2. 現在使われている意味での地質年代を「人新世(Anthropocene)」という用語を1980年代半ばに最初に使ったのは生態学者のユージン・ストローマーであり、ノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンではない(p.4)。調べればすぐわかることだが、2000年にクルッツェンとストローマーが共著論文で、その後2002年にクルッツエンが単著でNatureに載せた「Geology of Mankind」がきっかけで広く知られるようになったでのある。また、人新世はまだ正式には新たな地質年代とは認められていないが(2021年に正式決定の予定)、欧米では早い時期から厳密な地質学的な年代としての「人新世Anthropocene」という用語と、一方で主に人文社会科学の分野で人間の経済活動がもたらした地球環境危機の時代という漠然とした意味で「人新世」という言葉が広く使われるようになっており、当初からその混用がもたらす語義の拡大解釈や混乱に「ソーカル事件」を念頭に懸念を表明する研究者が多数いた。タイトルに「人新世」を謳いながらこうした基本的な事実誤認があるようでは、「マルクスが地球環境危機に有用である」という主張をノーベル化学賞受賞者の名前で権威付けして補強したいがためのアリバイ作り程度にしか、この著者も人新世を巡る議論を理解していないと思われてしまうのではないか。ちなみに日本においては、気候系の自然科学分野では「人新世」ではなく「人類世」という訳語が使われている。