手伝うと約束していたのだ。ところがすっかり寝過ごしてしまったらしく、どうして起こしてくれなかったんだとライナスに逆恨みじみた感情が湧いた。
「そういえば、ライナスは……?」
今気づいたが、同じ部屋で眠っていたはずのライナスがいない。
昨日の今日なので、一瞬ライナスまで私を見捨てたんだろうかという不安な気持ちが湧いてくる。
だってもう私は聖女じゃない。王都では今頃私の悪名がしつこいぐらいに宣伝されていることだろう。そうして王は自らを正当化し、私の手柄も何もかも奪い取るつもりなのだ。
きっとこちらの世界に来たばかりの頃なら、こんなこと考えもしなかっただろう。
けれど私は、旅のさなかに何度も人間の汚い部分を目の当たりにしてきた。己の利益のために親兄弟を売る者。命欲しさで魔族に与した者。そして私なんかが聖女なはずはないとあからさまに疑ってかかる者。
私はこの世界で、人間は自分のためならなんだってできるのだということを学んだ。助け合いや自己犠牲が美しいのは、それがとても希少で珍しいものだからに違いない。つまり圧倒的多数の人間は、自分のためならどんな犠牲も厭わないのである。
――勿論私も、その一人だ。
「あの綺麗な兄ちゃんなら今仕事を手伝ってもらってるよ。あんたの分も働くから、面倒を見てやってほしいってさ。かー、泣けるねえ。いい旦那じゃないか」
「なっ! だだ旦那じゃありません!」
彼女の言葉に、私はひどく動揺してしまった。
まず相手が自分を女だと知っている事にも驚いたし、なによりライナスと夫婦に思われたのなんて初めてだ。今まではよくて兄妹。普段なら似てない兄と弟だと思われたり、ひどい時には従者だと思われることすらあったというのに。
驚きに体を固くする私に近づくと、マーサは私の服を寛げさせよく絞った布で体を拭き始めた。看病に慣れているのか手慣れた手つきで、拒絶する暇もない。
なるほどこれなら女とばれても仕方ないはずだとどこかで冷静に思いつつ、私は鎧戸の方を見た。
すると間の悪いことに、ちょうど通りかかったらしいライナスがこちらを凝視しているではないか。
「ひっ!」
私は慌てて寛げられていた服を掻き合わせた。
その突然の拒絶に驚いたのか、マーサは私の視線を追ってライナスの存在に気付くと、困ったような笑みを浮かべた。
「あらあらごめんねぇ。村には老人と女子供しかいないから、ついいつもの癖で窓を開けっぱなしにしちまったよ」
謝られても、その言葉がろくに耳に入ってこない。
ライナスは、まるで何事もなかったかのように涼しい顔をして、窓の外を通り過ぎていった。
私はどうにか平常心を保とうと自分に言い聞かせつつ、自分でやるからと押し切ってマーサを部屋から追い出した。