‐日本人がどんどん盲目になっていく・・・(「植民地的鎖国思想」の果てにあるもの)‐ | 歴史学を学ぶ大切さを伝えるブログ

‐日本人がどんどん盲目になっていく・・・(「植民地的鎖国思想」の果てにあるもの)‐

テーマ:歴史問題

 

週刊誌 『FLASH』 2019より

 

 

日本を代表する良心的人権派雑誌(笑) 『実話BUNKAタブー 2019年 3月号』より

 

 

‐東アジアの今とこれから その23(人は追い込まれたときに「本性」が出る)‐

 

‐東アジアの今とこれから その24(日本軍内部に作られた「反戦組織」)‐

 

戦争がはじまり、最も命や自由が軽んじられる危険な時代に、自らの危険を省みず、北東アジアの融和と独立のために活動したリベラルと、「大きな権力」を傘に、これらゴミカス言論を垂れ流す連中の「落差」ときたら・・・・(呆)

 

『徴用工』、『韓国軍レーダー照射』、『BTSの原爆Tシャツ』云々・・・。

 

それらを「問題だ!」と騒ぐ連中って、こういう文章や記事を読んで、大なり小なり「快感を感じたり」「溜飲を下げる」んでしょ?

 

とりわけ、日韓を取り巻く世界的KPOPアイドルの『原爆Tシャツ』のニュースだとか、私が推測するに、ファンを含めて、こうした問題に「まったく興味がない人」「(ポジティブ・ネガティブ含め)バリバリ興味がある人」に分かれると思うのです。

 

まあたしかに、社会問題や政治のことを、真剣に考えると、マジでしんどいのは事実です。

 

ゆえに、余計な心労を抱えずに、こういう問題を「避ける人」に一定の理解はあるわけですが、「果たしてそれで良いのか?」という意識も同時に出てくる。

 

 

Michikoさんの記事を改めて読み返させていただくと、つくづく勉強になる。


 

 

金正恩委員長「日本との会談興味ない」

 

Russia Invites Kim Jong Un to Moscow Russian officials say details still being worked out

 

https://news.antiwar.com/2018/10/08/russia-invites-kim-jong-un-to-moscow/

 

そりゃ、こんだけ北東アジアの融和と平和を邪魔して、国内のコリアンマイノリティを迫害し、南北朝鮮にカスみたいなマウンティングを取って来る日本なんかと会談する興味なんて無くなるだろうね。

 

無論、この記事にしても、大よそ日本語メディアでは一切報じられていないもので、いかに私たちが「偏った言論下」におかれているのがわかる。

 

巷では、真逆のことが叫ばれていて、「拉致問題は正念場」だとか、これだけ袖にされている状態で、そりゃ何の冗談だよと言いたくなるね。

 

テレビや新聞、ネットメディアにしろ、内容はいつも「政権寄り」、ひいては後ろ盾である「アメリカ寄り」なのは否めず、こうした情報だけを、四六時中ずーっと流され続ければ、そりゃ認識もひとつに凝り固まるわな。。。

 

英語ブロガーのMichikoさんもおっしゃられていましたが、本来日本がこのような「植民地的状況」を脱するためには、もっと多くの人々が英字ニュース、とりわけアメリカのMSMだけでなく、中露系統の英字ニュースと見比べ、逐一情報をチェックしながら、それぞれの認識を総合して、より客観的な認識を持つべきなのですが、書き手自身である私を含め、それらの理想とは「程遠い」のが現実です。。。

 

【アメリカ人の反応シリーズ】(その他一部外国人含む)

 

‐防弾少年団(BTS)の『原爆問題』を考える その2‐

 

-今日の『世界秩序』について考える-

 

‐よっぽど彼らは日本に居座りたいらしい‐

 

‐ポール・クレイグ・ロバーツ氏の警鐘に発狂するアメリカ人‐

 

‐あの戦争で我々はものすごいものを失った‐

 

‐中朝首脳会談を見たアメリカ人の反応‐

 

【アメリカ人に在日米軍の是非を聞いたシリーズ】(英語ブロガーMichikoさんの記事より)

 

Will you accept a presence of foreign military?①

 

Will you accept a presence of foreign military?②

 

Will you accept a presence of foreign military?③

 

加えてMichikoさんは、アメリカ人たちとの思想を問わないコンタクトを、6年以上に渡り続けてこられ(上述はその一部)、ただ闇雲に自国がアメリカの支配下だとするのではく、色々な意味で問題をはっきりさせている。

 

話は日本にもどり、河野太郎氏にしても、「目先の利益」のためだけに、安倍氏に阿ったり、本来、100年~200年先のことを考えられる人が政治家になるべきと思うのですが、眼前と広がる現実は、金や権力がある方のワンサイドゲームであり、本当の国益だとか、独立や主権がとことん蔑ろにされている。

 

文字通り、アメリカの『植民地』であり続ける日本は、存在しない「国の名誉」だとか「領土」を守ることに必死で、松永宮司の自衛隊版のような旭日旗にこだわり、それもこれも、日本の戦後処理の曖昧さが、後のツケとして色々なところで噴出して、未だ北東アジアの和解と統合を妨げる大きな要因となっている。

 

アジア相手には、「規定ガー」「領土ガー」「国連制裁決議違反ガー」だとか騒ぐけど、一言いうなら以下のようになる。

 

アメリカだったら、それなくなるんでしょ?(笑)

 

いや、そもそも議題にも上がらないだろうし、ネトウヨなどの政府系工作員や御用言論にしろ、『相手を選んだ』上で「タブーに切り込む」とか豪語するが、本当に都合の悪いものに関しては、恐ろしくスルーやダンマリを決め込む。

 

脱力の「ひまわりJAPAN」、被害者面を始めた歴史修正主義者たち

 

一部の連中によって、「日本」というものが私物化され、それが海外に発信されようものなら、中国や韓国はもちろんのこと、それ以外のアジア諸国に対して顰蹙(ひんしゅく)を買うことは避けられません。無論それは、日本自身を地域で「孤立化」させること、すなわち国益を失うことへと繋がり、さらには『歴史修正主義』を日本支配の口実とする、アメリカ人たちの思うつぼであるのだ。

 

‐あの戦争で我々はものすごいものを失った‐

 

タイトルにも書きましたが、このような事実を積み上げることは、ただ日本人が「盲目である」ことだけを示す事実でしかなく、訳も分からず「オ〇ニー」に勤しむ大日本帝国の残党しかり、今や彼らはアメリカのヒモ生活を享受しているのだから笑える。

 

いや、本来笑いごとではない。

 

現実は「一方的に奉仕する関係」でしかないのだから。

 

 

The meaning behind this picture of Emperor Hirohito and General MacArthur

 

https://medium.com/@izana/the-meaning-behind-this-picture-of-emperor-hirohito-and-general-macarthur-e94d5ff2b91d

 

Michikoさんがご指摘されていたが、「原因」はすべてGHQ主導による日本の敗戦処理にあり、その中で『裁かれなかった者』について、現在の私たちの生活に決定的な影響を及ぼした(もちろん悪い意味で)。

 

ひとつは、日本を『不沈空母』として活用するため、天皇や薩長閥の人間、加えて官僚たちを、あえて生かした。

 

ふたつは、本来「殺されるはずだった」それらの人間は、大いに安堵し、自身の安住した生活基盤を与えられることによって、傀儡政権による事実上の植民地支配を、異例の長さにまで延長し続けている。

 

 

昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」  

 

https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A

 

「広島市民に対しては気の毒であるが、(原爆投下は)やむを得ないことと、私は思っています」

 

‐夏の終わりを期に考える昭和天皇の「戦争責任」‐

 

そうした文脈で考えると、この人が放言した内容とも合点がいくと思う。

 

さらに詳しくみていくと、ひとつ目の『裁かれなかった者』である薩長閥の人間は、「従米」である条件で、『大日本帝国の復活』を成し遂げたわけであり、数々の歴史修正主義的な言論や、朝鮮学校無償化除外を始めとするコリアンマイノリティへの迫害、さらには『歴史問題』に関わったアジア諸国に対するマウンティングを含め、こちらはMichikoさんのアメリカ人たちとの話の中でわかったことですが、日本の『歴史修正主義』をとことん憎む彼らの感情を、在日米軍を据えるひとつの理由としているわけだから、むしろアメリカにとっては、じゃんじゃん日本が「歴史修正主義政治」を行ってくれれば、都合が良いわけです。

 

他にも氏は、同記事で重要なことを述べられていますが、詳しくは記事をご参照いただければと思います。

 

 

恥知らずな日本国内のメディアは、朝鮮半島にまつわる数々の『歴史問題』で、文大統領を「悪人」に仕立て上げようと躍起ですが、実際に行った活動や、しゃべる口調(よくある吹替えじゃなくてね)、雰囲気を見れば、それが的外れであることがすぐわかる。

 

文在寅、観覧式直後に済州島海軍基地の地元民に謝罪

 

 

ハングルで「대통령님 강정마을 방문환영합니다」と書かれています。

 

(日本語訳)大統領(様) カンジョン村 訪問歓迎します

 

※「님(二ム/ニン)」というのは、直訳で「様」だが、儒教文化の韓国や北朝鮮では、目上の人に付ける習わしがある。無論日本でも、同様の理由でもって「上様」だとか「皇太子さま」など、広く一般的な定義で言えば『大統領閣下』という、公式の場においてふさわしい敬称や表現などを示す。

 

Moon addresses residents of Gangjeong Village opposed to Jeju Naval Base

(HANKYORHE HANI.CO.KR)

 

http://english.hani.co.kr/arti/english_edition/e_national/865618.html

 

Michikoさんのブログより

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12411664914.html

 

 

【関係記事】

 

‐文大統領の努力、「職を失い」悔しがる在韓米軍司令官、70年ぶりの敵対行為の中止‐

 

‐本田圭佑選手が朝鮮学校訪問の理由を語る‐

 

カンジョン村の出来事しかり、文大統領は、アメリカの都合でもって、住民生活や自然をめちゃくちゃにされることを回避したり、ビジネス目的で運用される極東の米軍とも、これ以上無意味で緊張を生むだけの合同演習はしないと、アメリカに対して堂々と、しなやか且つ勤勉に対応されている。

 

無論、一歩間違えれば失脚したり、殺される可能性だってある。

 

こうした状況は、日本や沖縄でも同様である。

 

しかし『指導者』が決定的に違う。

 

弱者に依りそうことはせず、ひたすら強い者に巻かれることしか出来ない、腰抜けの植民地政権とは裏腹に、今韓国は「自国独立」の瀬戸際にいるわけです。

 

我々は、決してこれを邪魔してはならない。

 

同じ民族である北朝鮮と、将来における統一の展望を見出し、北東アジアにおける緊張関係が解かれ、全ての矛盾がなくなったとき、日本も再び、その仲間にもどれることができるでしょう。

 

 

<参考資料>

 

・週刊誌 『FLASH』 2019 記事

 

・日本を代表する良心的人権派雑誌 『実話BUNKAタブー 2019年 3月号』記事

 

・cluttered talk blab blab blab 『立ち止まって考えてみたい「最近の朝鮮半島関係ニュース」』記事

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12411004861.html

 

・同 『脱力の「ひまわりJAPAN」、被害者面を始めた歴史修正主義者たち』記事

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12410753383.html

 

・同 『文在寅、観覧式直後に済州島海軍基地の地元民に謝罪』記事

 

https://ameblo.jp/cluttered-talk/entry-12411664914.html

 

・Youtube動画 『昭和天皇「原爆投下はやむをえないことと、私は思ってます。」』

 

https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A

 

 

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日本共産党中央委員会 渋谷区本部ビル (Wikiより)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A

 

 

日本は満州事変を機に、中国への『侵略戦争一色』に染め上げられて行きますが、今回も引き続き、共産党や一般市民たちの反戦活動を見ていきたいと思います。

 

1931年9月末、軍事経営の最大の中心地━東京と横浜━における労働者たちの闘争は、開始された帝国主義戦争反対を、「大衆レベル」にまで引き上げるために、さまざまな団体が参加しました。

 

金属労働組合、および化学労働組合の各支部を先頭として、東京や横浜の工業地方のリベラル的大衆組織の会議が開かれました。

 

立石および山田絹織物工場の労働者は、反戦デモを準備したが、警官に30人の労働者を逮捕されたり、10月6日には一光学工場、一ゴム工場、一印刷所および二ヵ所の職業紹介所で、『満蒙戦争反対』『満州と中国から手を引け』『日本帝国主義政府打倒』『軍事費で失業者を救済しろ』などのスローガンを掲げ、工代会議を開きました。

 

10月初め、和歌山の染色工場では、労働者が反戦ビラをまき、青森県下では反戦スローガンの下に、缶詰工場で職場大会が開かれ、二つの工場と三つの印刷所で工代会議が催された。

 

こうした闘いの例は、各地いたる所でありました(青木文庫版 『日本にかんするテーゼ集』所収 『日本の情勢と日本共産党の任務』)

 

 

殊に、広島での反戦活動を、当時、共産党広島地方委員準備会で活動していた古末憲一氏の証言(『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第3巻 勁草書房 三三八頁以後)を参考に、話を進めていきたいと思います。

 

※古末健一氏の詳細について (日本共産党 加須市議会議員 小坂とくぞう氏のホームページより)

 

http://www.yuiyuidori.net/t-kosaka/html/menu4/2016/20160715161222.html

 

 

旧宇品港から戦地へ向かう兵士たち(1937年8月撮影、広島県立文書館提供)

 

『中國新聞 広島平和メディセンター』 「宇品港」記事より

 

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?insight=20131002150013527_ja

 

 

1936年、宇品港からの出兵。右端奥に見えるのが宇品島、左端が軍用浅橋(個人蔵)

 

『同』 「宇品港 軍用化の記録 広島市郷土資料館 1日から公開 全景や出兵の写真・文書」記事より

 

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=80603

 

※宇品港は1932年に「広島港」へ改称。

 

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=80603

 

古末氏によると、広島の宇品港から、毎日のように日の丸の旗をたてた御用船が、若い現役兵を満載して満州に向かったとされます。

 

宇品、広島の旅館は、出征兵士でいっぱいになり、全員が入りきれず民家にまで分宿しました。党員や全協組合員は「満州の戦争は資本家地主のため(所謂権力者たち)の侵略の戦争だ。労働者、農民、兵士がその犠牲にされるのだ」という趣旨で、戦争反対を呼びかけるリーフレット(宣伝用の折り畳み式の印刷物)、ビラ、パフレットをつくり、マッチ箱に入れたり慰問袋に入れて兵士に渡したり、兵士の泊っている旅館や宿舎に投げ込んだりもした。

 

さらには、連隊に忍び込んで兵舎に持ち込んだ人もいたり、憲兵に見つかったら大変なことになると思いますが、そこは本当にすごいと思います。

 

この中で、広島第十一連隊の兵士数名との連絡がつき、この兵士らは兵営内で反戦ビラまきを行い、後に、この兵士たちは共産青年同盟に組織されたそうです。

 

反戦ビラは、もちろん工場にもまかれ、当時のプロレタリア作家同盟を中心に、『無産者の夕』と銘打って、戦争反対の大集会もやり、1000名近い労働者、学生が集まり、集会のあと警官隊の人垣を突破し、数百名が目標地点まで反戦デモを敢行しました。

 

 

続いて書(『同』 三三八頁以後)は、呉での反戦活動をしていた、同党広島地方委員準備会の寺尾一幹氏の証言へと移ります。

 

※寺尾一幹氏の詳細について (戦前の反戦運動の具体例 「あめとかぜと  広島県戦前 左翼運動の手記」 岩佐寿一 編・著 あめとかぜと出版委員会発行 1985年 記事より)

 

http://kure-sensai.net/Undou/Senzen/AmeToKaze.htm

 

日本帝国海軍の根拠地、広島の呉(くれ)では、当時まず呉海軍工廠(こうしょう=陸海軍に直接所属して、軍需品を製造する工場)に、共産党細胞がつくられ、やがて昭和6年末(または7年はじめ)、日本共産党史上初めて「軍艦細胞」が結成されました。

 

つまり、「日本軍内部に反戦活動を行うリベラリストが誕生した」わけであり、これはものすごい大偉業と言っても過言ではないと思います。

 

軍艦細胞の党員は、反戦ビラやリーフレットを艦内に配布して活動しましたが、この他に新聞『そびゆるマスト』を発行し、水兵の要求とあわせて戦争反対を訴えました。

 

新聞は40部ぐらいずつ、第六号まで発行(編集・印刷、寺尾氏)されましたが、すぐさま弾圧によって潰されました(古末氏、寺尾氏の話とも筆者<同書>の聴取)。

 

所謂、「軍隊内の党員」士官学校などにも増えていきましたが、呉とならんで横須賀でも「軍艦細胞」が作られた。

 

 

戦艦『榛名』 (Wikiより)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%9B%E5%90%8D_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

 

当時、横須賀の軍艦榛名の水兵だった西口常二氏は、『月刊学習』(63年7月号)に、その思い出を、以下に示しております。

 

私たちは、昭和7年1月10日、横須賀海兵団に入団しました。・・・・・・私たち入団者が乗った横須賀行軍用列車が、憲兵の厳重な監視のうちに、品川駅発射を待っていた時に、突如、どこからともなく、党の反戦ビラがまかれました。列車が横須賀駅に到着したときも同様でした。

 

いうまでもなく、共産党員の決死の行動であったのです

 

時代も時代ですから、捕まれば党員の身の危険だって、十分にあり得るわけです。

 

 

戦艦『長門』 (同)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E9%96%80_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

 

 

戦艦『山城』 (同)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%9F%8E_(%E6%88%A6%E8%89%A6)

 

同『思い出』によると、党員は、天皇のお召艦であった、前述の高速巡洋戦艦『榛名』をはじめ、戦艦長門戦艦山城につくられ、横須賀鎮守委員準備会を確立しました。

 

党員は反戦ビラと共に、新聞『高いマスト』を艦内にもちこんで、反戦活動に努めました。

 

『高いマスト』は、陸海軍兵士すべてを対象とした『兵士の友』と改め、さらに日本共産党満州地方事務局では、9月21日『中、日、鮮(朝鮮)━労働者農民兵士の力に依って帝国主義強盗戦争を打ち倒せ!』と訴える多数のビラを各地にまきました。

 

それには、『中国・日本・朝鮮の労働者農民兵士が提携して、互に向けあってゐるその銃を真の敵自国のブルジョアジーに向けるのだ』(中国の反動勢力や日本および植民地朝鮮における権力者層への批判)など、『日本帝国主義を打ち倒せ!』と書かれていました。

 

無論、これらは中国侵略戦争に反対する、当時の闘争の一端を示すものです。

 

共産党の党員数は、1931年から2年にかけて「戦前最大」となり、『赤旗』発行部数も同様に7000部に拡大しました。

 

 

<参考資料>

 

・『アジア・アフリカ講座 日本と朝鮮』第3巻 勁草書房

 

・日本共産党 加須市議会議員 小坂とくぞう氏のホームページ 

 

http://www.yuiyuidori.net/t-kosaka/html/menu4/2016/20160715161222.html

 

・『中國新聞 広島平和メディセンター』 「宇品港」記事

 

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?insight=20131002150013527_ja

 

・『同』 「宇品港 軍用化の記録 広島市郷土資料館 1日から公開 全景や出兵の写真・文書」記事

 

http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=80603

 

・戦前の反戦運動の具体例 「あめとかぜと  広島県戦前 左翼運動の手記」 岩佐寿一 編・著 あめとかぜと出版委員会発行 1985年 記事

 

http://kure-sensai.net/Undou/Senzen/AmeToKaze.htm

 

 

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