03:祝福の魔女の最期の祝福
※流血表現あり。ご注意ください。
拾った青年、ヴィンセントはアリシアの想像以上に働いた。
いつも大変だった薪用の木を切るのも、アリシアの何倍も上手だ。川で魚を釣るのも、猪を狩るのも、アリシアは敵わなかった。今アリシアが青年より優れていると思えるのは、『祝福』の力と薬草を採ることだけだ。
魔法を教えようにも、圧倒的に魔法の扱いも、ヴィンセントのほうが上手だった。
はて、どうしてこの青年は、私の弟子になどなったのだろう。
小首を傾げて過ごすも、数日後、ヴィンセントからのお願いでその答えは判明した。
「『祝福』の力を使っているのが見たい、ですか?」
「ああ」
アリシアは困ってしまう。なぜなら、この力は、誰かに教えられるものではない。
「あの、『祝福』の力は、生まれ持ったものなので、誰かに教えてあげることはできないのです」
「わかっている」
「はあ」
ならますます理由がわからない。困惑しているアリシアに、ヴィンセントは一歩近づく。
「その力は誰も持たない。俺はただ、その力を使っているのを見て、知りたいだけだ」
「知りたいだけ?」
「そうだ」
「自分が使いたいわけではない?」
「使えたらいいなとは思うが、使えないのだろう?」
ヴィンセントの問いにアリシアは頷く。
「使えなくてもいい。わかっている。だから知りたいんだ」
ヴィンセントの射貫くような目を見つめながら、アリシアはそっと、花壇の花のつぼみの一輪に触れた。
「一番綺麗に咲きますように」
ぽう、っと一瞬ほのかに花の周りが明るくなった。
「……それだけか?」
「そうですよ」
一瞬で終わってしまった光景に、ヴィンセントは呆然としている。
「思いを込めて、祝福を吹き込むだけ。それだけです」
――三日後、見事に一輪だけ他とは違う輝きで咲き誇る花を見て、ヴィンセントは納得したようだった。
その後も、ヴィンセントはアリシアの『祝福』を見たがった。アリシアは特に拒否もせず、望まれたときに見せた。
その意図に気付いたのは、大分先のことである。
◇◇◇
「ど、して」
ゴボッと口から血が溢れ出した。胸が熱い。痛みの原因はそこだ。
アリシアは床に倒れこみながら、胸に刺さった短剣を見た。そこにそれがあるのが信じられないというように。
「どう、して」
もう一度問うと、頭上から答えが返ってきた。
「『祝福』を与えたからだ」
静かなその声に、どれほどの感情があるのか、アリシアにはわからなかった。
ただ、わかるのは、自分は大事にしていた弟子に刺されたということだ。
「あなたの『祝福』は、自分にはかけられない。そうだろう? 以前怪我をしたときに、うっかりそう漏らしたのは、他ならないあなただ」
そう、誰にも知られないようにしていたのに、油断して話してしまったのはアリシアだ。
だって、とても信頼していたのだ。
「ど、して……?」
アリシアは先ほどからそればかり繰り返している。でもずっとそればかりが頭をめぐるのだから仕方がない。
痛い。熱い。苦しい。
再び吐血したアリシアを見下ろしながら、ヴィンセントは口を開いた。
「みんな死んだ」
ぽつりと言った。
「両親も兄弟も、友人も、何もかも、死んだ」
頭上から聞こえる声にアリシアは何も返せない。
まさか、そんな。
アリシアは痛みとは違う理由で震え出した。
「あなたが、この国の兵士に与えた『怪我をしませんように』という、『祝福』のせいで、こちらは傷の一つも負わせられず、ただただゴミキレのように殺された!」
激昂したようにヴィンセントは叫んだ。
「あなたのせいで、今やどの国もこの国に逆らえない! 周辺国は隷属国に成り下がった!」
知らない。知らない。そんなの知らない。
アリシアは首を振りたいが、体が動かない。ただただ流れていく血を眺めていた。
「アリシア、君さえ死ねば、『祝福』に頼り切ったこの国は終わる」
ああ、ああ。
アリシアはぽろりと涙を流した。
――本当に、私が原因なんだ。
「ごめ、なさい」
アリシアは何とか口を開いた。
「知らな、かったの」
ヴィンセントの目が見開かれた。
「いいこと、してると、思ってたの。ごめ、ね。知らなかっ、た。ごめ、なさい」
いいことをしていると言われた。
おかげで戦に勝てると喜ばれた。
アリシアは疑いもしなかった。
その向こうで、この国のために何千という人間が死んでいっていた。
知らなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。
アリシアは心で謝罪しながら、ヴィンセントに手を伸ばす。
「……何だ? 最後に俺を呪うか?」
そんなこと、『祝福』ではできない。わかっているはずなのに、とアリシアは笑みを浮かべながら、口を開いた。
「ヴィン、セント、が、幸せになれま、すように」
ヴィンセントが何か叫んでいる。怒っているのだろうか。怒っているのだろう。自分はとんでもない馬鹿だった。
ごめんね。ごめんなさい。
アリシアはもう一度、声にならない声で言う。
――幸せに、ヴィンセント。