05:弟子との再会
つ、ついに来てしまった。
アリシアはゴクリと唾を飲み込み、そびえ立つ塔を見つめる。
アリシアは無事、歴史学者になった。元々二百年前のことは知っている。基盤があるのだから難しいことではなかった。おかげで最年少で歴史学者になれた。
歴史学者になると決めて十年。やっと彼に会える。
だと言うのに、アリシアは扉の前から動けなかった。
「も、もし私だとバレたら追い出されるでしょうか」
元祝福の魔女だとバレたら、ヴィンセントは怒るだろうか。また殺されるかもしれない。でももしかしたらこの二百年という時が、彼の怒りを風化させているかもしれない。
グダグダと考えこみ、なかなかノックができない。
今のアリシアに、二百年前の面影はほぼない。髪色も違うし、顔立ちも違う。
二百年前は、森に一人で住んでいたからわからなかったが、自分は相当な美人だった。金の髪に、菫色の目、ぷっくりした唇に、血色のいい唇、透けるような肌。確かにそれを持っていた。
なぜ今世ではそれを持って生まれなかったのだろう……。
悲しいかな、現在のアリシアは町を歩いていてもすぐに埋もれる人間だ。茶色のふわふわした髪に、程よく日に焼けた肌。目鼻立ちも普通。ただ普通の少女だ。前世と同じなのは、菫色の瞳だけ。
今世も美女がよかったと切ないため息を漏らす。
だが、改めて見ても、自分があの魔女だとはわからないだろう。
自分を見つめなおし、アリシアはバレない自信がついた。
コンコン、とノックをする。
近所のアルベールおじさんの家はノックをしてもこんなに緊張しないのに。
アリシアは高鳴る胸を押さえながら主が出てくるのを待った。
「……誰だ?」
キイ、と金具の音を立ててドアが開いた。油を差したほうがいいかもしれない。
「あの、これから一年お世話になる、アリシア・フラッグです。よろしくお願いします」
歴史学者の中から、毎年優秀者を一人、塔に行かせて、直接歴史を学ばせる。
約五十年ほど前からできたしきたりだ。なんでも、真実の歴史をしっかり知り、政治者のいいように改変されないようにという、政に関わる者への牽制らしい。国に都合のいいように歴史を捻じ曲げるのはよくある話だ。絵本がそれを物語っている。
「アリシア?」
扉から現れたのは、あの頃と寸分変わらぬ、ヴィンセントだった。
あの頃は、自分の美醜にも、人の美醜にも興味がなかったが、今改めて見ると、ヴィンセントは美しい青年だった。
艶のある黒髪に、紺色の目。鼻筋もすっと通っており、肌も男にしておくのが勿体ないほどきめ細かい。涼し気な目元。なぜ耳まで形がいいのだろう。
アリシアは前世と違い平凡な自分に少し悲しい気持ちになる。今の自分は彼の隣に立てる人間ではないのだと痛感する。
いや、それは前世からだ。
アリシアはヴィンセントを見てニコリと笑う。
「どうかしました?」
ヴィンセントはアリシアをじっと見ると首を振った。
「いや……アリシアという名前に憶えがあるだけだ」
「よくある名前ですからね」
アリシア、という名前は、祝福の魔女の名だ。絵本の通り、この国では悪役とされているが、『祝福』を与えるという点が考慮され、一時はつけるのがご法度とされたこの名も、今では女児の名づけとして人気のある名前だった。
「そうだな」
ヴィンセントは目を伏せてそれだけ言うと、中へ入って行った。
相変わらず、愛想のない人だ。
アリシアはヴィンセントの変わらないところを見つけてクスリと笑いながら家の中に入った。