01:祝福の魔女と賢者の物語
この国には誰もが知る物語がある。
『かつて祝福の魔女がいた。
魔女はある時、青年を弟子にした。
青年は自分の国を滅ぼした魔女を殺した。
そして魔女に不死の呪いをかけられた青年は、賢者と呼ばれ、今も塔で一人暮らしている』
絵本はそこで、終わっている。
「というのがこの国に、古くから伝わるお話よ」
読み聞かせてくれた母のその言葉も、今のアリシアには届かない。
うそだ。どうして。なんで。
アリシアの頭を支配しているのはそんな言葉のみ。
記憶より大分小さくなってしまった体を抱きしめて、震えてしまう己を制する。
いつもと様子の違う娘を訝しんで、母がアリシアの名を呼んだ。しかしアリシアは返事をせず、読み聞かせの終わった絵本を見つめたままだ。
「違う……」
「え?」
アリシアの出した小さな声は母の耳には届かなかった。
アリシアは震える体から手を離し、そろりそろりと絵本へ手を伸ばす。
絵本の表紙には、あくどい顔をした女と、聡明そうな青年が描かれている。物語の中の、魔女と賢者だろう。
アリシアは、その青年の絵にそっと手を這わせた。
――違う。
アリシアは絵本を抱きしめた。
――違う! 私は呪ってなんかいない!
なぜなら彼女は祝福の魔女だ。彼女ができるのは祝福だけ。
――私が願ったのは、あの人の幸せだけ!
アリシアは絵本を抱きしめて涙を流した。
アリシアが生を受けて五年。
祝福の魔女が死んでから、二百年余りが過ぎていた。