07:二百年ぶりのスープ
翌朝。
「何をしている」
不機嫌な様子を隠さないヴィンセントと、それを知っていながら気にしないアリシアがいた。
「朝食を作っています」
「見ればわかる」
ヴィンセントはテーブルに広げられた食事を一瞥してからアリシアを睨みつけた。
「俺は俺のことは気にするなと言わなかったか?」
「言われました。でも一人分だけ作るのも寂しいですし」
言いながら、パンをテーブルに置く。
「今後は作らなくていい。放っておいてくれ」
「私は食事は一人でないほうがいいです」
にこりと笑うと、ヴィンセントは表情を変えないまま席についた。
どうやら食べてくれるらしい。
嬉しくてアリシアがニコニコ笑うと、不快そうに眉根を寄せた。
「……食材がもったいないから食べるだけだ」
「ええ。無駄にならなくてよかったです」
食事を食べてくれるかどうかは、アリシアの賭けだった。
内心とてもほっとしながら、こっそりとヴィンセントが食事を口に運ぶのを覗き見る。
スープを口に運んだヴィンセントは、片眉を動かした。
「このスープ……」
「お口に合いましたか?」
昔、ヴィンセントが一番気に入っていたスープだ。
「……ああ」
ヴィンセントはそれだけ言うと、食事に戻ってしまった。
どうやら今も好きなものらしい。アリシアは、また昔との共通点を見つけて嬉しくなる。
少し表情は乏しくなったが、ヴィンセントはヴィンセントのままだ。
「これからも作ります。食べたくなければ食べなくてもいいですが、食材を無駄にはしたくないので、できれば食べていただけると嬉しいです」
「わかった」
てっきりいらないと言われると思っていたアリシアは、きょとんとしばらくヴィンセントを見つめてしまった。
それが気に入らなかったらしい。またギロリと睨みつけられる。
「食べろと言ったのはそっちだろう」
「いえ、そうですが……」
こんなにあっさり承諾されるとは思っていなかった。
アリシアが不思議そうに見つめると、ヴィンセントは居心地が悪そうに少し肩を揺らした。
「スープが……」
「スープ?」
「この味が、二百年間、出せなかったから……」
久しぶりだったんだとヴィンセントは言った。
「そうですか」
それだけ述べた。
余計なことを言うと泣いてしまいそうだったから。