病院が受け入れを避ける理由は「指定感染症」
医療の逼迫が叫ばれ、東京などで飲食店への時短要請も始まった。しかし、感染のピークはすでに過ぎ、高齢者の致死率も低下している。それでも新型コロナウイルスが特別扱いされるのは、この感染症が指定感染症の2類相当、実質的には1類にも匹敵する扱いになっているためである。
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「安倍前総理は辞任表明会見で、指定感染症からの格下げに言及されたのに、いつの間にかうやむやにされてしまいました」
と、東京脳神経センター整形外科、脊髄外科部長の川口浩氏が言う。
「11月29日現在、都内の重症患者は67人。重症患者は徐々に増え、いまが緊急事態宣言後の最高値だと報道され、医師会も“医療が逼迫している”と危機感を煽り続けています。しかし、67人という絶対数がはたして多いのか、考えてみる必要があります」
どうしてだろうか。
「都内にはICU病床が1095あり、季節性インフルエンザで重症化した人であれば、そのほとんどに受け入れられます。インフルエンザが感染症の5類だからですが、新型コロナの患者は、そのうち150のコロナ重症者専用床しか使えません。医療の逼迫を伝えるテレビの報道で使われるのが、一部の病院の画像ばかりなのは、多くの医療機関が、新型コロナ患者の受け入れを避けているから、という側面もあります」
避ける理由だが、
「新型コロナが指定感染症の1、2類相当で、致死率50〜90%のエボラ出血熱と同じ扱いにされており、医療機関は科学的根拠と無関係に感染法上の規定で、エボラ出血熱並みの対応を強いられるためです。一般の患者は、エボラ出血熱並みの患者が通院や入院している病院は当然避ける。そうなると収益が減って病院の経営が破綻するから、ICU病床は空いていても、コロナ患者の受け入れを拒まざるをえません」
「学術的にはインフルエンザに近い5類相当」
これでは病床を確保できるはずもない。騒がれている「医療崩壊」の恐れは、新型コロナの危険性を過大に見積もって、演出されたものだというわけだ。
「新型コロナの致死率は1〜2%といわれ、学術的にはインフルエンザに近い5類相当と考えます。ところが政府は1、2類相当から外さず、分科会も同様で、そのためにコロナ専用病床数という分母が都内では150に制限されている。分母が小さければ、分子が少し増えただけで占有率は激増します。しかし、日本の医師は見識やプロ意識が高いので、政府が科学的根拠にもとづいて類型の格下げをすれば、患者を受け入れてくれる医療機関も新たに出てくるでしょう。現場には“5類でいい”と思っている先生も多いと思いますが、医師会はそれを反映させません。医師会が“類型の格下げをしたら、おたくの病院は新型コロナの患者を受け入れますか”というアンケートをとり、結果を政府に提言すれば、医療の逼迫という概念はかなり変わると思うのですが」
ところが政府には、医療崩壊を導きうる一番根っこの原因を改善する気が、さらさらなさそうだ。11月28日、読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」に出演した田村憲久厚生労働相は、現状の2類相当を見直す可能性を尋ねられ、
「ウイルスの特性がはっきりわかってくるまでは、たぶんこの指定感染症というかたちで続けていくというふうに思います」
と返答したのである。新型コロナを指定感染症とする期限は来年2月6日なので、事実上、期限の延長を明言したことになる。また、5類になると指定感染症を外れるので、2類を維持するという意味に違いない。
役人、政治家の「責任逃れ体質」
「指定感染症を解除してなにか問題が生じたとき、厚労省も政治家も責任をとりたくないのでしょう。責任逃れ体質の影響です。感染者が冬に再び増えるのはわかっていたのだから、夏のうちに解除しておくべきだったのです」
と、元厚労省医系技官で医師の木村盛世氏が呆れる。
「このままでは貴重な医療資源が奪われるばかりです。たとえば、医療従事者が感染すると、周囲の医療者も濃厚接触者として扱われますが、そんなことをしていたら、対応できる人がどんどん減ってしまいます。最近、救急科の先生に聞いた話だと、急患を受け入れる際も、相手が感染者かもしれないからと、防護服を着て消毒を完璧にしたうえで、対応しなければいけないそうです。しかも、その準備に15分はかかる。それだけの時間を浪費していたら、助かる命も助からない、という事態になりかねませんが、そんなバカな対応が必要なのも、2類相当のままだからです」
そして、続ける。
「私が産業医をしている会社の方が“インフルエンザの感染者が出ても会社になにも影響がないのに、コロナが出たら事業所を閉めなければいけない”と心配していました。実際、そんなことをしていたら社会が回らなくなる。新型コロナは季節性の風邪と同様、五つ目のコロナウイルスとして定着するでしょう。そんな風邪に“緊急事態宣言だ”などと対応していたら、倒産は止まらないし、自殺者も増えるばかりです」
政府が2類に固執する理由
田村厚労相の「ウイルスの特性がはっきりわかってくるまでは」という発言に対しては、東京大学名誉教授で食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏も、こう批判を加える。
「どんな物事も、科学的に100%解明することなどできません。科学とリスク管理も別ものです。新型コロナであれば、100%解明できていなくても、どれだけの感染力があり、重症者や死者がどれだけ出ているのかなど、実際上の問題がわかっていればリスク管理はできる。経済や社会の状態がこれほど悪化しているのに、田村大臣のように“ウイルスの特性がわからないからこのまま指定感染症として扱う”なんて言っていては、どんなリスク管理もできません」
しかし、なぜ政府は2類に固執するのか。
「厚労省内でいま一番力を持っているのは、分科会の尾身茂会長を中心とする医療関係者です。彼らには感染者を減らすことがなにより大事で、経済や社会を守ることより優先順位が高い。その専門家の意見に多くの政治家が引きずられ、菅総理もGoToの縮小に応じざるをえなくなりました。専門家も良心にもとづいて発言しているのですが、感染を抑えるために、なにかのせいにして対策を講じたい。今回はGoToのせいにされましたが、実際には、いまの感染者増も、GoToで人の移動が増えたからではなく、ウイルスが得意な季節である冬になったからにすぎません」
そして、現状を憂える。
「菅総理一人では、指定感染症の扱いを見直す根拠を示せません。本来、経済や社会の状況も加味しながら、専門家がその根拠を示さなければなりませんが、彼らには見直す気がない。この状況は二・二六事件によく似ています。専門家たちは、あのときの青年将校で、やりたいことを実現すべく政治家をがんじがらめにしている。一つ違うのは、二・二六事件では政治家が勝ちましたが、今回は負けています。医療関係者には別の問題もあります。日本の医療はここ何年も予算が削られ、大病院でも合併したり、病床数を削減しなければならなかったりで、現場のフラストレーションがたまっていた。そこに新型コロナで予算がどんと増えた。しかも、2類でこそ予算を増やしてもらえるのです」
「ほとんどの病床がコロナに割かれていない」
むろん、医療の充実自体は国民の利益にかなう。問題は、柔軟性の有無だろう。医師で医療経済ジャーナリストの森田洋之氏が言う。
「世界で一番病床を持っているのは日本です。そのうえ感染者数も死者数も欧米の50〜100分の1。この二つを考慮すれば、日本の医療は世界で一番余裕があると宣言しないとおかしい。ところが、ほとんどの病床がコロナに割かれていないのが実態です。たとえばドイツやスウェーデンは、緊急でない医療措置を延期し、コロナ患者用のICU病棟を2週間で2〜3倍に増やしています。感染症は波のように押しては引くので、常に病床を用意しておくのは合理性が低い。一気に増やし、引いたら戻す必要があるのに、日本ではそれが一切できていません」
だからこそ、政府が「青年将校」に支配されてはいけないのである。
「むしろ菅総理は、正確な情報や事実を国民に知らせるべきです。多くの病床が空いているのも、感染者は増えていても実効再生産数がここ2週間ほど下がっているのも事実。そういう情報を出すと国民の気が緩む、という意見もありますが、事実は事実なのです」
不安を煽るメディアによって世論が作られ、専門家がそれに追従し、政府は主体性を失って唯々諾々とそれらに従う。そうするうちに社会や経済がどれほど傷んでしまったことか。政府は「青年将校」を文民統制し、国民に真実を伝え、政府自身もこの感染症の実態を見つめ直すことだ。それに勝る対策はあるまい。
「週刊新潮」2020年12月10日号 掲載