前回記事でもお伝えしました話題の著書『これからの男の子たちへ「男らしさ」から自由になるためのレッスン』。男の子に日常的にかけられる「男らしさ」の呪いや、性教育のみならず、セクハラや性暴力をどう伝えるか。そして、ますます加速するジェンダー平等時代に、これからどう生きていけば…。男の子を持つ親なら、一度はよぎる疑問に対して、著者・太田啓子さんも二人の男児を育てる母親として、真正面から向き合っていました。とにかく、日常に潜むジェンダーギャップを、決して見逃さない。その問題提起する姿が、同じ男の子を育てる母として大切な視点だと思い、直接お話を伺ってまいりました。
まさに世の母たちが求めていた、ジェンダー×子育てのテーマ
__ウェビナー参加させていただきました。参加者の皆さんの熱量が高かったですね!
太田啓子さん(以下、敬称略):「友人に勧めたい」「夫や彼にも読ませたい」という嬉しい声や、すごく熱い感想もたくさん頂きました。老若男女問わず、幅広い層に読んでもらっています。ありがたいことに韓国語への翻訳も決まりました。読者間で感想交換とか絶対にもりあがると思うので、書店でのリアルイベントなどもやりたいのですが、この状況なので……。
__今まで、女性たちがどれだけ違和感を抑え込んでいたか…と言うことの表れですよね。
太田:そうなのです。頂いた声の中でも「ずっと、モヤモヤしていたことが、言語化されてスッキリしました」というのが非常に多かったです。「自分はこういうことに怒っていたんだ!」と気づいたのでしょう。私自身がそうでしたから。
__2年前に「男の子を育てる中でジェンダーに関する本が欲しい、なんなら自分で書く!」とSNSに投稿され、そこからのご縁で出版に至ったと聞きました。その時期に、何かあったのでしょうか?
太田:長男が小さい頃から「我が子が性差別的な価値観に染まらないように子育てをしなくては」と思っていましたので、折に触れてはジェンダーのことも話題にしていました。2016年に大学生の集団性犯罪の事件が立て続けに報道され、「ふつう」の男の子が、性暴力加害者になってしまうことの怖さ、問題点を真剣に考えるようになりました。この頃から「話を聞いてみたい方と対談して、どこかのメディアで記事にできないかな…」と漠然と考えていて。まさか、その時は自分が書くとは思っていませんでしたけど!
__男の子を持つ親として、そこの責任をすごく感じます。
太田:ある小さい男の子を持つお母さんから「これまでも『なんとなく怖いなぁ』とは漠然と思っていましたが、本を読んで『もう逃げられない!』と腹をくくりました」と感想をくださって。こういう親御さんが増えてくることが嬉しいし、10〜20年後が楽しみです。
__東京医大の不正問題とか、me tooとか、ジェンダーギャップが121位と言う現実も知った上で、「じゃぁ男の子の子育て、どうすれば?」となったのでしょうね。
太田:そうですね。結構前から、編集者さんとはずっと企画の話はしていたのですが、2019年に「単著でいけるんじゃないですか? 」と。しかしこの年、「DAYS JAPAN」の元編集長のセクハラ・パワハラ事件で検証委員をしていたので時間が作れず、断片的にしか書き出せていませんでした。今年に入って一気に書こうとした矢先に、コロナが始まって…。一斉休校で子どもたちにPCを奪われてしまう中、もう、死ぬ思いで書きました(苦笑)。
離婚事案を通して感じる、妻の話を聞き入れられない夫
__弁護士というお仕事も大きく影響しているとのことですが。
太田:離婚問題を抱える多くの夫婦を見てきた中で、妻が何を言っても聞き入れられない夫は多いです。その男性にとって「女性の意見を受け入れること=敗北」みたいに図式になるのでしょう。裁判の中でも「妻がこんな風に思っているなんて初めて気付いた」とか。ひどい場合にはなんの根拠もないのに「妻が言っていることは、全て妄想である」「妻には別の男がいる」など言い出すことも。妻の話なんて、全く聞いてないのですよ。
__でも、その男を育てたのは女なんですよね…、そこが辛い。
太田:大人だから、どんな有害なものを親から教え込まれていても、自分を教育し直すことはできますが、「あの親御さんから『男だろう!』と育てられた人だからなあ…」というのは実際、ありますよね。やはり、私たちの親世代はモーレツサラリーマン×甲斐甲斐しい専業主婦という社会構造でしたから。いい学校行って、いい会社入って、それが幸せにつながると信じてやってきたので。
__そんな時代はとうの昔に過ぎ去っているのに、まだ諦めきれないのでしょうか。
太田:体感にすぎませんが、少しずつ変わってきていると思います。地域性もあるとは思いますが、男性の家事・育児分担も増えていますし、これが会社や上司と戦って「育休勝ち取る!」までいけばもっと違うのでしょうけど、これからでしょうね。
まずは大人がジェンダーギャップに気づき、とにかくスルーしないこと
__性差について違和感を感じる部分も、人によって様々だと思います。ただ、そこから逃げないことが大事だと思いました。日常の中で「あれ?」っと思ったことをスルーしないで、子どもたちにも伝えていく、その積み重ねが大事ですね。とはいえ、大変だな…と。
太田:そうなんです。常に、アンテナを張っていないといけないですから、疲れますし、面倒ですよ。子どもたちも毎回、普通にアニメやドラマ見ている中で、いちいち止められて「今、こういう風なセリフがあったじゃん」と始めますから。でも、この作業を前の世代がしてこなかったから、ここでアンインストールしておかないと。
__全てのコンテンツをなくす訳には、いかないですからね。一つ一つ、事象と細かく向き合う必要があるので大変です。夫婦間でも、正直、すり合わせできていないです…。
太田:身近な男性や家族とジェンダーの話をすると「身構えられてしまう」という声はよく聞きます。女性はその温度差を感じてしまうことで、また苦しさが生まれてしまいますよね。結婚した人がここまでわかってくれないのか、と。
__夫婦間でギャップがあったら…そこから軌道修正するのは大変な作業ですね。
太田:いくらお母さんがジェンダーバイヤスフリーで育てたいと思っていても、夫が横で「男だろ!泣くな!」って怒鳴る話は、よく聞きます(苦笑)。そのことを夫に指摘すると「お前は男の世界をわかってないだろ」「男はこうでないと嫌な思いをするんだ!」となった時に…平行線ですよね。その男性は「良かれ」と思って言っているので。
男の子=〇〇。自分の中での”ねじれ”に気づく時も
__正直なところ、私自身にもねじれがあって、息子がいつまでもメソメソ泣いていると、イラッとしてしまう瞬間があります。頭では理解できているけど、身体に染みついている思考とのねじれが共存しています。自分との戦いでもあるなぁ、と。
太田:私もかなり気をつけていますが、皆無ではありませんよ。例えば、こうした取材とかでも息子のエピソードを面白おかしくイジって話してしまう時があります。よく考えると「娘だったら笑いのネタにはしないな」と…。息子だから「少しはデリカシーのない扱いをしても大丈夫だろう」とどこかで思っている自分がいました。デリカシーない扱いをされてきた人が、デリカシーある対応を他の人にできませんよね。
__そういう時は、どうお子さんにフォローされていますか?
太田:間違った時は、素直に謝ります。「お母さん、こういうことで言っちゃったけど、やっぱり悪かったかなって思う。謝ります、ごめんね」って。悪かったと思う理由も説明します。
__本の中にもありましたが「男子ってバカだよね」問題。可愛さを含めて、ついつい言っていますね…。女の子もそうなのかもしれないけど。
太田:生まれつきの傾向かもしれないし、子どもだから皆あるのかもしれない。でも、社会がより男の子の言動を、後天的に許している背景もあると思います。原因がどうであれ、目の前でバカな事をしている子どもがいたら、性別関係なく同じように注意しなければならないですよ。「男の子はこんなもんよー」って、親が流していたらダメだと思いますよ。
家庭での性教育は、ナチュラルに話せる小学生までの間に
__性教育については、家庭ではどうされていますか? 先輩ママに聞くと「思春期なるまでに話しておくべきだったって!」と言う声が多くて。
太田:お兄ちゃんは性教育用に作られたマンガなどを、熱心に読んでいるので「性感染症ってなに?」「射精って?マスターベーションってなに?」って日常的に聞いてきます。聞かれた時は、こちらも理科の授業のように教えて。小学生のうちはまだナチュラルに話せる時期なので、早めに正しい情報を教えておく方がいいですよね。
__うちの子どもたちの小学校も、性教育は早くから取り組んでいるので話も早くて、ありがたいです。それでも、家でも聞かれるとドキッとしますが(苦笑)。
太田:条件反射で「ハッ」とするのをまず抑えることが大事ですよね。こう言うのは、心構えがないと焦りますから。まずは、怯まないことですね。
__本やマンガ以外に何か良い方法ありますか?男子特有のことは、説明できるほど自分も詳しくないので…。
太田:親が厳選したYou Tubeを一緒に見るのもいいと思います。中学生になると親と過ごす時間もなくなるので、小学生のうちに少しずつ一緒に学ぶ。
__性教育のYouTuberさんいますからね!一緒に勉強するのがいいですね!
親子でリテラシーを育てつつ、メディアとも上手に付き合っていく
__先ほども話に出ましたが、子どもが好きなアニメやメディアの中でスルーできない内容の時、どう説明していますか?
太田:作品の全ては否定しません。リテラシー次第ですから、「この場面はこういう理由でお母さん、気になるんだ」とその都度、伝えています。気をつけるのは、険しい顔で言うると子どもは萎縮しちゃうので優しく「あなたに怒っているんじゃなくて、制作した大人に怒っているんだよ」と。
__最近、何か気になるシーンはありましたか?
太田:息子たちが「鬼滅の刃」好きなんですね。大正時代という設定だからということなのでしょうが、「俺は長男だから」ってセリフがよく出てきますよね。そこは時代背景を説明しています。「長男だからってほかのきょうだいより偉いとか、やらなくちゃいけないことが多いとかそういうことはないから」って話しました。
それよりも、善逸(ゼンイツ)の動きが気になります。コミカル役回りで女の子が好きで、いきなり結婚を申し込むとか、女の子が嫌がっているのに追いすがる姿をコミカルな様として描かれてるんですよ。そこは「お母さん、これ全然面白くないと思う。女の子、いやだって言っているよね。女の子が嫌がるようなことしてるのを笑わせる様子として描くっていうのは、お母さんは何が面白いんだかわからない」と淡々と。
__確かに…、気になりますね! いかに、スルーしないかが大事ですね。お子さんたちの反応は?
太田:次男はひょうきんで、いつもなら変顔したりしてごまかして逃げたがるのですが、この種の話をしている時は神妙な顔で聞いています。「ママが真剣になるテーマ」「ふざけてはいけないテーマ」と言うことくらいは伝わっているのでしょうね。その子なりのペースでゆっくりでもいいから理解できればと思います。お兄ちゃんはもう、自分の言葉で言えるぐらいに理解しています。
__本当に、日々の積み重ねが大事ですね。子どもから取り上げるのも違うし、作品を否定することは簡単ですからね。でもそれだと、本質的なところは伝わらない。
太田:どう付き合っていくか、だと思います。子どもと一緒にリテラシーを育てつつ、大人も同時にアップデートして。ネットの世界はいくらフィルタリングしても限界があるし、アダルトコンテンツだって、自分の家庭以外で目にしてしまうことだって、これからあると思います。今はまだママ!ママ!ってくっついてくる年齢なので、この貴重な時期に、大事な根幹の部分は伝えておきたいですね。根本さえ間違っていなければ、あとは子どもを信じて…!
__そうですね…!今日は貴重なお話をありがとうございました。
一瞬、「あれ?これってどうなんだろ?」と思った違和感も、日常の中だとそのままスルーしがち。そんなジェンダーギャップを、とにかく面倒がらないで一つ一つ丁寧に子どもに伝えていく。とにかく、この積み重ねしかないのですね。この作業を怠ると、次世代も日本は変わっていかないでしょうし、世界からもどんどん引き離されてしまうでしょう。ジェンダーギャップ121位を他人事として嘆くのではなく、今まで声をあげないできた大人が認識して、次世代と一緒に学びながらアップデートしていくことが何よりも大事だと感じました。非常に考えさせられる本ですので、ぜひ、男の子の親だけでなく、全ての大人に読んでいただきたい本です。
また11月7日発売の12月号LEE本誌でも「『自分を守る』性教育の伝え方」企画で太田啓子さんにお話を伺っています。こちらもぜひお楽しみに!
撮影/山崎友美