02:魔女と賢者の出会い
アリシアは自分が生まれる前の記憶を持っている。
アリシアは祝福の魔女だった。
今住んでいるラリーアルド王国が、ラリーアルド帝国であった頃、彼女はこの国に仕える魔女だった。
彼女の力は特殊で、他の魔女とは違っていた。
彼女の力は『祝福』を与えること。
その力故、彼女は戦争などに行くこともなく、帝国から提供された、首都から少し離れた森でのんびり暮らしていた。
「あら?」
ある日、薬草を摘んで帰ると、家の前に青年が倒れていた。アリシアは初めての経験にどうしようかと思案したが、とりあえず、青年を起こすことにした。
「あのぉ、ここで寝られると困ります……」
玄関扉の前なので、中に入れなくてアリシアは本当に困っている。青年をゆさゆさと揺さぶると、うぅ、とうめき声をあげた。
自分を揺らす不快さにか、青年は目を開けた。
「腹が減った……」
アリシアはそれなら、と青年を抱きかかえた。
「ならご馳走いたしましょう。さあ、どうぞ中へ」
突然抱き起されて困惑の顔を浮かべた青年は、しかし空腹には勝てなかったのか、特に抵抗もなく、アリシアに体をあずけながら中に入った。
中に入ると青年はすぐさま椅子に腰かけさせられた。
「すぐに作るので待っててくださいね」
アリシアはテキパキと食事の準備をする。
家は木造り。一階建てで、部屋数は三つ。一つはアリシアの部屋。一つは倉庫。一つは作業場だ。あとは風呂とトイレと、キッチンと併設しているこのダイニングだけだ。
「……魔女の家は、もっと毒々しいのを想像していた」
青年がポツリと漏らした言葉に、アリシアは料理の手を止めずに答えた。
「私は他の方々と少し違いますので。それより、私を魔女だと知っていたのですね」
「ああ。知っていて来た」
アリシアは即席で作ったスープとサラダ、パンをテーブルに置いた。
「簡単なものですが、どうぞ」
「……頂こう」
青年は余程腹を空かせていたのだろう。アリシアがパン二個なのに対して、十個を平らげ、スープも五回ほどお代わりしていた。
「ご馳走になった。ありがとう」
「どういたしまして」
満足した様子の青年に、アリシアは二コリと微笑んだ。ここは人があまり来ない。来ても、アリシアの力へのお願いで、人と食事をするのは久しぶりのことだった。
「やはり食事は誰かと取るほうがいいですね」
アリシアは食べ終わった食器を片付けながら、青年に言う。
「一人暮らしか?」
「ええ。魔女と暮らしたがる酔狂な方はいません」
アリシアが答えると青年は黙り込んだ。なので、アリシアは、食後の紅茶を差し出しながら、本題に入った。
「それで、本日は、こちらへどういったご用件でしょう?」
青年は自分を知っていた。ならば用があるということだ。
「……弟子に、なりに来た」
青年の回答に、アリシアは目を瞬いた。
「弟子、ですか?」
「そうだ。君の、祝福の魔女の弟子になりに来た」
青年は人違いではないというように、アリシアのことを祝福の魔女と呼んだ。
アリシアは困ってしまった。
「あの、私の力は、誰かに教えられるものではなくて……」
「知っている」
アリシアの『祝福』の力は、生まれ持ったものだ。誰かに教えて授けられるものではない。
「君が教えられることでいい。簡単な魔法や、薬草の調合の仕方。そういったものでいい」
「……私は、魔法は本当の初歩の初歩程度しか使えませんよ」
「知っている」
「私は『祝福』を与える以外は、大したことのない魔女です」
「わかっている」
アリシアはこんな自分に弟子入りするなど、信じられない。得る物はまるでないと伝えるが、青年の意思は固い。
「どうかここに置いてくれ。他に住む場所も、金もない。雑用ももちろんやろう。女の一人暮らしだ。用心棒も兼ねよう。剣には少々覚えがある」
青年の説得に、アリシアは折れた。
「……いいでしょう。私はアリシア。あなたは?」
「ヴィンセント」
――これが、祝福の魔女アリシアと、賢者ヴィンセントの出会いである。