千五百七十七年 四月上旬
天目山とは、現在の山梨県甲州市大和町
その後再興された武田家最後の当主である勝頼が、天目山を決着の場として選んだのは運命のいたずらであったのだろうか。
比較的標高の低い天目山の山頂付近に張られた勝頼の陣は撤去され、下草を刈った上に地面を踏み固めたであろう見晴らしの良い広場が出来上がっている。
朝もやの立ち込めるなか、その広場の中央に
そこに僅かな手勢のみを率いた信忠が山道を真っすぐに登ってくる。
「……来たか」
信忠の姿をみとめた勝頼が
勝頼はおもむろに立ち上がると、傍に立てかけてあった朱塗りの大身槍を手に取った。勝頼のいでたちは武田の誇る
これに対して決戦場へと現れた信忠はこの時代の常識にそぐわない恰好をしていた。
「一騎打ちを申し込んだのはそちらのはず。勝敗に
勝頼の問いに対して見届け人である
「侮るならば一騎打ちなどせずに討ち取っておる。甲斐武田の武を継ぐ
「施しを受けたゆえでは無いが、本当にそのような恰好で良いのか?」
問われた信忠は確かに奇妙な格好をしていた。足元は織田軍標準の編み上げのブーツに現代のカーゴパンツのようなざっくりとした下履きの上から
胴体は流石に胴鎧を纏い、腰部をカバーする
頭部に至っては兜一式を一切身に着けていない無防備と言っても過言ではないいでたちであった。
「まさかこの
信忠はそう言うと配下から自身の身長よりやや長い手槍を受け取ると下がらせた。長可は向かい合う二人の中ほどに立ち、邪魔にならぬよう後ろに下がって二人の動向を見守る。
当世具足の完全防備に長大な大身槍を得物とする勝頼に対し、間合いで劣る手槍の他には腰に太刀を
信忠の準備が整ったのを見た勝頼は手にした大身槍を頭上で大きく円を描くように回して見せると、脇に構えて信忠の方へ穂先を向けて口を開く。
「ならば最早何も言うまい。これより先は口先では無く己の武を以て意を示そう。いつでも掛かって参れ!」
勝頼はそういうと足を止めて信忠の出方を窺った。対する信忠は間合いで劣るため、
後半歩で手槍が相手に届くというところで勝頼が動いた。脇に構えた大身槍を手の中で滑らせるようにして前方へ突き出し、予備動作が殆ど見えないと言うのに充分に威力の乗った突きを放つ。
相手の動きを注視していたはずの信忠だったが、半瞬反応が遅れたため回避が間に合わず大身槍の進路上に手槍を突き立てて穂先を逸らし、反動で逆方向へと体を逃がす。
勝頼の大身槍は穂先が一尺(約30センチメートル)以上もの長さがあり、その刀身とも呼ぶべき穂先が手槍の柄を削りながら突き込まれた。
本来であれば重量のある大身槍を扱うのは難しく、威力の乗った突きを
しかし勝頼は側面に逸らされた力の流れに逆らわず、むしろ横向きの力に自身の力と更に体の捻りをも加えて体を折りたたむようにしてコンパクトに大身槍を回転させ、斜め上方から叩きつけるような一撃を放った。
逃げたところへ叩きつけるように振り下ろされる一撃を見た信忠は、手槍で受けきることは不可能と断じるや体を投げて横っ飛びに回避する。
地面を転がりながら起き上がった信忠が目にしたのは、再び脇構えに大身槍を携えた隙の無い勝頼の姿であった。
(よもやこれほどまでとは、見誤ったわ)
この一騎打ちを打診する前から勝頼個人の武威については間者に探らせていた。しかし、部隊の指揮に秀でていると言う情報は得られども、勝頼本人が武芸に秀でているという情報はついぞ
名立たる武芸者が揃っている武田家に於いて、勝頼個人の強さはさほどでもないと信忠が判断したのも仕方ない面もあった。
「その鎧、見た目通りの重さではないな?」
「ただの一合でそこまで見抜くか。前評判などあてにならぬものよな、元よりこちらは挑む立場。織田勘九郎推して参る!」
勝頼の指摘は正しい。信忠の甲冑は全て特別製であり、尾張の最先端の技術が惜しげもなく注ぎ込まれた逸品である。
ただの布に見えるカーゴパンツも、溶かしたガラスが綿菓子を作る機械のようなもので吹き飛ばされ、遠心力を用いて細く細く引き伸ばされたガラス繊維を表側に編み込まれている。
当然そのままでは肌に触れれば細かい切り傷が出来てチクチクするため、裏側には通常の布地で裏当てが施されていると言う念の入れようだ。
これだけならば少し丈夫な燃えにくい布に過ぎないが、脛当や籠手部分に用いられている装甲版は更に一味違う。
尾張でしか造れない鋼を
これは水車や畜力では到底生み出せない、蒸気機関による巨大な力を均一に加え続けられるようになって初めて実現できる技術であった。
これによりピアノ線程とはいかないまでも、針金というより細いタコ糸ぐらいの鋼線が造られる。
これをメッシュ状に編み込んだ上で赤樫の薄板に幾重にも張り付けられ、それらを樹脂で固めたものとなっている。
鉄板と変わらない程の強度を持ちながらも、重量は五分の一程という完全にオーバーテクノロジーの防具に仕上がっていた。
次は己が先手を取るべく信忠が駆けた。当世具足は矢を防ぐため、隙間を少なくする工夫が施されており、防御力が高い反面視界がどうしても狭くなる。
勝頼と向き合って左側に駆けることで視界から外れつつ、しかも利き手の裏側に回り込むことで追撃しにくい位置を取る作戦であった。
これに対する勝頼の応えは、信忠に完全に背を向けて屈みこむという奇妙なものであった。体を小さく丸め込む姿に、信忠は極限まで押し縮められた
背筋に
果たして信忠の足元を閃光が走り抜けた。遅れて風切り音が聞こえるほどの鋭い斬撃が走り抜け、短く刈り揃えられた下草が更に短くなった。
どのような体勢からでも自由に槍を振るえる尋常ならざる体幹と、鋭い刺突及び斬撃を生み出す剛力。天下無双の侍大将と呼べる恐ろしいまでの腕の冴えであった。
「逃げてばかりでは勝負にならぬぞ!」
「流石に今のは胆が冷えたわ。甲斐の
中距離では勝負にならないと判断した信忠は、先ほどのように勝頼の攻撃が届きにくい方向へ駆けつつも距離を詰める。
大身槍のような長柄の武器は、密着間合いに入られてしまえばリーチが災いして攻撃が当たらなくなってしまう。
当然その程度のことは
間一髪でこれを躱した信忠は、勝頼の目前にまで肉薄していた。大身槍の穂先は勝頼の遥か後方へと回っており、今が好機とばかりに信忠が大きく踏み込んだ。
バシン! という奇妙な音が響いて信忠が大きく後退した。信忠の胴は側面が歪み、よく見ると蜘蛛の巣状の亀裂が走っている。
「なんなのだそれは!? 岩でも叩いたかのようじゃ」
果たして勝頼が放ったのは、槍の石突による打突であった。横薙ぎの斬撃から直線の打突へと繋ぐ隙の無い連携に、信忠は虎の子の胴鎧を凹まされた上に、間合いの外へと弾き出されてしまった。
「静子特製の甲冑よ! そう易々とは貫けぬと心得よ!」
そう
有効打にはなっていないものの、手痛い一撃を食らった信忠よりも、都度カウンターを放って体力を温存しているように見えた勝頼の方が疲労していた。
視界の外からちくちくと厭らしい攻めをしてくる信忠の行動は、想像以上に勝頼の体力を削り取っていたのだ。勝頼の疲労は発汗を促し、吸水の限界を超えた汗の玉が片目を塞いだ。
その一瞬の隙とも言えない空隙が運命を分けた。大きく踏み込んだ信忠は手槍を勝頼の眼前の地面に突き立てると、腰の太刀を抜いて転がるように勝頼の脇の下を駆け抜けた。
手槍が邪魔となって槍を繰り出せなかった勝頼の右腕が宙を舞った。勝頼の右腕の付け根から鮮血が噴き出すが、構わず槍を捨てて左手で腰の太刀を抜かんと手を伸ばした。
再び背後からの斬撃が走り、今度は左腕の肘から先が斬り飛ばされた。両腕を失った勝頼は敗北を悟り、その場に膝を着くと背筋を伸ばして叫んだ。
「見事だ! この傷ではまもなく
それに信忠が応えて叫ぶ。
「薄氷の勝利であった。及ばずながら介錯
信忠はそう言うと、背筋を伸ばし首が見えるよう
「やれい!」
勝頼の言葉と共に刃が振り下ろされ、一刀の下に勝頼の首が落とされた。遅れて体が前のめりに倒れ、武田家最後の当主は逝った。
「この鎧が無くば、泉下に向かうは己であったであろう。武田四郎、まことの
武田勝頼の討ち死に、この一報は織田家の手によって広められ、瞬く間に日ノ本全土に伝わった。痩せても枯れても戦国最強と呼ばれた武田家の滅亡は、日ノ本中の国人を震撼させた。
これによって織田家が武家の頭領たる征夷大将軍となることに異を唱える者は居なくなった。厳密に言えば北条は認めないであろうが、事実上黙認するしかないというのが実情である。
今まで打倒することに心血を注いできた武田家だが、いざ滅亡したと聞いて胸に去来したのは埋め難い空虚感であった。
利に聡く気の早い堺の商人たちは、後に信長に対して祝いを贈り、口々に武田家を貶して織田家を誉めそやした。そんな
信長の放つ底冷えするような視線と、物理的圧力を伴うような沈黙に耐えられなくなった商人たちは早々にその場を辞すこととなった。
時は戻って信長と信忠軍、及び徳川・穴山連合軍が集結できる場所として新府城が選ばれ、関係者が揃って戦後処理を話し合うこととなった。
勝頼を討った信忠軍がまず入城して準備を整え、南部から進軍してきていた徳川・穴山連合軍が合流した。彼らは無血開城ではあったものの、略奪があったのか荒れ果てた城内を清掃し、表面を取り繕った。
そうした影働きの末、遅れて駆けつけてきた信長及び近衛前久を迎え入れることとなる。信長は到着するや否や、その場で論功行賞を行うと宣言し、関係者を集めた。
「
信長が第一功として賞したのは家康であった。彼が武田の侵攻に対して踏ん張ったからこそ
第二次東国征伐に於いては大きな戦功を立てていないが、過去分の成果を勘案しての評価であった。信長は家康に対し、
次に武田氏の本国でもある
次いで
滝川に与えられた領土には、かつての真田領も含まれていたが、当の真田昌幸は既に尾張に骨を埋めるつもりでいるため、特に口をはさむこともなかった。
そして武田氏が亡んだことで内戦状態に陥っている領土については、今回の東国征伐に於いて出色の手柄を立てた長可に与えられることとなる。
見るからに貧乏くじを引いた形となっている長可だが、信長は長可ならばそれらを鎮圧しつつ上手く治められると判断していた。
最後に第二次東国征伐の総大将であり、勝頼を直接討ち取った立役者でもある信忠に対しては何の褒章も与えられることが無かった。
「総大将でありながら言いつけに背き、軍全体を危険に晒す一騎打ちを行った罰だ!」
信長はそう吐き捨てるように言った。確かに織田家の嫡子でありながら、命の危険がある一騎打ちを行ったのは軽率であっただろう。
しかし東国征伐の半分を成し遂げた功績と相殺し得るものだろうかと皆が首を傾げるなか、信長が続けて言った。
「あ奴には武田の遺児である松姫を
ここまで聞けば信長の裁定に口を挟むものはいなかった。
続いて信長は、最期まで勝頼に従って戦い抜いた忠臣五十余人に対し「敵ながら
逆に武田家が劣勢に追い込まれたのちに離反し、さりとて織田家に
家の存続を求めての裏切りは戦国の習いであり、それだけを理由にお家断絶に追い込むような真似はしないが、虐殺を含む略奪を行ったものは斬首された。
その苛烈な対応を見た木曾義昌は、真っ先に寝返ったことを責められるかと恐怖したが、領地の加増及び安堵が言い渡されると腰が抜けそうになっていた。
逆に微妙な時期に寝返りを打診してきた穴山については扱いが難しい。既に徳川の臣下となっており、信長といえどその人事に口を出すことは出来ない。
「甲州には『泥かぶれ』なる病がある。穴山殿はこれに対する陣頭指揮を執っていただきたい。詳細については織田家相談役より追って知らせるゆえ、この病の根絶に向けて尽力されよ」
信長の言葉を耳にした穴山は安堵から胸を撫でおろした。『泥かぶれ』という死病に対し、一から指揮系統を構築しなおすよりも、地元の住民と繋がりがある領主を頭に据える方が効果的だと判断されたのだ。
これによって穴山の領土は安堵され、徳川家配下の臣として仕えつつ、甲州全域を
「はっ! この穴山、己が一命を賭して取り組みまする」
信長の裁定とそれを受け入れた穴山を見て、家康もホッと一息ついた。南部から侵攻していた徳川軍は、甲府盆地付近の流行地にて『泥かぶれ』の罹患者を直接目にしていたからだ。
第二次東国征伐に於いて南部から北上するルートを取る徳川軍に対して、静子は家康に『泥かぶれ』の詳細を伝えていた。
水の中に棲む目に見えない虫が腹に巣くい、人を死に至らしめる等と言う当時からすれば
そうした事もあってか、家康は穴山を受け入れた後に現地を案内させた。そこで彼は地獄絵図にある餓鬼のように腹を膨らませ、手足が棒のように痩せ細った住民を見ることになる。
そこから家康は『泥かぶれ』に対して万全の注意を払うこととなった。朝露を含んだ草から感染することを恐れ、静子から貸与された生石灰を撒いたり、防備を固めた兵に下草を刈らせたりなどして安全を確保しつつ進軍した。
その結果、進軍速度は大幅に落ちて新府城落城までに合流できなかったが、実際に防疫をしつつ進軍するという得難い経験を積むことが出来た。
この『泥かぶれ』が人から人へと伝染することはない。中間宿主であるミヤイリガイを経由しなければ、感染能力を持つセルカリアに成長できない為である。ただし、糞便や尿に含まれる虫卵が河川に流れ込み、ミヤイリガイを経由して間接的に感染することはある。
未知の恐ろしい死病の現状を知った家康は、穴山が『泥かぶれ』撲滅に注力することにもろ手を挙げて賛成した。
「これを以て論功行賞を終わりとする。わしはこれより安土へ戻るゆえ、子細については追って連絡があろう」
「お待ちくだされ、織田殿」
言うべきことを言い終えた信長は席を立ち、大股で室内から去ろうとしたところを家康が呼び止めた。信長が鋭い視線を投げかけるが、彼は柔和な笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「何やら富士の山を見物されると耳にし申した。そうであるならば是非に我が領をお使いくだされ。富士の山を望む景勝地をご案内いたしましょうぞ」
「……確かに富士の山は難所と聞く。ならばお言葉に甘えるとしよう」
「お任せくだされ」
流石の信長も直接富士登山できるとは思っていなかった。精々が見晴らしの良い丘から日の出を反射して輝く富士を写真に収めて帰るつもりであった。
しかし、そうした景色を一望できる場所についての見当はついておらず、行き当たりばったりの感は否めない。
そこで家康の提案はまさに渡りに船であった。そしてここからが家康の腕の見せどころとなる。信長一行の案内を務めるという事は、その露払いをも含まれる。
つまり道中でならず者に遭遇するなどと言うハプニングが万に一つでも起こってはならないのだ。家康は家臣に指示を出し、信長一行が通行するルートを定めると、その整備を命じた。
そうして家康が張り切っているなか、信忠と長可は僅かな休息を満喫していた。
「此度のいくさは概ね落ち着くところへ落ち着きましたな」
「まあ総大将が功なしというケチはついたがな」
熱い茶をすすりながら混ぜっ返す信忠の様子に長可は意地の悪い笑みを浮かべる。
「そう言いながらちゃっかりと本命の婚姻を勝ち取っておられる辺りは、ぬかりありませぬな」
「武田の当主を討ち取ったという名声と、東国征伐を成功に導いたという実績。これが揃えば松を娶ることに異を唱えることは出来ぬよ」
「流石に勝手が過ぎると上様はおかんむりでしたぞ?」
「信賞必罰を徹底するため表面上は怒っているように見せておられるが、結局のところお咎めなしで赦されておる。終わり良ければ総て良しだ」
「あの怒気は本物に思えましたが、まあ良いでしょう。それよりも信勝は如何でした?」
「長じれば恐るべき使い手になったやも知れぬ」
勝頼が討ち死にした後、自刃して後を追うかと思われた信勝だが、予想に反して信忠に一騎打ちを申し込んだのだ。
元より父を打ち負かした信忠に勝てる道理は無いのだが、それでも座して死を待つよりは最期に一矢報いんと挑んだのであろう。
結果は、まともに打ち合うこともなく一刀の下に切り伏せられた。一騎打ちを前に信勝は家臣に後を追うことを禁じたため、彼らは武装を捨てて織田軍に下った。
見分が終わった勝頼の首と、信勝の遺体を返された北条夫人は、出家して終生彼らを弔って過ごすということだった。
「それよりも問題は『泥かぶれ』だな。何やら静子が計画を立てているらしいが、詳しいところはまだ上がってきていない。方針としては流行地から住民を隔離するところから始めると言っていたが」
「え!? 病魔に蝕まれた奴を動かしても大丈夫なのか?」
驚いたのか、咄嗟に元の口調に戻った長可が信忠に訊ねる。
「ああ、何でも腹の中に虫が溜まる病らしい。病人の腹に詰まっている虫は、滅多なことでは他の人間に悪さしないそうだ」
「ああ、写真で散々見せられたアレだな。小指の爪の先にも満たない大きさらしいが、そんな目に見えない虫がうじゃうじゃいるってのはゾっとする話だ」
「何でも寄生虫という生き物らしい。他人の生き血を吸って肥え太る蛭みたいな生き物だな」
「なるほどな。目に見えないというのは厄介だが、あの何とか言う貝を根絶やしにすれば良いんだろ?」
「ああ。しかし、それが途方もなく難しいと聞く。貝の数が途方もない上に、水場だけでなく陸にも居て、少しでも残せばあっと言う間に増えるらしい……」
『泥かぶれ』の根絶という壮大な難事の一端を垣間見た二人は、その穴の開いた柄杓で水を掬うが如き所業に
『泥かぶれ』撲滅の第一歩は史実通り病理解剖で幕を明けた。いくら病理の機序を知っていても、実際に開腹して肝臓の状態を確認し、間違いなく『日本住血吸虫』の仕業であると確定せねばならない。
幸いにして戦時であったため、検体には事欠かなかった。戦死した遺体のうち、身長が低く痩せ細り、腹が膨らんでいる者を選んで腹を開いた。
従軍していた防疫部隊である
切開された門脈内部は虫卵が詰まって炎症を起こし、それを盛り上がった肉が包み込むという
これらの作業と並行して中間宿主であるミヤイリガイの回収、村人への聞き取り調査が行われ、急速に研究拠点が構築されていった。
『泥かぶれ』を究明する金瘡医衆たちは静子から史実通りの実験を行うよう指示されており、決められた手順に従って着々とデータを積み重ねている。
こうした研究体制が整うのを見届けた信長は、川沿いを避けて徳川軍と共に南下しつつ富士山を目指していた。
「これが日ノ本一と名高い霊峰、富士か!」
家康に案内された場所から眺める富士山はまさに絶景であった。折よく雲一つない青空は晴れ渡り、裾野から麓までを染め上げる緑が鮮やかに見え、途中から白く残雪の残った山頂部が輝くようであった。
絶景に見惚れていた信長は我に帰ると、即座に技術者たちへこの眺望を写真に収めるよう命じた。望遠レンズや高感度フィルムなど望めない中での撮影は難航したが、それでも何とか美しい富士山を閉じ込めた写真を残すことが出来た。
終始上機嫌の信長であったが、家康は水上の白鳥の如く優雅な笑みを浮かべつつも、水面下では必死の努力を続けていた。
無理を押してまで信長を招いて接待を続けている理由は、今後の織田家に対して徳川家が持ちうる影響力を示す必要があったからであった。
今までは武田の侵攻を阻む最前線としての存在価値が認められていた徳川家である。その武田家が亡んだ以上、今後はその利用価値の低下に伴って徳川家の地位が下落する恐れがあった。
北条を攻め滅ぼすに当たって是が非でも徳川家の協力が必要と楽観視できるような状況ではもはやない。今回の甲州征伐に於いて大活躍した長可の戦果を見るに、織田家のみでも充分攻略できると見る方が自然だ。
「かねてよりの約定から駿河を得たが、この先については見当がつかぬ」
現在の徳川家は三河、
しかし勝ちいくさに湧きたつ徳川家に於いて、このひりつくような緊張感を抱いているのは家康のみであった。他の家臣たちは今日と変わらぬ明日が続くと信じて疑わない。
それでも同盟の重要人物である信長をもてなすことが国の行く末を左右しうる重大事であると言う認識は共通していた。そんな彼らに立ち塞がったのが天竜川の渡河であった。
「暴れ天竜(天竜川のこと)に橋を渡すなど
「小天竜は渡せども、大天竜は叶いませぬ」
「ここは安全を取って船便で渡しましょうぞ」
現在の天竜川は流域が一本化されているが、この時代では東に一本、西に二本の川が流れていた。東を大天竜、西を小天竜と呼び、諏訪湖を水源地とした膨大な水量を誇る河川であった。
そのため、ひとたび大雨が降れば頻繁に洪水を起こすことから『暴れ天竜』とさえ呼ばれていた。記録によれば元禄から明治初期にかけての約百七十年間で、大小四十回の洪水が発生している。
単純計算でも五年に一回は洪水が発生する計算となり、橋を架けるなど夢物語であり、架けたはしから流されるのが落ちだと考えられていた。
しかし、家康はその『暴れ天竜』を制して船を浮かべて連結し、その上に木板を渡した船橋を架けると言い出した。通常では出来ないことを為すから人は感動するのだと説き、どれ程資金が掛かろうとも成し遂げよと厳命した。
かくして信長一行がゆるりと歩みを進める裏で、周辺一帯から船を根こそぎかき集め、大工を誘拐まがいに連れてきて工事に従事させた。
こうした決死の努力が実り、信長が天竜川へと到着する頃には見事に一列に繋がった船橋が架かり、一行が渡り終えるまで崩れることもなかった。
突貫工事を行ったためか、船の大きさがまちまちであり、橋板がいたるところで傾いていたり、歩くのに難儀するほどの段差が生まれていたりもした。
しかし、信長はそれらを見ても何も言うことなく終始上機嫌で旅を楽しんだ。
「お帰りなさいませ」
そんなご機嫌な信長を待ち受けていたのは、未だかつて一度として目にしたことのない程の怒りを
普段温厚な人間であるほど、豹変した際の落差が大きいと言う。身を以てそれを知った信長は、己に降りかかる災厄を思って身震いするのであった。
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