11:配達人のアダム
塔に住んで五日。
まだお互い慣れず、ぎこちなく暮らしている二人のところに、訪問者が来た。
ヴィンセントが対応している。アリシアは怪しまれないように、壁に隠れながらその様子を見た。
訪問者は赤毛の若い青年だ。とても明るい性格なのだろう。ヴィンセントと話している間、ずっと笑っている。そして何より――
「ヴィンセントが、とてもしゃべっています!」
自分には用件のみしか会話をしてくれないのに!
表情は相変わらずの無表情だが、言葉数が多い。冗談でも話しているのか、赤毛の青年がケタケタ笑う。
ずるい!
アリシアは話したこともない赤毛の青年に嫉妬の念を送った。
あの不愛想な様子から、きっと自分が一番仲良くなれていると思っていたのに!
赤毛の青年と話す様子から、他者とコミュニケーションを取っているのがわかり、安心するのに、もやもやする。
まるでヴィンセントを赤毛の青年に盗られた気分だ。
アリシアは母が言っていた言葉を思い出した。
「間男!」
仲良くしている二人の仲を切り裂く存在らしい。憎らしい、間男!
「私とヴィンセントの仲は切らせませんよ!」
アリシアは気合を入れて、二人のもとへ向かった。
「はじめまして! アリシアと申します!」
はじめが肝心だと、元気よく挨拶をしたアリシアだったが、二人のポカンとした顔を見て、元気が一気に萎んだ。醜い嫉妬心で話しているところに突撃など、良識のある人間がするべきではなかった。アリシアは恥ずかしくなって俯いた。
「ヴィンセント……さん。談笑中に失礼しました……」
一瞬呼び捨てにしそうになったが、慌てて取り繕った。肩を落としたアリシアを見て、ヴィンセントは首を振った。
「いや、談笑などしていない」
「え!? うそ!? 今の談笑だったよね!?」
赤毛の青年が驚愕の声を上げるが、なおもヴィンセントは首を振る。
「してない。次に持ってきてもらう物について話していた」
「それ以外も話してたよね? ね?」
赤毛の青年が詰め寄るが、ヴィンセントは相手をしない。
「持ってきてもらう物……?」
見れば、青年の足元には木箱がある。中には食材が詰まっていた。
アリシアの視線の先を見て、青年がにこりと笑った。
「俺はアダムだよ。見ての通り、配達人だ!」
こげ茶の瞳を細めるアダムを見て、アリシアは納得した。
「いつも新鮮な野菜たちがあるからどうしているのかと思ったら、配達に来てくださっているのですね」
「そういうこと! 大体五日に一回来るよ。食材の依頼が多いけど、それ以外も承るよ。女の子は色々必要だろ?」
パチンとウィンクをするアダムに、さっきまでの嫉妬はどこへやら、アリシアも微笑み返した。
「紹介しておこうと思っていたから、ちょうどよかった。必要なものがあれば、今後アダムが来た時に頼むといい」
「わかりました」
アダムはアリシアと話すヴィンセントを見て、ニヨニヨとする。ヴィンセントは不快そうに眉根を寄せた。
「……なんだ?」
「賢者様の恋人?」
ヴィンセントはさらに眉間に皺を寄せた。
「そんなわけあるか、歴史学者だ」
「だよねえ、こんな可愛い子が」
「どういう意味だ」
「そういう意味だよ」
ニコニコしているアダムに、不機嫌なヴィンセント。仲良しと思ったのは自分の間違いだったのだろうか。アリシアはオロオロしてしまった。
「あ、あの……」
「ん?」
声をかけたアリシアに、アダムは向き直る。
「アダムさんは間男ではないのですか?」
「ぶふぅ!」
アダムはその場で腹を抱えてしまった。
アリシアはやはりオロオロするしかなかった。