03 おっさん王との再会
フードを取って目と髪で召喚された聖女であることを証明すると、城の門番は慌てたように確認に走った。
残された門番の視線は、警戒するように何度も私とライナスの間を行き来する。
人型をとれる魔物は魔王領にしかいないので彼が魔族と見抜かれることはないだろうが、それにしてももっと歓迎してくれてもいいのにと思わなくもない。
人々の喜びようから見て魔王討伐の報は既に伝わっているのだろうし、城門ぐらいフリーパスにしてくれてもよくないかと少し不服に思ったり。
とはいえ城というからには日本で言う国会議事堂みたいなものなんだろう。私は中学生の時に見学した政治の中枢たる建物を思い出し、逸る自分にブレーキをかけた。
いくら気に入らなかろうが急いでいようが、国の中枢に押し入るのは流石によろしくない。
しばらく待っていると、上役に確認しに行ったらしい門番が走って帰ってきた。
その顔はひどくこわばっていて、なんだか逆にかわいそうになるくらいだ。
「失礼いたしました! 聖女様とそのお連れ様、どうぞ城内にお入りくださいませ!」
彼がそう言うと、これまで私たちを訝しげな目で見ていた他の門番達も、姿勢を正し手にしていた槍の穂先を天に向けた。
私たちは先導されるままに、赤い絨毯の敷かれた城内の道を進む。塵一つなく磨き上げられた緻密な彫刻や豪奢な調度品。
埃まみれのローブをかぶった私は、ひどく場違いだ。
一瞬宿屋によって身ぎれいにしてくるべきだったかも知れないという考えがよぎったが、一応洗濯してあるとは言え手持ちの服はどれも似たり寄ったりだ。
それにしても、この場所を訪れたのは二度目だというのにちっとも懐かしいという感じがしない。
その理由は間違いなく、説明もそこそこに城を追い出されたからなのだが。
そういえば、私を騙して旅費を盗んでいった例の騎士はどうなったのだろうか。できれば捕縛されていると嬉しいが、別に捕まっていなくても構わない。
だって私は日本に帰るのだから。日本に帰って、失った青春を取り戻すのだ。水の心配も身の危険を案じることもない安心安全な生活へと。
階段を上ったり下りたりして、ようやくたどり着いたのはうっすらと見覚えのある謁見の間だった。二年ぶりだが、玉座に座るおっさんは相変わらず偉そうだ。おっさんの隣にはその娘らしきドレス姿の若い女性が座っていた。重そうな宝石をいくつも身に着けたその姿は煌びやかすぎて目に痛いほどだ。
私は促されるままに玉座の前に跪く。一瞬人間社会の常識に慣れないライナスが心配になったが、彼は黙って私と同じように跪いていた。
「面を上げよ」
王の声に従い、顔を上げる。
おっさんの顔には相変わらず感情の読めない笑みが浮かんでいた。正直このおっさんには憎しみしかないが、日本に帰るためだと言い聞かせどうにか取り繕う。
ここで相手の機嫌を損ねちゃいけないことぐらい、私にだって分かる。
「直答を許す。魔王討伐の報告をいたせ」
どうしてこのおっさんはこんなに偉そうなんだろうと思いながら、私は言われた通り口を開いた。
「はい。苦難の旅の末魔王を打ち倒しました。つきましては約束通り、元の世界に帰らせて頂きたく思います」
感情を殺した平坦な声が、広々とした謁見の間に反響もなく消えていった。見張りの騎士や侍従などたくさんの人がいるが、他には誰一人口を開こうとしない。王は返事をする気がないのか、にやにやといやらしい笑みを浮かべて頬杖をついている。
謁見の間はしんと静まり返り、私はひどく居心地の悪い思いをしなければならなかった。
「それで、隣の方はどなた? 聖女のお仲間なのかしら?」
それまで王の隣でつつましく微笑んでいた女が、おもむろに口を開く。
その目には好奇心の光がらんらんと光っていた。
私はちらりとライナスの様子をうかがう。彼は返事をする気など一切ないようだ。どころかその顔には無関心を具現化したような表情が浮かんでいて、今の発言を聞いていたかどうかすら怪しかった。
私はため息を堪え、ライナスの代わりに口を開く。
「この人は旅に助力してくれた冒険者です」
「そうなの! とても素敵な方ね」
この時、私は女の目に映る輝きの意味を悟った。
旅の最中に何度も経験したことだ。大抵素敵な方ですねと褒めておいて、あとで二人きりになりたいとライナスを仲間から引き離そうとする。
まあ、仲間たちは他にも外見的に魅力的な人が多かったので、その対象になるのはライナスだけではなかったけれど。
おそらく旅の間にそういった誘いを一度も受けなかったのは、仲間内でも私ぐらいのものである。
彫りの深いこちらの人たちと違って平凡な顔立ちだし、どころか聖女とは名前ばかりでほとんど少年として通していたので仕方ないとは思いつつ、私が恋愛をしたいと切に願っているのはそういった出来事の反動でもある気がする。
聖女という割には脇役のようだと、旅の最中に思ったことは数知れない。時にはあからさまに邪険にされることも珍しくなかったし。
というわけで、私はこの手のことに人より少し敏感だった。
つまり彼女は、ライナスと個人的にお近づきになりたいのだと思われる。
「おお、姫や。あの冒険者を気に入ったのかい」
王が少し面白くなさそうに呟く。
そしてやはりドレス姿の可憐な女性は、おっさん王の娘でこの国の姫であったらしい。
「気に入っただなんてそんな……魔王を打ち倒した勇者様に失礼ですわ……」
なんと。
聖女は呼び捨てなのに〝勇者様〟ときた。
彼女の中で私がどれほど軽視されているか丸わかりである。
いくらなんでもおっさん王が咎めるかなと思ったら、そんなことはなかった。
「そうか。よしそこな冒険者よ。姫と仲良くしてやってくれ。この子が人をこのように言うのは珍しいのでな」
「まあ! お父様ありがとうございます!」
姫君が華やいだ声で礼を言うと、おっさん王はよほど嬉しかったのかだらしのない笑みを浮かべた。どうやらこの王様はかなりの親ばかであるらしい。
「それよりも」
こちらを無視して話を進めようとする親子に、ついに辛抱たまらず私は口を開いた。
「日本に帰していただけるという話はどうなりましたでしょうか? 今こそ二年前の約束を果たしていただくときかと思います」
少し傲慢かなとも思ったが、目の前にぶら下げられたニンジンまであと少しというところで私の我慢は限界に近づいていた。
ライナスと仲良くしたいなら私がいなくなってから存分にすればいい。
だから一刻でも早く日本に帰してくれ。
直接そう言いはしなかったが、私の顔には隠し切れない苛立ちが浮かんでいたはずである。
「日本? 日本とはなんだ」