10:魔法使いのヴィンセント
二百年間で一番発展したのは上下水道だ。蛇口を捻れば出るそれに、アリシアは生まれてすぐのときに感動して大泣きした。
魔法で水も出せたが、大量となるととても疲れるし、井戸で水を汲むのも疲れた。基本、二百年前は疲れることばっかりだった。
自由に水が出せるって素晴らしい。アリシアは改めて実感する。
しかし、同時に絶望もした。
「水を温かくする技術があればよかったのに……」
残念ながらそこまでの発展はしていなかった。なので風呂でお湯を使うときは、薪をくべる必要がある。
あるはずなのだが、薪を入れる部分が見つからない。
「まさか、私の実家が時代に取り残されていたのでは……」
ありえる。大いにありえる。
アリシアの実家はとても田舎だ。未だに猪を自分で獲って食べている。
「お風呂の使い方を訊きましょう……」
なるべく煩わせたくないが、こればかりは訊かなければわからない。
昨日は旅路で疲れていたので、水で体を拭いて寝てしまったが、今日は風呂に入りたい。できれば湯船で肩まで浸かりたい。
アリシアはヴィンセントの部屋をノックした。
「どうした?」
出てきたヴィンセントに、アリシアは申し訳なく思いながら訊ねた。
「あの、お風呂に入りたいのですが、お湯の使い方がわからないのです」
しょげるアリシアに、ヴィンセントは、ああ、と声を漏らす。
「悪かった。説明を忘れていた」
そう言うと部屋を出て歩き出したヴィンセントの後を、アリシアは慌てて追いかける。浴室に来たヴィンセントは、アリシアが溜めた浴槽の水に手をかざす。ほわり、ほわり、と柔らかい光がヴィンセントの手の平から出ている。
魔法だ。
アリシアは二百年ぶりに見た魔法から目を離せなかった。
「入浴するときは今後、俺を呼んでくれればいい。わざわざ部屋に来るのは面倒だろうから、この鈴を鳴らしてくれ」
浴室に置いてあった少し大ぶりの鈴を受け取り、アリシアは頷いた。
「……説明を忘れて悪かった。スープですっかり忘れて――」
そこでヴィンセントは口を押えた。余計なことを言ったと思っているのだろう。きっと漏らすつもりがなかった言葉だ。
「……もう寝る。おやすみ」
「……おやすみなさい」
ヴィンセントはアリシアを振り返ることなく部屋に戻って行った。
アリシアはヴィンセントが温めてくれたお湯に手を入れる。
「あったかい……」
相変わらず、魔法の使い方が上手だ。
アリシアはヴィンセントの魔法を感じ取るように、少しの間、手を浸していた。