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【短編完結】ざまぁされた元トップカーストは陰キャとして目立たずに生きたいだけ

作者:矢桜鏡月歌

 「狩村(かりむら)くんがやりました、僕達を脅していじめに無理やり加担させたんです」


 中一の夏休み開けてすぐのこと。

 クラス内で起こったひ弱な男子をいじめの問題で俺たちのグループが呼び出しを受けた時、グループのリーダーである伊藤は、俺こと狩村拓海に全ての責任を押し付けた。

 口裏を合わせていたのかいじめる時から押し付けるつもりだったのか、グループの女子もそれに乗っかり同じ証言をした。

 いや、そもそも俺はこのトップカーストにお情けで入れられていた時から道化役だったからこうなる運命だったのかもしれない。



 翌日には、その事がクラス内に広まり影で暴言を吐かれ、新たないじめの標的になったけれど俺には心の支えがいたから苦ではならないはずだった。

 幼馴染の清水りかだ。

 彼女は中学生で1番の美少女と呼ばれた黒髪ロングの清楚系の少女だ。

 りかとは家が近所で、家族ぐるみの付き合いがあったから1番の理解者だと思っていたからこの噂も説明さえすれば今まで通りではなくても関係は続くと思っていた。

 しかし、現実は優しくなかった。

 誤解を解こうと彼女の家に行くと、インターフォン越しにいじめの主犯とは関わりたくない、二度と顔を見せないでと拒絶されしまった。

 どうやらうちのクラスにいた女子が噂と嘘の証拠を広めていたらしい。

 この分だと、りかの妹のあいりを通じて話したとしても意味はなさそうだった。

 唯一の心の支えを失った俺は引きこもりたかったけれど、両親はそれを許してはくれずひたすら耐えるしかなかった。

 教科書を隠され破かれ1人だけノートを集めて貰えなかったりといった嫌がらせのおかけで俺の成績は急落。

 誰も知らない高校に行く選択肢も絶たれて、地元の高校に入るしかなかった。

 親は世間体を気にして高校に行くかうちの子を辞めるかの2択を迫られては選べる方はひとつしかない。


 高校に入った俺は徹底的に、目立たず陰キャとして生きることを選んだ。

 分不相応にもトップカーストに入ろうなんて夢見た結果がいじめの主犯として断罪だったわけだ、欲をかくとろくなことがないという良い経験になった。


 入学式の自己紹介から無難につまらなくやり過ごした。

 遅刻ギリギリで登校して放課後は速攻帰宅する。そんなルーティーンをこなす毎日。

 部活にも委員会にも入らず友達も作らない。

 裏切られるぐらいなら友達も幼馴染も最初からいらないと思うぐらいには俺の心は荒んでいた。

 両親からは部活やらんのかとか友達は出来たかとか聞かれ段々と家にも居心地の悪さを感じていった。


 そんなわけで家にもあまり居たくないと思った俺は、放課後に街を徘徊するようになる。

 もちろんバイトをしてない俺はゲーセンやカラオケといった金を使うような事は頻繁できずに、ひたすらにウインドウショッピング。

 でもそれを毎日していると、顔を覚えられ店員が露骨に張り付くようになり居心地が悪くなり、行ける場所がどんどん減っていった。

 そんな俺が見つけたのが、小さな本屋だ。

 おじいさんが1人でやっているらしく、何時間立ち読みしていても怒られなくて、雑誌や文庫本をよく立ち読みしていた。

 毎日長時間立ち読みしていてもあまり人が来ないが代わりに宅配便の業者がよくやってくる。

 この辺の地域は新作の本は遅れて届けられるらしく、来るのは基本俺が立ち読みを始めるころだった。



 その日も立ち読みしていると、店先に猫のマークをつけた宅配業者が荷物を持って来た。


 「おじいちゃーん!」


 顔なじみなのか店先から大声でおじいさんを呼ぶ配達員。

 するとおじいさんが嬉しそうに曲がった腰でヨタヨタと歩き荷物を受け取る。


 「ハンコここね。はいありがとうございますっと。今日の特に重いから気をつけて。手離しますよ?」

 「あーい」


 このおじいさんなはいをあいと呼ぶ不思議な人で俺は密かにあーいジジイと呼んでいる。


 無事に荷物を受け取ったのを確認するとあーいジジイから雑誌に顔を戻す。

 これはいつものことで特に話しかけられたりしない。


 あーいジジイは漫画が大好きならしく、自分で奥まで運びダンボールを開けるのが楽しみのようだ。

 心の声がダダ漏れで荷物が来る度にウキウキで開封から品出しまで行なっているをよく目にしてた。

 特に漫画が届けられた時のテンションは高い。


 しかし、今日の荷物はいつもの倍程のサイズがあった。

 妙な不安感を抱き雑誌を見る振りをして、あーいジジイをチラ見していると案の定店の段差につまづきバランスを崩した。


 ドン。


 「うっ。………………!?」


 鈍い音が店内に響く。

 あーいジジイは転んだ。


 俺は慌てて雑誌を戻すとあーいジジイの近くまで駆け寄る。


 「大丈夫か? じいさん。おい」


 「うっ。……ダンボール。品出し」


 「そんなの後でいいだろ。どこか痛いのか? 救急車呼ぶか?」


 問いかけに無言で首を横に振りダンボールにほふく前進しようとするあーいジジイ。

 立ち上がらないことを考えるとどこか痛めたのは確実だ。

 最悪頭を打っているかもしれない。


 いじめの主犯にされた時に担任から厳しい取り調べをされられた時のことが脳裏をよぎる。

 もし殴って頭を怪我させたら死んでいたかもしれないのよ。

 あなたは人を殺そうとしたのと変わりないことをしたのにまだ認めようとしないの?

 どれも主犯にされた俺が事情聴取という名の自白強要の最中に浴びせられた言葉だ。


 お節介だとわかっていても俺は救急に電話をかけた。

 目の前で人に死なれるのも寝覚めが悪いし、何よりこの本屋がなければ居心地の悪い家に長くいなければならない。

 それを避けたかった。



 病院に運ばれたあーいジジイの診断の結果は脚の骨と腰の骨そして肋骨の骨折だった。

 転んだだけで折れすぎだろとおもうけど、年寄りになるとコケるどころかくしゃみ1つで骨折するものらしい。

 そんなわけであーいジジイは入院。

 しばらくは絶対安静。

 全治3ヶ月以上との事。


 「ううっ本屋。ううん」


 しかし当の本人はこの有様でひたすらに本屋のことを気にしている。

 あーいジジイの家族は入院の手続きのために1度娘が来たもののその顔はすごく嫌そうだった。

 あまり関係が良好とは言えないのだろう。


 「なぁじいさん。アンタが治るまででいいなら俺があの店でバイトしようか? 学校終わってからなら閉店までやれるぞ? いつも見てたし」


 そんなひとりぼっちのあーいジジイに自分を重ねた訳じゃなくて、単純に家に居なくてもいい理由のためにそんな提案をした。

 閉店業務なんて知らないけどバイトなら遅くなっても怒られないだろうそんな打算にまみれた行動だ。


 「採用。明日履歴書もってこい」


 あーいジジイは肝が太いのか、あっさり俺の提案を受け翌日から俺は小さな本屋でバイトすることになった。

 一応業務内容は紙に書き出してもらい最初の1週間はそれを見ながら業務をした。

 業務なんて大袈裟に言ってみたものの、基本には掃除と1週間に1回あるかないかのレジのみ。

 客もほとんど来ない。むしろ店の電気に群がる虫のがよっぽど多い。


 1ヶ月もすれば業務は完璧にこなせるようになってバイトが楽しみになっていった。

 ほぼ何もしてないに等しいのにバイト代が貰えたし。

 定期的に売上を報告しにいったときに帳簿に人件費と書き加えて8万円程マイナスにしてお前の給料と言われた時はなんもと言えない感動を覚えた。


 3ヶ月もするとあーいジジイが退院して2人で店を回すようになった。

 医者曰く驚異的な回復力との事。

 と言ってもあーいジジイは歩くのに杖が必要になってしまい、荷物を受け取るのと掃除といった体を動かす雑用は俺の仕事になり、あーいジジイがやるのはレジのみ。


 「どうせならレジも俺に任せてくれればいいのに」


 「お前は表情が暗すぎるからレジにいるだけで客が逃げる」


 こんなやり取りが俺とあーいジジイの中のお決まりの流れとなった。

 あーいジジイは表情が暗いとからかうものの、何があったか聞かないでくれたのでとても楽だったおかけであーいジジイが退院した後もバイトを続けたというのもあるが。


 たけど楽しい日々ってのは続かないのがお約束。

 親以外には言っていなかったのにあいつがやってきたのだ。

 清水りかが。

 彼女はこう言ってはなんだがこの本屋には相応しくない感じがした。

 高校生になってますます美人になりオシャレになっているみたいだった。

 艶やか髪も長さも大きな瞳も昔と変わっていないのに受ける印象は多く違う。

 高校の制服を来ているからか纏う雰囲気なのかはたまた精神的に成熟してきたのか。

 きっとその全てなのだろう。


 彼女は何か探しものでもあるのか仕切りにキョロキョロとしていた。

 レジの奥を覗き込んだり怪しさ満点だ。

 俺は別にやましいことはないけど、彼女とは顔を合わせたくなかったので、レジ奥の在庫置き場であーいジジイに背中を向け店を影から覗きながら黙っていた。

 見るだけで胸が苦しいし、冷や汗が出そうだ。

 ぶっちゃけ彼女を見るだけでトラウマが刺激される気がする。

 冷たい声音が耳の奥からよみがえる。


 二度と顔を見せないで欲しい。

 顔を見たくない。


 ループする。冷や汗が吹き出る。

 怖い。


 過呼吸になりかけた俺の背中に物理的な痛みが駆け抜ける。


 「おい、行ってこい」


 振り返るとあーいジジイの杖が背中に添えられている。

 俺は首を僅かに横に振った。

 彼女に対して恐怖心を抱いているから。


 「仕事だ。やれ」


 あーいジジイは俺と彼女の間に何かを感じたのか俺にレジをやらせようとしてくる。

 3秒見つめあって折れないと察した俺は渋々レジの前に立つ。


 人の気配に気づいたのか彼女はすぐに俺の方を向いた。

 そこまで来てようやく来ている制服が俺の学校と同じものだと言うことに気がついた。

 同じ学校だったのか。

 教室から一切でなければ意外と顔を合わせることがないようで今まで気づかなかった。

 登下校の時間も被ってなかったのも大きい。


 「あっ」


 僅かに漏れた声はおそらく探し物が見つかったからだろう。

 彼女は昔から何もかも表情に出るタイプの子だったから。

 その予測は間違っていなかったようで俺を見つけると本も持たずにこちらに向かってきた。

 彼女が近づいてくる度に心臓が激しく動き出す。

 あの拒絶以来約2年と半年、俺と彼女は1度も話したことがない。

 俺は信じて貰えなかったことを裏切られたと感じ関わることを諦め、向こうは俺を拒絶したのだから当然といえば当然なのだが。


 「……いらっしゃいま、せ。何か御用でしょうか」


 レジの前に来た本を持ってないお客さんに対応する第一声はこれ以外ない。

 多少ぎこちなさがあるかもしれないが、久しぶりの接客だからだ。

 あーいジジイは仕事と言った。

 ならやることは1つ接客のみ。

 感情を排除して機械的に業務こなす。

 トラウマも幼馴染も気にするな。

 目の前にいるのはただの客。

 脳内で繰り返し繰り返し唱える。

 そうしなければ無視したくなるから。

 でなければ文句を言いたくなるから。


 「その、あなたのお母さんに頼まれて仕事振りを見に来た……じゃなくてあっ、いや違わないけどでもそれだけじゃなくて、かっ。あっ、話がしたいの。今さらかもしれないけど自分が間違ってるって思ったからちゃんと話をしたくて」


 その瞬間蓋をしていたものがグツグツの煮えたぎって身体を駆け巡るのがわかる。

 多分俺は今ものすごく怒っているんだ。

 でもどこか冷静に対応出来ている。

 今の俺はこの本屋の店員だからマニュアル以外のことは考えなくていいと理性が押さえ付けているんだ。


 「用がないのでしたらお帰りください」


 酷く冷たい声だ。

 一瞬自分から出たとは思えなかったぐらいだ。

 でもその一言だけですんでよかった。

 今更何を話し合うつもりなのかは分からないけど、1度でも拒絶された以上話し合いで誤解が解けたとしてもまた同じようなことがあれば同じように拒絶するに違いない。 

 この女はそういうやつだと俺は理解した。

 俺は二度と同じ思いはしたくないのだ。

 俺の平穏は脅かして欲しくないのだ。

 次にトラブルを起こせば今度こそ俺は本当に家での居場所を失ってしまう。

 それだけは避けたい。


 「用事はあるの。話を聞いて」

 「お帰りください」

 「じゃあここで話すわ」

 「他のお客様のご迷惑です。出ていってください」

 「それならバイト終わりに近くの公園にきて!」

 「……お帰りください」

 「待ってるから」


 俺は徹底的に彼女との対話を拒否した。

 バイト終わりも公園に行くつもりはない。

 10分程の問答があって警察呼びますよと脅したところで渋々彼女は帰って店から出た。

 彼女を追い出すと何故か心がちょっとだけ軽くなった気がした。


 静かになったところであーいジジイが杖付きながら店の奥から出てきて怒った表情で俺を睨んだ。


 「おい、なんだ今のは?」

 「さぁ? よく分かりません」

 「今日はもう上がっていいから早く行ってやれ」

 「いや、「いいからいけ」」


 あーいジジイに俺も店を追い出されてしまったが当然俺はまっすぐ家に帰った。

 今更俺から話すことはない。

 伝えたいことは2年前にインターフォン越しに伝えているから。


 翌日の学校は妙にソワソワした空気が蔓延していた。

 普段見られるこなんてないのにチクチク視線が突き刺さる。

 それもあまりいい視線じゃない。

 興味本位みたいな居心地の悪いやつだ。

 小学校の頃幼馴染と一緒に登校していた時と同じタイプの視線だからよくわかる。

 少し聞き耳をたてて見ればすぐに答えはわかって。

 俺と清水りかが幼馴染である。

 そんな噂が流れたのだ。

 今更そんなことをしてなんのつもりだろうか?

 そうすれば俺が意図を聞くために接触すると思ったのだろうか?

 そんなことはどうでもいい。

 今日もいつも通り波風たてないように目立たず過ごす。


 普段から話しかけられないだけあってどんだけ噂が広がったところで俺に話しかける人はおらず、噂は勝手に嘘の方向でまとまったりそもそも狩村って誰って話になって狩村君大喜利を始めたり、噂は娯楽として処理されつつある。

 その事に安心すると今日も元気にバイトに行く。


 本屋のレジに鎮座するあーいジジイはものすごく不機嫌そうに見えた。

 普段は俺を見るなり顔が暗いといじるが今日は顔をチラ見するとわざとらしく新聞を読み始めた。


 カバンを荷物置き場に置くとレジにいるあーいジジイの横にある本用のはたきを取り早速本棚の掃除に取り掛かろうとした。


 「昨日はあれからどうなったんだ?」


 背中越しにあーいジジイの声がした。

 俺は顔を向けることなく歩き脚立を出して登るとはたきをパタパタし始める。


 「どうも何もまっすぐ家に帰りましたよ」

 「わしは行ってやれといったが?」

 「俺には行く義理がないから」

 「暗い表情からなんかあると思っても見過ごしておいたが、そろそろ聞かねばなるまい。バイトを早上がりさせてやったのに指示に背いたんだ。話す義務はないとは言わせんぞ」


 あーいジジイ。意外と策士だ。

 バイトを早上がりさせたのはあーいジジイの都合だが、清水りかのところに行くのが仕事だと言われればそれを背いた事になる。

 背いた以上説明責任が雇われている側にはある。

 一応筋は通っていると言えなくもない。

 もしかしたら間違っているのかもしれないが、少なくとも俺には反論が見当たらない。


 俺はなくなく中学時代の一件を掻い摘んで説明した。

 いじめの主犯にされ噂を広められたこと。

 その誤解を解くために清水りかの家に行き拒絶されたこと。

 その時に自分の言いたい事は既に言っているからこれ以上話す必要がないことを。


 全て聞き終えたあーいジジイは話を整理するためなのかしばらく目を瞑った後。


 「今お前がしている拒絶と昔その子がした拒絶それは同じことだろう。今のお前にその幼馴染を責める資格は無い!!」


 その決して大きな声ではないのに、一喝されたような迫力があった。


 「は? あいつと俺が同じことをしている? 全然違うだろ!」


 一瞬怯みはしたが言ってることは納得出来るものではなく、久しぶりに人を怒鳴った。


 「いや、同じだ。幼馴染もお前も話を聞かず門前払いをしている。どこが違うと言うのだ?」


 「ぐっ……」


 いや、本当はただ仕返しをするために拒絶しているのかもしれないとは薄々わかっている。

 同じように話を聞いて貰えない辛さを味合わせたいという子供じみた復讐心だ。

 あの時しょんぼりと店を出ていった彼女を見て心が軽くなったのはそのちっぽけな復讐心が少し満たされたからだったのだろう。

 子供の頃1発殴られたら1発殴り返す1回は1回ルールとかいう謎のルールがあったことを思い出した。

 それを認めたとしても、俺は結局清水りかに向き合うことはできない。


 「全然違う。あいつは精々数日苦しんだだけだ。俺はもっと辛い思いをしたんだ」


 結局は苦しみという数値化なんてできないものの大きさだ。

 自分でもガキ臭いと思ってる。

 でも清水りかを許すなら同じだけの辛さを味わってからじゃないと許せないと思う自分がどこかにいる。


 「苦しみに重いも軽いもない!! 日数が短くとも辛いことは沢山ある! 高校生なんだから許すこともを覚えろ」


 何故あーいジジイはここまで俺をさとそうとするのだろう。

 ふと疑問が脳裏を掠めた。


 「あんたにもあったのか? 短くても辛いこと」


 「そんな昔のこと忘れたわい」


 あーいジジイは教えてくれるつもりはないらしい。


 「でも、後悔だけは覚えている。何年たっても忘れないもんだ。つまらん意地を張ってると後悔することになるんだぞ」


 あーいジジイの表情は何か苦いものでも口に入れられたように歪んだ。

 何か後悔するようなことを思い出しているんだろう。

 その顔を見てこうはなりたくないと思ってしまった。


 「なぁじいさん。俺はどうすればいいのかな」


 零れた言葉はきっと俺の本音。

 俺は随分前から迷子だった。

 道しるべとなるべき親と距離を取り人を避け暗闇の中でじっとし続けた。

 正直どうすればいいのか分からない。


 「そんなもん決まってる。分からないならぶつける」


 ザクっと背中に刺さるのは杖だ。

 この刺激はどんなにやりたくない事でもやらないといけない気がしてくる不思議な感じがする。

 2度目なのに変だな。


 「すいません、今日はバイト休ませてください」


 俺は返事も聞かずに飛び出した。


 行く先は俺の家の近所。

 清水と書かれた表札の家だ。


 白塗りの一軒家は2年以上たっても変わらずにいた。


 「勢いでここまで来たけど、ほんとにいいのか」


 走って来たおかけで肩で息をしているとりあえず息が整ってからインターフォンを押そう。

 ゆっくり深呼吸をする。


 すーっはーっ。

 すーっはーっ。


 「あの? わたしの家に何か用ですか?」

 「ど、」

 「どってなに? たくにぃ?」


 神様はどうも心の準備させるのが嫌いなようで、清水りかの妹、清水あいりとばったり遭遇してしまった。


 「なんか久しぶりだね? とりあえず上がりなよ」

 「お邪魔します?」


 心の準備も話すことも決まらぬままあいりに手を引かれ清水家の玄関を潜る。

 昔からテンションの高い娘ではあったけど久しぶりの再会だからか記憶にある時よりもテンションが高い。



 玄関はやはり2年前とは違いオシャレなヒールの靴が増えていた。

 それと家の匂いも変わっていた。


 「んで今日はどうしたのたくにぃ?」


 「りかに話があるんだ」


 久しぶりに呼んだその名前は思った以上にすんなり出てきた。 

 この家で数えられない程呼んだからスムーズにでてきただろう。


 「お姉ちゃんに? でも今お姉ちゃんは……」


 もしかしたら昨日無視して帰ったから病んで引きこもってしまったとかか。


 「もしかして部屋から出られないとか?」


 「おー正解そうなの。昨日いつもより遅く帰ってきたみたいで風邪引いちゃって」


 俺はそれを聞いた瞬間家の階段をかけ上った。

 顔を合わせないなら、言いたいことを思う存分言える。

 そう確信できたからからだ。


 「おい、起きてるか?」

 「拓海? 拓海なの? 話聞く気になってくれたの?」

 「あぁ、俺はお前の話を聞く気はない」

 「え?」

 「代わりに俺がお前に素直な気持ちをぶちまけに来た。話を聞いて欲しいならまず聞いて欲しい」


 そうだ分からないならぶつける。

 話し合いなんかしないとにかくぶちまけてしまう。

 俺が思いついたのはそれだった。


 「俺はいじめの主犯仕立てあげられただけだ。当時の俺のいたグループのリーダーの伊藤って奴に。俺がいじめ主犯って噂を流したのはその時のグループの女子共だ。証拠として上がっている動画だって暗くて誰がやってるがなんて分からない物だっただろ」


 ここで一呼吸おいた。

 ここからはまた少し違う話になるから。


 「俺はそのことを伝えるためにリカの家に来た。でも門前払いされた。悔しかったよ。1番誤解されたくなかった人にもう誤解されてて訂正することも許されないって言うんだから。なのに今更話し合いをしたいってなんだよ。ふざけんなよ。もう遅せぇよ。手遅れだろ。2年以上も前のことだぞ? わざわざバイト先にまで来て迷惑だとか考えないのかよ。お前はいつも自分勝手だよ。門前払いだって誰から聞いたか分からない噂信じたんだろ。ならそれ一生信じとけよ。俺はもう諦めて平和に生きようとしてるんだよ。後、ごめんなさい」


 ぐちゃぐちゃな俺の本音。

 辛かったことほっといて欲しいと思ったこと復讐心から無闇に傷つけたこと。

 思いついた先からぶつける。


 りかは、全部黙って聞いていた。

 1度たりとも口を挟まず。

 言われて辛いこともあるのかうっすら泣いているのか鼻をすする音がかすかに聞こえる。


 「主張は全部終わった? んじゃ私の話も聞いてくれる?」


 風邪を引いているからか声は枯れかけていて聞き取りづらい。


 「あぁ」


 でも聞く。

 自分だけぶつけるつもりだったが言いたいこと全部言ったらスッキリした。

 だから聞いてもいいと思えた。


 「まず信じてあげられなくてごめんなさい。あの時の私は拓海よりスマホの映像と女の子たちのことを信じてしまった。でもそれは拓海が先生に呼ばれて丸一日事情聴取されたって先に聞いてて、実はって証拠見せられたからしょうがないでしょ? 誰だって信じちゃうよ。信じたくなくてもさ。でもごめんなさい。最近になって同じ中学のグループトークで真実を知ったの。だから今になってでも謝ろうと思ったの。だってやっぱり拓海がいないと放課後楽しくないし……今更都合のいいこと言ってるのは分かってる。だから幼馴染に戻りたいなんて欲張りは言わない。知り合いからでいいからその……やり直せないかな?」


 りかは感情が高ぶって震えていた。

 今の言葉に嘘があるようには思えないけれど1度裏切られた傷は簡単には消えない。

 りかに吐かれた暴言が無くなるわけじゃない。

 向こうもそれがわかってるからこそ知り合いならって申し出たのだろう。

 このままはい仲直りと素直に言いたくない気持ちが心のどこかにあるのも事実。

 俺は俺で諦めて今の生活を受け入れてしまっているから関わらない事で平穏が続くとも思ってしまう。


 「あのさ、たくにぃ。お姉ちゃんを庇う訳じゃないけど、お姉ちゃんね、わたしに相談してきたんだよ? たくにぃにとんでもなく酷いことをしてしまったんだけどどうしたらいいと思うって? 最近夜中まで唸り声出して考え込んでたし」


 悩んでいるところにあいりからの補足が入る。

 あいりとは事件のちょっと前から疎遠だったので裏切られたって感じはあまりしない。

 心象のせいかすっとあいりの言葉なら受け入れられた。

 受けるなんでもから理由を求めていただけかもしれないが。


 「やはり今のまま元通りとは行かない。だけど

知り合いからというのならやり直してもいい」


 「ほんと?」


 壁越しに嬉しそうな声が聞こえた。


 「あぁ」


 「たくにぃ? わたしも知り合いの妹に降格なの?」


 「まぁそうなる?」


 一応扱い的にはそうなるはず。

 自信が無いからなんとも言えないけど。


 「えー、それはちょっと嫌だから」


 突然あいりが腕を絡めて来た。

 まだ中学生とはいえ胸に当たる固い布の感触はどう考えも大人の下着。

 その感触にドキドキしない訳もなく。

 思考が停止した。


 「彼女候補って言うのはどう? 早く知り合いから仲良くならないとわたしがたくにぃと付き合っちゃうから頑張ってねお姉ちゃんっ」


 部屋から聞こえる絶叫をあいりと2人で笑い。

 3人で遊びに行く約束をした。

 知り合いからもう一度幼馴染と認め合うその第1歩として。

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