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会話

「結論から言えば、室蘭製鉄所の高炉に火がともる1909(明治42)年7月まで、北海道では鉄鉱石ないしは砂鉄から鉄を生産する、本格的でかつ「順調」な製鉄(製錬)は行われなかった。」笹田朋孝「北海道における鉄文化の考古学的研究」(北海道出版企画センター,2013/8/12) #鉄文化
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「北海道では続縄文文化から鉄器が出土しはじめるが、製鉄が行われたことを示すような製鉄炉などの遺構や製錬滓などの遺物は見つかっていない。」笹田朋孝「北海道における鉄文化の考古学的研究」15page(北海道出版企画センター,2013/8/12) #鉄文化
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「中世アイヌは鉄器を大量に入手するために、サハリンや千島との交易ルートを積極的に開拓し、北方の文物(毛皮類・ガラス玉)を入手するとともに、大量捕獲したサケや昆布などの海産物も本州への交易品に組み込んでいったと考えられる。」
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「換言すれば、北海道における鉄の技術とは鍛冶の技術である。その中でも鍛錬鍛冶工程が中心であった。そのため、高い鍛冶技術を必要とする鉄器(刀剣や鉄斧など)は、オホーツク文化・擦文文化・アイヌ文化では生産できなかった。」
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「本州以南の鍛冶との技術差は埋まることが無く、最終的にアイヌの鍛冶は和人の鍛冶によって駆逐されたと考えた。近世後半の和人の鍛冶の普及を考えれば、松前藩によりアイヌの鍛冶活動が禁止されたとする深沢百合子の「禁鉄」モデル(深澤1989)を敢えて設定する必要がないことを指摘した。」
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「また、東アジア史的な視点から北海道の鉄文化を位置づけるために、琉球の鉄の様相との比較を行った。北海道と琉球は製鉄・鋳造技術を持たない地域であったため、基本的には必要とする鉄・鉄器は外部から入手する必要があったという共通点がある。」
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「加えて興味深いことに、鉄器の普及の二つの画期(7世紀と12世紀以降)が北と南で共通しているが、これは偶然の一致ではなく、同じ要因から説明できることを指摘した。」
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「すなわち前者は律令国家の周縁地域に対する政策の変化が、後者は中国を中心とする東アジアの巨大な物流機構のもと、中世世界に汎列島的な商品経済圏が形成されるようになったことが、それぞれの地域に及んだことを意味している。」
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笹田先生のおっしゃりたいことは、北海道や沖縄など鉄を産出しない地域における鉄器の普及は広域な流通によるものだということですね。
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