08:胃袋を掴みます
「第一関門突破です!」
正直これが一番難しいと思っていたアリシアは、与えられた自室で思わず喜びの声を上げた。
第一関門、コミュニケーションを取れるようになること。
もしかしたら話も聞いてくれない恐れもあったアリシアは、ほっと肩の力を抜いた。
「男は胃袋を握ればチョロいと言っていたお母さんの言葉も信じてよさそうです」
人間の三大欲求の一つから攻めるというのは実に有効だった。さすが母。年の功だとアリシアは納得した。
「これから一緒に食事を取るという言質も取れました」
嬉しくて飛び跳ねたい気持ちを抑える。また、昔のように一緒に食事を取れる。
アリシアはヴィンセントが自分の作った食事を食べるのが好きだった。それは今も変わらない。表情の変わりにくいヴィンセントが、食べ物を口にしたとき、たまに緩む顔が好きだった。
アリシアは、やっぱり喜びが抑えられず、ベッドに飛び乗りゴロゴロと転がった。
「またあの表情が見られるかもしれません!」
今日は残念ながら一口目以降はあまり表情の変化は見られなかった。しかし、これからも料理を続ければ、態度が軟化するかもしれない。
ニヨニヨしていたアリシアだったが、ハッと気付き、飛び起きる。
「い、いけません。本来やることを忘れるところでした」
ベッドから出て、ヴィンセントのもとへ向かう。
居間などを見たが、誰もいない。アリシアはヴィンセントの部屋へ行く。
軽くノックをするとすぐに返事が返ってきた。
「アリシアです」
「ああ」
声のあと、すぐに扉が開いた。
「何だ?」
「あの、本をお借りしたくて」
アリシアは歴史を学びに来たのだ。ただ料理を作りに来たのではない。仕事をしなければいけないし、ヴィンセントのことを調べるという目的もある。
「何の本が読みたいんだ?」
「この国の成り立ちから知りたいと思いまして、帝国から王国になった頃について書かれた本があれば読みたいのですが」
「わかった。あとで部屋に持っていく」
それだけ言うと扉は閉められた。
アリシアは朝食で上がっていたテンションが一気に落ちた。
「必要な用件のみしか話してくださいませんでした」
ちょっと心を開けたと思ったのは間違いだったのだろうか。
アリシアは自室に戻ると、自分に喝を入れた。
「いえ、閉じた心を開かせるのも師匠の役目!」
グッと拳を握る。
「まず、胃袋から攻めます!」
結局解決策はそれしか出なかった。