毒蛇の姦計1
迂闊に手を出せば噛みついてくる。
その日届いた一通の手紙に、マクシミリアン侯爵は飛び跳ねて喜んだ。
待ちにまったアルベルティーナからの手紙だったからだ。
謹慎を言い渡され酒と水煙草でずっと管を撒いてぐちぐちと恨み言を言い続けていた姿に反省など見られなかった。使用人たちはそう思いつつも、機嫌を損ねて当たられたくないので黙っていた。
不摂生により急激に太り、もとより見栄えの良くなかった外見は更に悪くなった。
顔はすっかりむくみ目の周りは落ちくぼんで目だけがぎょろぎょろして欲に血走って不気味だった。無精髭を剃るのすら忘れ、食べこぼしの屑とワイン染みのついたクラバットのままぼよんぼよんと肉を揺らして無様な踊りをしていた。
「やった! 事業の話が来たぞ! 漸くアルベルティーナ様も我々を認めてくださった!」
見たことのないような巨額が事業資金としてオーエンの手元に来ると有頂天になっていた。
あくまでアルベルティーナの物であるが、それをすっかり忘れている。
まだ見ぬ大金に完全に目が眩んでいた。
「ハハハ! これで見返すことができる! 茶会? 晩餐会? いや、いっそのこと連日連夜のパーティでも開くか?!」
それくらい余裕でできる資金だが、これはかなり大規模な事業資金――といっても、アルベルティーナにとってはそれほど大きな部類ではない事業のほんの一部だ。
しかし、没落気味のマクシミリアン侯爵家にしてみれば目の玉が飛び出るような額だ。
「人を集めねばな。その為には招待客に侮られぬように屋敷を改装して……
玄関にホーンブルの剥製でも飾るか? いっそドラゴンの方がいいか? だとしたら、相応しく玄関、いや、屋敷も立て直しの方がいいだろう。調度品は勿論、馬車も新しくした方がいいな。いっそ厩舎ごと取り換えるか。
私も当主に相応しい装いと使用人の数を揃えなくては――」
それは事業に必要な資金なのか。横領というのではないのだろうか。
従者の一人はそう思ったが、賢明にも口を噤んでいた。
癇癪持ちのオーエンに下手な事を言えば、文句だけではなく物も飛んでくる。
その後、会計士が紹介されたオーエンは必要な資金はそのものを通じて、進捗ともに報告するようにと言伝をされた。
オーエンはヴァンを嗜めていたときの態度はどこへいったのやら。凄まじい勢いで散財を始めた。
社交のための費用だといって王都の一等地に大きな敷地を屋敷ごと購入した。
毎日のように茶会だの夜会だのと開き、人を集めて盛大に散財した。
ローズブランドの最新の調度品に服に宝石を買い、それを全て事業資金の必要経費だといった。
夫が凄まじい勢いで散財初めて、ほぼ同時に侯爵夫人も散財を始めた。
新しいドレスを何着も日替わりで買い求め、半年分の生活費に当たるような宝石もポンポンと買い漁るようになった。
贅沢というのは際限がなく、調度品も凝りだしたら輸入品の高級絨毯だの骨董品や調度品、美容品だのも集めだした。
最初は少しずつだったが、だんだんとタガが外れたのか碌に事業の話もせずバカ騒ぎをするだけのパーティ三昧である。
金払いも良かったので使用人たちは何も言わなかったが、そのまま娼婦たちのいる夜の店にふらりと団体で出かけることもあった。
そして高級娼館を貸し切ってどんちゃんパーティをはじめ、二次会三次会とはしごする。
そのメンバーにはアルベルティーナに熱を上げていたヴァンもいた。なんでも、高級娼婦の中に気に入りができて通い詰めているそうだ。
金に物を言わせてゴリ押せば会えるため、アルベルティーナより簡単に面会できる。
だが、相変わらず粗暴な言動で暴力沙汰を起こしていくつもの娼館を出禁になっている。
今のお気に入りの娼婦の場所は、金払いさえよければ後ろ暗くても受け入れるような、だがかなり値の張る場所だ。
金をバラまいて得たモテ期。ヴァンは空前絶後に持て囃されて天狗になっている。
当然、こんな乱痴気騒ぎばかり起せば噂にならない方がおかしい。
だが、それでも彼らは止まらなかった。家長たるオーエンは、完全に自分の優位性に胡坐をかいていた。
(いくら強気に見せても、世間知らずの姫君ではあれが精一杯の抵抗だったのだろう。
使っても使っても金が尽きん! ハハハ、王太女サマサマだな! だが、殿下がヴァンと結婚すればもっと贅沢できる……! 大臣、いや、宰相になれるかもしれん! 戦場なんて野蛮な場所は私には似合わんからな!)
彼が酔ったのは酒か権力か。
その勝利の美酒だと思って飲み干した葡萄酒が、どんな毒を持っているか考えもしなかったのだ。
読んでいただいてありがとうございます。
シーンの切りの良いところで切るので、ちょっと短めが続くかも。
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