ハリス次期米副大統領の“勝負スーツ”日本人が仕立てていた

　来年1月に米副大統領に就任するカマラ・ハリス上院議員（56）。女性として米政界史上最高位に就く快挙の舞台裏には日本人仕立屋の存在があった。米大統領選中の勝負スーツを手掛けたのが、デザイン画を型紙に起こすパタンナーの大丸隆平氏（43）。拠点のニューヨークから帰国中の大丸氏は本紙の取材に「シャープな女性像を意識した」と込めた思いを話した。（四釜　良人）

　東京・六本木の雑居ビル。自身で立ち上げたブランド「オーバーコート」の期間限定ショップ出店のため、一時帰国中の大丸氏はひっきりなしに訪れる客の応対を笑顔で行っていた。スポニチ本紙の取材に応じ「僕らは体形にフィットする洋服が作れます。当たり前ですが、珍しいんですよ」と語った。

　大丸氏の職業であるパタンナーはデザイナーの画を基に型紙を作る職人。大丸氏が作り出す洋服は計算され尽くした着心地の良さとシルエットが魅力だ。自身が率いるニューヨークを拠点にしたパターン（型紙）メーカー「oomaru　seisakusho　2，　inc」は品質の良さが米国セレブの間で評価されている。7年前にはバラク・オバマ氏（59）の大統領就任式で、ミシェル・オバマ夫人（56）が着たドレスも大丸氏が手掛けたものだった。

　ハリス氏のスーツの注文はニューヨークのファッションブランドから今年7月ごろ「oomaru…」に依頼が入った。完成したのは濃紺のスーツ。ハリス氏がこのスーツに身を包んだのは今年8月、ジョー・バイデン氏（78）が党大統領候補の指名を受諾し演説を行った日だった。副大統領候補として星条旗の前でバイデン氏と手を取り合った、選挙戦のクライマックスシーンでは衣装が凜（りん）とした姿をくっきりと浮かび上がらせた。

　大丸氏は「黒人の女性はヒップと肩に厚みがあるのでぴったり合うように」と特徴を捉えた上で「女性初の副大統領らしさを出さないといけない。男性に勝るとか、そういうことではなく、女性の美しさ、しなやかさ、シャープさを出したい」という思いを込めた。

　ファッションの先鋭が集まる街で力を発揮するまでには、いくつもの苦難を乗り越えていた。「物作りがしたい」と高校を1年で退学。16歳で独学で洋服作りを始めた。専門学校に通い、パタンナーとして働いた後で依頼を受けてニューヨークへ。2006年に渡米したものの、01年の米中枢同時テロの影響が続く中、業績悪化で依頼主に滞在ビザを取ってもらえず、当てにしていた就職が白紙になった。

　裸一貫でスタートさせた異国の地での生活。不安を抱える中、たまたま足を運んだヤンキースタジアムで当時、マリナーズで活躍していたイチローさん（47＝マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター）がキャッチボールしていた球をスタンドへ投げてくれた。見事にキャッチした大丸氏。「僕が日本人と分かって投げてくれた。イチローさんから“がんばれよ”と言われた気がした」。その後、ボールを大切にし、思い悩む日に眺めるなど「イチローさんに励まされてやってきました」と語る。

　大リーグでも次々と記録を打ち立てるイチローさんの活躍を励みに自身も実績を残していった。そんな大丸氏のスーツをハリス氏も周辺も気に入った様子で、ホワイトハウスで活躍する今後も依頼する可能性が高い。大丸氏は「自立した女性像を表現したい」と創作意欲を口にする。「いつかイチローさんの洋服を作ってみたい」。“恩人”に感謝を込めて仕事をする日を夢見て、世界の最前線を進む。

　《ミシェル夫人のドレスも全世界が注目》13年の大統領就任式でミシェル・オバマ夫人が着たドレスはネクタイなどで使用されるシルク素材を生かした一着。ベルトでウエストを絞り、体のラインの美しさが伝わる衣装は全世界の注目を集めた。大丸氏は「花柄のような分かりやすい女性らしいドレスではないが、ミシェルさんはモードに造詣が深いので着こなしてくれると思った」と振り返った。

　◆大丸　隆平（おおまる・りゅうへい）1977年（昭52）7月29日生まれ、福岡市出身の43歳。高校中退後、独学で洋服作りをスタート。露店で「たこ焼き」作りのアルバイトも。文化服装学院を卒業後、日本人デザイナーの下で修業、パタンナーとして仕事を行う。2006年に渡米し、08年「oomaru　seisakusho　2，　inc」を設立。15年に「オーバーコート」を立ち上げた。同年に第33回毎日ファッション大賞・鯨岡阿美子賞受賞。趣味は将棋。