06:やるべきこと
塔のほとんどは本で埋め尽くされているらしい。
それもそうだ。二百年分の歴史がここにあるのだから。
「アリシア」
名前を呼ばれ、どきりとする。こうしてしっかりと彼に名前を呼ばれるのは二百年ぶりだ。
「はい」
悟られないように、アリシアは精一杯微笑んだ。ヴィンセントは無表情のまま、部屋の扉を開けた。
「ここが君の部屋だ。自由に使っていい。歴史書は読むものを俺に言ってくれ。勝手に持ち出されて何かされても困る」
「わかりました」
ここにあるのは真実の歴史だ。国に指示されて加工するように言われる歴史学者もいたのだろう。ヴィンセントの警戒は当然のものとして、アリシアは頷いた。
「さっき通ったキッチンも浴室も、本がない部屋は自由にしたらいい。俺のことも気にしないでほしい。じゃあな」
「あ……」
アリシアが声をかけようと思ったが、無情にも扉は閉められ、コツコツと去って行く足音が聞こえる。
もう少し話したかった。
しょんぼりしながら部屋に備え付けられていた椅子に腰かける。
部屋を見回す。大したものはない。ベッドに机、小さなテーブル、椅子。そしてクローゼット。普通のこぢんまりした部屋だ。
おそらく、代々の歴史学者が泊まる部屋なのだろう。使用されている雰囲気はある。
アリシアはふう、と息を吐いた。
「この二百年の間に、なにがあったのでしょう」
ヴィンセントはあそこまで露骨に人を避けなかった。表情もすごく動くわけではないが、あそこまで無表情ではなかったし、アリシアがドジをするたびに微笑んでくれた。
――それも殺すための嘘だったのかもしれないが。
「い、いいえ、あれは本当の笑顔でした!」
アリシアは浮かんだ考えを払拭するように頭を振る。
あんなに楽しそうに声をあげて笑っていたのに、それが嘘なわけがない!
アリシアは気合を入れる。
「まずはヴィンセントについて知らないと」
アリシアがまずすること。
それは、自分が死んだあとのヴィンセントのことを、歴史書から学ぶことだ。
本人に聞いても答えてくれるはずがない。それどころか、調べる前に無条件に放り出されるかもしれない。
なんとか、こっそり調べないと!
「絶対、呪いを解いてあげますからね」
一人で生き続けるのはつらすぎる。
アリシアはヴィンセントの無表情を思い出して、自分を奮い立たせた。