悟によって軟禁から救い出され自由の身となった国王ランポッサ三世。国王の復帰は皆に喜ばれたわけではないが、評判の悪いバルブロが王になるよりは·····と、消極的な理由で民に歓迎された。
ランポッサが優れた治世を行っていたらまた違う反応だったのだろう。
ランポッサの復帰最初の大仕事は今回の乱に決着をつけることだった。
まず、一連の反乱の首謀者として認定されたのはボウロロープだ。
実際はバルブロが旗印であり、彼からの働きかけだったかもしれないが、バルブロの義理の父──古来より王族の縁戚が乱を起すことは多い──ということと、今回の反乱の主力である貴族派閥の長であることから、全ての責任をボウロローブに押し付けたのだろう。
「国を思ってしたことだ。悔いはない」
失敗した時からわかっていた結果だったのだろう。ボウロローブは、慌てふためく事も抗議をすることもなかった。
あるいは事ここに至っても、ランポッサとしては息子を反逆者と認めたくなかったのかもしれない。
首謀者ボウロロープは王都中を縛られて引き回され、さらに十日間もの間城門に肌着一枚で縛りつけらられて晒し者にされた挙句に、彼の嫌う平民がたくさん見ている前で、公開処刑された。
なお、ボウロロープ一族の男子は連座して同じく処刑されることになる。一族の女子供は命は救われたが、私財没収の上王都から追放処分とされた。
これは甘い処分にも見えるが、実はかなり辛辣である。頼る土地も家もなく、無一文で着の身着のまま追放された女子供の運命など悲惨なものになるだろう。もしかすると、一緒に逝った方が楽だったかもしれない。
「父上も思い切ったものだな·····」
ザナックは俯いた。
「·····たぶん、これまでご自身が決断出来なかった事を悔いているのよ」
ラナーは、ランポッサの後悔を感じ取り悲しげな顔を見せたが、すぐに切り替える。
「これからを考えないと·····ね、悟」
ラナーの言葉に悟は黙って頷いた。
また、バルブロ·····いやボウロローブに共闘した貴族達のうち、有力貴族は皆同様に、そうでない家の当主は斬首か、私財没収の上追放された。
これも恐らく何人もの元貴族がその後死亡しただろうが、彼らのその後は誰にも知られてはいない。
さて、元第一王子のバルブロだが、首謀者をボウロローブとしただけに公には騙されて神輿として担がれただけという判断にされている。
苦しいところだが、最後の温情だろうか。
彼は王族の資格を剥奪され、百叩きの上で、そのまま追放された。さすがに無一文とはいかずそれなりの財をもたせている。
「ふん、いつか見ていろ」
これがバルブロ最後の言葉だった。
なお、公式には、病気療養のため地方にて静養とされているが、その後の消息はわかっておらず、歴史上その名を見ることはない。
そしてランポッサはこれまで先延ばしにしてきた後継者問題にケリをつける。
一連の騒動から一年後·····王位を第二王子あらため第一王子となったザナックではなく、娘婿のナザリック候こと悟に禅譲し隠居する事になった。
「救国の英雄だからな。ナザリック候がいなければ、どうなっていたことか。·····ああ、俺も認めるさ。お前ならよい国を作れるだろうさ。·····この国を頼む·····いや、よろしくお願いいたします、王よ」
ザナックはそう行って臣下の礼をとった。以後ザナックは内務大臣として、新生リ・エスティーゼ王国の発展に尽くす事となるが、国が良くなるとともに増え続ける仕事量に比例して体重も増加していくことになる。
「食わないとやってられん!」
その食欲は美しい妻を娶るまで続いたという。
そして·····王になった悟は、隣国である帝国とあらためて同盟を結び、盟友ジルクニフとともに人間国家の統一を目指すことにした。周囲にある異種族国家に負けない強い国を作る事を目的としている。
「サトル、理想の国を作りましょう」
「ラナー、俺には君が必要だ。共に理想の国をつくろう」
「はい」
悟とラナーが手に入れたのは疲弊した王国である。豊かな土地はあるが、ただそれだけだ。
「困難がともなうだろうが、君と二人でなら·····きっとやれる」
「立派な国にしましょう。でも、サトル·····」
「なんだいラナー?」
二人は見つめ合う。
「私との時間も大切にしてね」
「も、もちろんだよ。義父上との約束もあるしね」
前王であるランポッサが、娘婿である悟に王位を禅譲したその時、一つだけ条件をつけられた。それは、悟とラナーの子に王位を継がせるというものだ。そうすれば王家の血は受け継がれる。
「生まれてもいないのに気の早い話ですけど、私·····頑張ります」
ラナーは顔を赤らめ俯いた。
(やっべ。やっぱり可愛いなぁ·····)
悟の欲望が擽られ、悟はラナーを優しく抱きしめ情熱的に唇を重ねる。
「あれ、まだ日が高いですわ」
ラナーは抗議の声を上げるが、その声は喜びに満ちていた。
◇◆◆◇
そして、それから五年·····新王都エ・ランテルは、お祝いムードに包まれていた。
そう、王妃ラナーが、産気づいたのだ。
民達は喜び、賭けに熱が入る。男なら待望の跡取りであり、善政により民からの信頼厚い悟の後継者が定まる。一代限りではなく、継続する事を望まれているのだ。
王妃ラナーに子がないことから、あちらこちらから側室話が持ち込まれその度に不機嫌になるラナー。その度にあわあわしながら妻に愛を囁く王の姿がお約束のように見られたという。
ちなみに、男なら待望の跡取りと記したが、女の子の場合でも、女王となる予定でありどちらでも大丈夫ではある。
民の間では、男女どちらかを予想する賭けが行われており、やや女の子が優勢だった。ラナーの美貌を受け継ぐ王国の華となることを期待されているのだろうか。
ウロウロ·····ウロウロ·····ウロウロウロウロ·····ウロウロ·····ウロ。
玉座の間を悟は落ち着きなくウロウロと歩き回っていた。主が腰を据えるべき玉座は、その主を暇そうに見つめているように見える。
竜王国、聖王国を平和的に属国化し、帝国とは対等な同盟国でありながら盟主と見られている大国の王であるが、とてもそうは見えない。
「落ち着きなさい。こういう時男は何も出来ないのだ。どっしり構えて待っておればよい」
窘めるようにアドバイスをしたのは何人もの子を持つ父親であった前王ランポッサだ。もっとも彼も立派なセリフの割に膝が忙しなく上下し、肘掛に置いた指先はカツカツという音を絶えず鳴らしている。
なんのことは無いランポッサも可愛い末娘の出産に緊張しているやら心配しているやらである。
「は、はあ·····」
悟もそれには気づき少しだけ冷静になることが出来た。
「待つのは苦手ですね·····」
ユグドラシルで、敵対プレイヤーを嵌めるためにならいくらでもワクワクしながら待てたのだが、最愛の妻の出産となるとどうにも落ち着かない。
「しかし、待つしかないのでな·····」
「ですよね·····」
結局一瞬玉座に腰を下ろしたものの、数分も持たずにまた立ち上がりウロウロし始めた。
そんな時、赤子の鳴き声が響き渡った。
「すわ!」
「産まれたか!」
悟とランポッサは同時に立ち上がると顔を見合わせて苦笑する。中年のふくよかな侍女が居室へと繋がる階段を駆け下りてくる。
「陛下、無事にお産まれになりました! 」
「おお、そうか! で、どっちだ?」
悟は早口で尋ねる。
「両方でございます、陛下」
「双子か!」
嬉しさは倍増だ。悟は大慌てで階段をかけ上がり、愛しい妻の元へと向かう。
「陛下おめでとうございます!」
警備兵からの祝いの言葉に鷹揚に頷きつつ、急ぐ。
「あ、サトル·····私頑張ったよ·····卵のような男の子と、天使のような女の子·····私とサトルの·····子」
「ラナーありがとう。まさか双子とは··········ん? 今卵のような男の子って言った? たまのようなじゃなくて??」
悟はラナーを労いつつ、気になったことを尋ねる。
「そうですよ、卵のような·····ピンク色でツルリとしていて、まだ一本も毛が生えてなくてあとは黒い·····目が開いてますわね」
ラナーの言葉を反芻しながら、悟の脳裏に懐かしある存在が思い浮かぶ。
(まさか·····まさか·····まさか、まさかまさかー! アイツじゃないよな、アイツじゃ·····)
悟の背中を滝のような汗が流れる。
「ふふっ。サトルが以前話してくれた軍服が似合うかもしれませんネ·····」
卵に軍服。もう確定的だった。
悟は見たくないと思いながらも、近づいて赤子をみた。
「やあ、父上お久しぶりです」
赤子がいきなり喋ったかと思えば敬礼まで決めてみせた。
「ぱ、パンドラ〜!!」
悟の心からの絶叫が、王城に響き渡った。
~ 終 ~
?
これにて、サトラナのお話は一旦終わりとなります。
第一作以来のお気に入り1000越えありがとうございました。
返せてませんが、感想ありがとうございました。