モモンガ冒険譚!!   作:ブンブーン

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本日2話目です


第21話 モモンガvs怪物A、B、C

ーーーーー

触手の一撃を受けたイグヴァルジの元へモモンガは慌てて駆け寄った。

 

 

 

「イグヴァルジさん、無事ですか?」

 

「無事なもんかよ!さっきの攻撃を避けるのだってギリギリだ!」

 

「無事みたいですね!」

 

「あー!!そうだよコンチクショウ!!!」

 

 

モモンガは彼に付いていたデスシーフも消滅している事に気付いた。

 

さっきの一撃を避けた際、飛び散った瓦礫の一つがイグヴァルジに向かって来たのだ。それをデスシーフがブリタの時同様に身を呈して守り消滅した。ただの瓦礫にも触手の攻撃と判定されたのだろうか。だとすると『上位物理無効化Ⅲ』を看破してくる相手となればモモンガとて避けていく必要がある。

 

 

(イグヴァルジさんに敵意を向けさせない様にしないとな)

 

 

モモンガは1人触手達に向かい駆け出した。

 

自分1人なら兎も角、イグヴァルジ達もいる手前不可視化や不可知化を持たないアンデッドを召喚するわけに行かない。さっきイグヴァルジが無事だったのは本当にまぐれだ。デスシーフもいない今はもう攻撃を防ぐのは不可能に近い。触手とイグヴァルジのレベル差を考えるとその差は絶望的だ。

 

モモンガは触手達に向け《敵意(ヘイト)》を唱えた。

 

すると触手達は触手の先を一斉にモモンガに狙いを定め向けて来た。これで少なくともイグヴァルジを襲うことはそうそうないだろう。流れ弾に当たる可能性は否定できないが…

 

 

(とにかく今はここから離れ…おっと!)

 

 

先端を向けていた3本の内の2本がモモンガ目掛けて突っ込んで来た。鞭のように柔軟な性質の槍を突き刺すと言えばよいのだろうか?無駄にデカい為、迫力はかなりのものだった。

このまま避けるのは容易いが背後にはイグヴァルジがいる。万が一普通に避けたのなら彼が串刺しどころか膝から上全てが無くなる可能性が高い。

 

モモンガはクレマンティーヌとの近接戦闘指南を思い出していた。

 

彼女の戦い方のモットーは『スッと行ってドス』…らしい。特に魔法詠唱者にはこれが一番良いのだとか。パッと見あまり参考になりそうに無かったが全然そんな事はなかった。

 

要するに無駄のない動きと機動で相手を短時間で仕留める戦法だ。その中には機動力と瞬発力だけではなく、より強大な攻撃を受け流す技術も存在していた。戦士系にも《受け流し》というスキルは存在するがモモンガの持つ『騎士』には無い為、貴重な技術と言える。

 

 

(上手くいってくれ、ヨッ!!)

 

 

最初の1本目の一撃を片方のグレートソードで受け止めた。ただ受け止めるのではなく、剣の腹を上手く沿わせるように流しつつ軌道を逸らせた。強い一直線の攻撃は驚く程真横からの衝撃を受け易い。そんな原理を利用し、ある程度グレートソードで逸り流したら一気に弾く。

 

大きな火花が一瞬散らすがグレートソードにダメージは無く、触手による強烈な突き刺しはモモンガやモモンガの背後にいるイグヴァルジに向かうことなく見事に大きく軌道がズレて行った。

 

 

「よし、上手くいった!」

 

 

モモンガはもう一撃も同じやり方で捌くともう一本の触手も大きく軌道を外れた。

 

本体を探そうにもこの状況では満足に探す事すら難しい。先ずは邪魔な触手を片付ける必要がある。モモンガは急ブレーキを掛けて2番目に受け流した触手に直ぐさま身体を向ける。

 

 

「《剣撃強化》」

 

 

騎士系スキルの1つを発動させる。そのまま続けて複数の強化魔法を掛け始めた。

 

 

「《上位加速(グレーター・ヘイスト)》《竜の力(ドラゴニック・パワー)》《看破(シースルー)》《上位幸運(グレーター・ラック)》《上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)》《不屈(インドミタビリティ)》《上位筋力増幅(グレーター・ストレングス)》」

 

 

この間僅か1秒。

 

モモンガは両の手に一本ずつ、合計2本の大剣を振り上げそれを思い切り大上段からの一撃を振るう。

 

 

「どりゃあああーーー!!!!」

 

 

その一撃はまさに人間…いや、殆どのモンスターが持つ膂力の遥か彼方上を征く強力無比のモノだった。大地は深く抉れ、多くの木々を吹き飛ばし、噴火の如き土煙と立っていられない程の地響きを発生させる。

 

強大な一撃をまともに受けた触手は大きくくの字に曲がるとその柔軟性と粘強度は瞬く間に臨界点を超え、見事なまでに真っ二つにされた。斬り飛ばされた部位と残った部位がまるで首をちょん切られた蛇の様にのたうち回るが、徐々にその動きも鈍く弱まり、動かなくなった時には枯れ木の様に萎れて朽ち果ててしまった。

 

触手にも知能があるのか否かは不明だが、先に受け流された触手が鞭の様に振るいモモンガ目掛け振り下ろした。

 

だがそれもモモンガは後ろに目が付いているのかの如く、迷いも無く体勢を整えて踏み込むと両の手に持つ大剣を組み合わせ刃を平行に並べ持ちながら、まるで一本の大剣の下段からの掬い上げを放った。

 

 

「ぜえぃやあああ!!!!」

 

 

再び大地を揺らす程の一撃が触手と衝突。もう一本の触手も無惨に真っ二つと化し、瞬く間に朽ちて果てた。

 

 

「スゲェ……」

 

 

もうアイツが何をしても驚かない。そう思っていたがここまでモモンガの強さに驚愕するとは思わなかった。

 

アレが英雄と呼ばれる男の強さ…

 

 

「俺には遠すぎだぜ……畜生」

 

 

そうは言っても何故だか不思議と悔しさや妬みは微塵も湧いてこなかった。彼が名実ともに『英雄』なのだと気付かぬ内に認めてしまったのかもない。

 

そして、その驚きはブリタとて同じだった。

 

 

「嘘でしょ……あ、あんな強さ…ミスリルどころか…あ、あ、アダマンタイト級だって…超えてる強さよ…」

 

 

モモンガが大剣を持ち直し、残り1本の触手へと歩いて行く。その背後を見ただけで彼なら一国の軍隊にすら勝てるとさえ思えてしまう。

 

一方でモモンガは聳え立つ残り一本の触手を見上げていた。

 

 

「さて、残りはアレだけか。さっさと終わらせ……む?」

 

 

モモンガは残った触手の動きに違和感を覚えた。何やらぐねぐねと気持ち悪く動かすと、急に地面に向けてその先端を突き刺したのだ。

 

 

(地面からの襲い来る顎…『大樹の牙』か?それとも『大樹の爪』か?)

 

 

モモンガは触手の動きからあらゆるドルイド系スキルを予想する。そして、答えは直ぐに帰って来た。

 

彼が立つ地面から急激に植物達が成長を始めるとモモンガの足を絡めようと迫って来たのだ。

 

 

「《森の大成長(グレーター・フォレスト・グロウス)》か!?」

 

 

これは拠点作成で召喚した骸骨の森司祭(スケルトン・ドルイド)が使った《植物の成長(プラント・グロウス)》の上位版だ。高い行動阻害効果に加え範囲も広い。更にドルイド系の第7位階魔法である為、モモンガの持つ『上位魔法無効化Ⅲ』も看破する。

 

足元から止めど無く迫り来る植物達と蔦や蔓、枝や根を何とか避け続けるが…

 

モモンガはふと背後へ目を向ける。

 

ブリタはギリギリ射程圏外だから良いがイグヴァルジは不運にも射程圏内だった。

 

 

「な、な、なんだこりゃあ!?」

 

 

見た事もない現象に困惑しながらも得意の見のこなしと《森渡り(フォレストストーカー)》の持つスキル『森林・地形把握』を駆使し紙一重で躱し続けていると思われるが、それも時間の問題かも知れない。

 

逃げ進む先など構う暇も無く必死だ。

 

イグヴァルジに気を掛けているとモモンガの足元から巨大な木の顎が出現しモモンガを飲み込もうとする。

 

 

「『大樹の牙』か!」

 

 

飲み込める寸前でモモンガは飲み込まれて行く木の残骸を足場に跳躍し逃れる。すると今度は地面からの無数の槍を模した巨木の根が出現した。

 

モモンガは2本の大剣を振って地面から出現する木の槍を薙ぎ払い、触手との距離を縮めていく。

 

触手との距離が近くなるにつれて攻撃に激しさが増し始めた。モモンガとしてはこのまま押し切っても良いのだが他にどんな手を使ってくるかも分からない。周り込み少し様子を伺ってからトドメの一撃を食らわそうと思っていた。

 

 

(繰り出すスキルや魔法はやはりドルイド系。見た目通りだな……今は魔法と戦士系スキルの補助効果で根っこの攻撃を一刀一撃で薙ぎ払ってはいるが効果が切れると少し厳しいか……)

 

 

植物系モンスターの大半は知能が低い。この短調な攻撃パターンならダメージを負うことはないだろう。

 

『大樹の牙』は触手に近づくに連れてその数が増えていくが、その数が少ない抜き道的な場所が見つかった。「しめた!」とばかりにモモンガはそのまま迂回するように周り込む。

 

 

(よし、このまま行けば!)

 

 

注意は完全に触手へに向けられていた。

 

それが少々不味い事態を引き起こしてしまった。

 

なんと目の前に必死で《森の大成長》から逃れ続けているイグヴァルジが現れた。避けて躱してに全集中を向けている為、彼は周囲を十分に注意出来なかったのだ。

 

 

「「あっ」」

 

 

寸前の所で急ブレーキを掛けたがギリギリ遅かった。

2人は衝突し地面に転がってしまった。

 

 

「くっ…!大丈夫ですか!?」

 

「痛ゥ〜!…あ、あぁ。すまねぇ…」

 

 

何とも間抜けなミスをしたものだと思い何気なく周囲を見渡すと、これが誘導されて起きた事態だと分かった。『大樹の牙』の出現が少なかったのは、モモンガがそこへ進むようにする為の罠だった。そして、イグヴァルジが周囲を気に掛ける余裕も無いのを理解して、モモンガが通過する場所へ誘き寄せるよう敢えて決定打を打たずにいたのだ。

 

 

(完全に俺のミスだ。コイツ触手のくせに結構知能が高い……!)

 

 

モモンガは気を取り直しその場から立ち上がろうとする。

 

 

「どわっ!?」

 

(ん?なんだ?)

 

 

モモンガが立ち上がると何故かイグヴァルジは再びその場に尻餅をつけた。そういえば何やら左足首に妙な違和感を感じる。変な密着感だ…そう思いモモンガは恐る恐る足元へ目を運んだ。

 

 

「え…」

 

「だ〜っ!クソ!どうなって……はぁ!?」

 

 

イグヴァルジもモモンガも驚愕した。

 

2人の足首が頑丈な蔓に絡まっていたのだ。

モモンガの左足首とイグヴァルジの右足首…それはまるで二人三脚の様な状態だった。

 

 

「お、おい!これ早く外せ!!」

 

「わ、分かってまー」

 

 

直ぐに蔓を外そうとした瞬間、ここぞとばかりに触手が猛攻を仕掛けてきた。さっきまでとは違う明らかな勝利を確信した自身たっぷりの攻撃だ。しなる巨大な触手を振るい2人まとめて潰そうとする。まさに一網打尽を狙っている。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!こっちだこっち!!」

 

「ちょまっ!?へ、下手に動かないで下さい!!」

 

 

思うように動けず跳び退きながらギリギリで感じ続ける2人。その動きのなんと無様な事か…しかし今の2人にそれを気にする余裕は無い。

 

 

(不味い…非常に不味い)

 

 

モモンガは焦っていた。

モモンガ1人ならあの程度の攻撃受けても大しダメージにはならないが、イグヴァルジは違う。文字通りミンチになってしまう。ならモモンガが攻撃を捌けば良いのではないかも知れないがそれも難しい。《森の大成長》は単なる行動阻害効果のみならず、影響を受けた者の補助効果を打ち消してしまう効果もある。

更に中確率で弱体効果(デバフ)も発生。《鈍足》と《筋力低下》が…低確率で《魔法効果封印》も付与されるのだが、運の悪い事に全ての弱体効果が付与されている。

 

『行動阻害』は10分、弱体効果は3分。

それまで持ち堪えれば良いのだが…

 

攻撃を捌こうにもここまで攻撃が激しいとイグヴァルジも巻き込まれてしまう可能性がある。

 

逃げに徹するにもこのままでは満足に避け切る事も難しい。気を付けていた筈なのにまさかユグドラシルでは起こり得ないこんな間抜けな姿になるなど誰が予測できるだろうか。

 

 

「このままじゃヤベェぞ!!」

 

「な、何とかしないと……あ!」

 

 

モモンガに天啓が舞い降りて来た。今も文字通りに互いに足を引っ張りながら無様に攻撃を避けている最中、モモンガはイグヴァルジに声を掛けた。

 

 

「イグヴァルジさん!!良い方法が!!ある!!の!!ですがァ!!」

 

 

がむしゃらに動いて攻撃を避けて続ける為、言葉ご途切れ途切れになってしまう。

 

イグヴァルジは必死ながらも何とか返事を返す。

 

 

「なんとなく!!理解は!!してる!!が!!正直言って!!やりたくねぇ!!けど!!生き残るには!!仕方ねぇ!!」

 

「ありがとう!!ござい!!ます!!3分間だけ!!逃げ切れば!!あとは!!ーー」

 

 

猛攻の最中、モモンガはイグヴァルジにある事を伝える。イグヴァルジは心底嫌そうな顔をしながら「それは想定外だ」と不服そうにしている。しかし、今は非常事態。背に腹は変えられないと判断して全てモモンガに任せる事を伝えた。

 

 

「だーーもーーー!!!好きに!!しやがれぇ!!」

 

「分かり!!まし!!たぁ!!」

 

 

大振りの一撃を躱した2人は直ぐに立ち上がった。そして、この危機的状況において2人のその体勢は何とも奇妙なものだった。

 

2人は互いに肩を組んでいた。

 

 

「行くぞぉぉ!!3分だな!?」

 

「はい!!!」

 

 

トドメとばかりに触手が地面へ突き刺すと2人の周囲に『大樹の爪』が発生する。

 

それを2人は息を合わせながら走り抜けてこれらの攻撃をギリギリで躱した。これでも動き難いがさっきまでと比べればかなりマシだ。何とか息を合わせて足を動かし、触手の周りをグルグルと周りながら猛攻を避け続けた。

 

念の為に伝えておくが2人は真面目である。

 

しかしながら側から見ればその光景はふざけている様にしか見えない。でも真面目だ。

 

 

「うぉぉぉぉ!!!??前方に根っこの槍だ!!」

 

「跳びます!!」

 

「跳躍は任せたぞちくしょうォォォ!!!」

 

 

地面から飛び出てくる攻撃も飛び越えながら避けていく。その様はハードル走そのものであるがそんな事2人の知る由はない。

 

 

「まだかぁぁ!!??」

 

「あと10秒です!!」

 

 

《森の大成長》による弱体効果の一部が解除されるまであと少しのところで、跳び越えた先に大きな木の顎が現れた。

 

そのまま2人は木の顎に飲み込まれた……かに思われた瞬間ー

 

 

「《飛行》!!」

 

「うおぉ!?」

 

 

ギリギリで弱体効果の一部が解除された事で、モモンガは《飛行》を使い何とか攻撃を躱す事に成功。

 

 

「うわ……」

 

 

遠くからその様子を見守っていたブリタがどこか羨ましくもあり、見ていられない同情の眼差しで今の2人の体勢を眺めていた。何故ならー

 

 

「さて…これなら動きやすい」

 

「…とんだ醜態だ…畜生」

 

 

《飛行》で数十mはある触手よりも遥か上空にて滞空しているモモンガはイグヴァルジを片手に抱きかかえていた。イグヴァルジ自身も宙を浮いている状態ではモモンガに身を委ねるしか無く、足を引っ込めて小さくなり彼の首後ろに両腕を巻き付けて抱きついている状態だ。

 

 

(こんな姿絶対仲間たちに見せられねぇ……)

 

「あれ?どうしました?」

 

「なんでもねぇ……出来るならさっさと終わらせてくれ」

 

 

羞恥心のあまり考えるのをやめたイグヴァルジは無の境地…真顔で夜の寒空の上で何もない空間を見つめていた。

 

 

「ではそのまましっかり捕まっていて下さい」

 

「あぁ分かっ………え?」

 

「《完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)》」

 

「え?な?ぱ、ぱふぇ?……うぉあ!!??」

 

 

頭の整理がつく前に突然モモンガは急降下を始めた。いや、これは急降下というよりも落下に限りなく近い。恐らく《飛行》が発動してないのだとイグヴァルジは理解した。

 

《完璧なる戦士》は使用者のレベルをそっくりそのまま戦士レベルへと移行するもので人化状態のモモンガの戦士レベルは6だったのが残り85レベル分も戦士系へと移行した。つまり単純なパワーだけならば《完璧なる戦士》発動前よりも上がっている事になる。

その代わり魔法は一切使えなくなる為、ただ今モモンガとイグヴァルジは絶賛落下中なのである。

 

イグヴァルジが気を失っている事に気付かぬまま、モモンガは触手目掛け大剣を大きく振り上げた。片手はイグヴァルジを抱き抱えており塞がっている。その為、モモンガは片手で確実に触手を仕留める必要があった。

 

 

「《剣撃強化》!!」

 

 

《完璧なる戦士》による脳筋化に加えスキルによる強化を重ねていく。対する触手も上空から迫り来るモモンガに向け強烈な突き刺しを繰り出して来た。

 

最大にまで強化された急行落下からの大上段の一撃と巨大な槍の如き触手の先端が衝突する。激しい火花を散らした末に打ち勝ったのはー

 

 

「ぜやぁぁああああああああ!!!!!!」

 

 

モモンガの振り下ろした大上段の一撃が触手を見事な唐竹割りとなって斬り裂いた。触手のHPはギリギリ0(ゼロ)となり朽ち果てて倒れた。

 

最後の触手が倒れて大きな土煙りが周辺に巻き上がる中、モモンガはイグヴァルジを抱きかかえたまま悠然とした歩みで離れていたブリタの元へやって来た。

 

 

「怪我の方は大丈夫ですか?」

 

「………」

 

「ぶ、ブリタさん?」

 

「へ?……あっ!は、ハイ!!大丈夫です!!お、お陰様で!!って言うかそれよりも…!!モモンガさん凄いですよ!!あ、あんな化け物を倒すなんて!!」

 

 

あまりの凄さに一瞬惚けていたブリタはすぐに我に返ると興奮冷めやらぬ勢いでモモンガに詰め寄った。モモンガは「なんかぐだぐだですみませんでした」と謝っていたがどこに謝るところがあったのかブリタにはさっぱり理解出来なかった。

 

やはり彼は本物の英雄なのだと…冒険譚に出てくるような存在が今自分の目の前にいるのだと思うと、興奮と胸の高鳴りが止まらなかった。

 

その時、ふと思い出したようにイグヴァルジの方へ目を向ける。彼は泡を吹いて未だに気を失っていた。

 

 

「イグヴァルジさーん、起きてくださーい」

 

 

モモンガは身体を揺らすと漸くイグヴァルジは目を覚ました。

 

 

「んあ?………あれ?」  

 

「あ、起きましたか?終わりましたよ」

 

「え?終わ……あ、て、テメェ!いつまで俺を抱き抱えてんだ!!?」

 

 

イグヴァルジはモモンガの顔面(兜越し)に拳を叩きつける。

 

 

「いた」

 

「イッテェェェェ!!!」

 

 

勿論ダメージが入るのはイグヴァルジの方でモモンガはノーダメージだ。「いた」と言ったのは単なる反射である。

 

何はともあれ漸く羞恥心から解放されたイグヴァルジは安堵のため息を吐いた。そして、巨大な枯れ木となって横たわる例の化け物触手へ目を向ける。

 

 

(間違いなく人間が太刀打ちできるような相手じゃなかった……それをアイツはたった1人で…)

 

 

今度はモモンガへ目を向ける。

今回の依頼で彼の事が嫌と言うほど分かった気がした。

 

 

(これが英雄級の強さってやつか……俺が求めている存在の強さ……ハハ、まだまだ遠いって言うか、届く気がしねぇよ)

 

 

もう彼と張り合おうという気は微塵も起きない。苛立ちと気に食わなさはまだあるが悔しいと言う感情は不思議と消えていた。

 

自分は彼と出会う前から…何処か焦っていた様な気がした。それが余計に自分の格を小さくさせるとも知らずに…今はもうそれが下らない事なのだと割り切る事が出来た気がした。無理に背伸びしたって仕方がない。

自分に合ったやり方でやっていこう…改めてそう気付かされた…様な気がした。

 

 

「チッ……ありがとよ」

 

「え?何か言いました?」

 

「なんでもねー」

 

 

そこへ洞窟内に避難していたクラルグラのメンバーと鉄級チームが別の出入り口からやって来た。どうやら皆無事のようでホッとしたモモンガは改めてあの触手のバケモノを観察した。

 

 

(しっかし何なんだこいつ?…大して強くもない雑魚だけど明らかにこの世界では突出し過ぎる強さだった……ん?)

 

 

モモンガは触手の根本に生えてある少し奇妙な苔に近い植物が目に入った。何となしで鑑定をしてみると驚くべき事が判明した。

 

 

(『モーリュの薬草』?…聞いた事ないな。効果は…はぁ?!最上級治療薬(エクス・ヒーリング

ポーション)とほぼ同じ効果だとぉ!?)

 

 

まさかの超希少薬草植物だった。

量は多くないがこのまま放っておいてもいずれは触手と共に枯れ果てるのがオチだ。そんなもったい事を超が付くほどのアイテムコレクターであるモモンガが許すはずがない。

 

早速モモンガは採取能力を持つ低位の使役アンデッドを召喚し薬草を採取した。

 

 

(よし。これを拠点へ持って行って栽培可能かどうか試してみたい!)

 

 

新しい楽しみが増えてワクワクするモモンガだったが、ふとイグヴァルジ達の方へ顔を向けた。

 

 

(…なにかとイグヴァルジさんには迷惑かけてし、教わってこともあるしな。よし!)

 

 

モモンガは先ほど手に入れたモーリュの薬草をイグヴァルジへと手渡した。彼は「何だこれ?」と突然渡された苔に困惑していたが、仲間の1人が《道具鑑定》を発動させると目が飛び出すくらいに驚いた。

 

 

「おいおい!コレって…!名前とかは分からねぇが所謂『万能薬』ってヤツだぞオイ!!」

 

「「何ィィィ!!!???」」

 

 

その場にいる全員が驚愕し一斉に薬草へ釘付けになる。この世界では下級治療薬(マイナー・ヒーリングポーション)を『神の血』なんて呼ぶくらいだ。最上級治療薬とほぼ同じ効能を持つ薬草なんて見つけたら歴史に大きく名前が残るのではないだろうか。

そんな事を考えながら視線を向けていると、何か気付いたのか皆が一斉にモモンガに顔を向け始めた。何事かとモモンガは首を傾げる。

 

 

「お前コレ…スゲェ薬草、なんてレベルじゃ収まらねぇシロモノだぞ?それを『あげます』なんて、お前…コレが何なのか分かって渡したって事なのか?」

 

「俺ら何もしてねぇのによ…」

 

「なんか…悪ぃよ」

 

 

何を言いたいのか良く分からなかったがつまり「お前の手柄なのに何で俺たちに?」と言う感情が込められている事に気づいた。モモンガとしては別に問題は無い。ぶっちゃけて言えば自分用はすでに取っておいてあるのだ。

 

 

「勿論ですよ。イグヴァルジさん達には色々と世話になりましたから。どうぞ受け取ってください」

 

 

あまり納得はしていない様だが渋々イグヴァルジ達は了承してくれた。意外と義理堅い事には驚いたが益々彼らが好きになった。

 

 

「さて…んじゃあ帰る、にしてもあのバケモノのせいで荷馬車吹き飛んじまったし…拘束してる傭兵団どうするよ?」

 

 

あの触手のせいで忘れていたがそれこそが彼らの本来の目的だ。傭兵団を討伐、とは言っても殆どモモンガが殺さずに壊滅させたので生け捕り追加報酬は確実なのだが移動手段に困ってしまった。そもそも全員生捕りにするとは思っても見なかった為、10人前後のモモンガ達に50人以上の傭兵団を運ぶのは不可能だ。

 

皆が頭を悩ませる中、モモンガが「じゃあ」と提案してきた。

 

 

「私が《転移門》を開くのでそこへ直接エ・ランテルまで運びましょう」

 

「「は?」」

 

 

彼は今何と言ったのか…その意味が分からず皆無言で互いに顔を見合せた。

 

すると突如としてモモンガの目の前に暗黒の楕円形の空間が出現した。その光景に空いた口が塞がらないほどに驚愕する一同をよそにモモンガが洞窟から運んできた拘束され気絶している傭兵達を次々と楕円形の空間の中へと放り投げていく。

 

全員を放り込むまでの間、誰一人口を開く事なく黙ってその当たり前のような作業を見つめ続けた。

 

 

「さてこれで全員ですね!」

 

 

手をパンパンと叩き払い満足気なモモンガ。しかし「何か忘れているような」と考え込むでいると、漸くイグヴァルジ達がモモンガに一言声を掛けた。

 

 

「今の何だ?…アレとんでもない魔法じゃないのか?」

 

「え?何が……あ」

 

 

うっかりモモンガ発動。

一仕事終えた安堵感から自分が第3位階魔法まで扱える魔法戦士という設定を忘れ、普通に第9位階魔法の《転移門》を使ってしまった。

 

 

「おい!!アレはどういうー」

 

「《時間停止(タイムストップ)》」

 

 

モモンガは世界の時を止めた。

そしてー

 

 

「《記憶操作(コントロール・アムネジア)》」

 

 

皆の記憶を操作し今見たことは全て忘れさせる事にした。人は本気で追い詰めれられると意外と冷静な判断が出来るものだと我ながら関心したそうな。ただし、激しく魔力を消費した為、触手戦以上の疲労感を味わう事となってしまった。

 

ちなみにそのまま皆も《転移門》を使いエ・ランテルまで一気に移動。傭兵団は『頑張って運んだ』という事にした。

色々と無理はあるのは承知の上だが力づくで押し倒せば意外と何とかなるものだった。

 

何とか皆納得しモモンガはこの危機的状況を乗り切る事が出来たのだ。

 

 

 

ーーーーー

時は少し遡り。

モモンガが最後の触手にトドメの一撃を与えた時、遠くからその一部始終を眺めていた1人の男。

精神的にも肉体的にも完膚なきまでに叩きのめされた『死を撒く剣団』の用心棒、ブレイン・アングラウスは愕然としていた。

 

 

「何だよ……何なんだよアイツは」

 

 

単純な強さ云々の領域じゃない…もっと別格な、違う次元の域だ。あの触手のバケモノすら、一本たりともブレインは満足に相手をする事は出来ないだろう。そんな規格外の化け物を更に上のバケモノが全て一撃のうちに仕留めている。

 

何となく違和感を覚える自身の愛刀を大事そうに抱えながらブレインは震えた。

 

自身の地の滲む努力と鍛錬がたった一夜でここまで否定され、嘲られる事になろうとは思わなかった。

 

 

逃げたいー

 

現実から目を背けたいー

 

 

そんな一心でブレインはその場から走り去った。

 

 

 

ーーーーーー

モモンガ達が居なくなってから1時間後。

3本の触手と激突を繰り広げていた場所に12人の人影がいた。

 

 

「確かなのか?『占星千里』」

 

 

仮面を被り、上質な金属糸が編み込まれた全身鎧を纏う人物が問いかける。

その声も男性なのか女性なのか、はたまた若人なのか老人なのかも分からない事から、その被っている仮面が魔法の仮面である事が分かる。

 

だが、声を掛けられた『占星千里』なる女性も中々変わった格好をしている。その格好はリアルで言う女子高生の制服に似た姿をしており、この世界ではあまりに奇妙で不釣り合い。

 

そしてそれは彼女だけでは無い。

12人全員がそれぞれ違った武装を整えている。形状に遊びがあるようなその武装は少なくとも伝説級(リジェンド)以上のチカラを秘めている。

 

 

「んーー……やっぱり間違い無いっぽいよ。デカい反応が4つあったけど3つは消えて、残りの1つも直ぐに消えた。いや、最初の3つは倒されて消えたって感じかな?残りの1つは倒されたと言うより突然消えた(・・・・・)

 

「この形跡から察するに……やはりアレが復活を」

 

「どうします、隊長?」

 

 

可愛らしいキーホルダーをつけた携帯端末機の様な物の画面を見ながら答える『占星千里』の言葉に、隊長と呼ばれる仮面を付けた長髪の人間は顎に手を当てて考える。

 

 

「ふむ……任務は一時中断。『占星千里』は本国へ報告。カイレ様もそれでよろしいでしょうか?」

 

「…致し方あるまい」

 

 

龍が空へ飛び立っていく姿が黄金の糸で描かれた白銀のチャイナドレスを着た高齢で皺だらけの老婆…カイレという人物は静かに頷いた。

 

 

(しかしこの形跡…あの干からびた亡骸も蘇った破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)の一部である可能性が高い。そして、そいつらをたった1人で相手取る謎の強者も……もしや『神人』?)

 

 

カイレは触手の亡骸を眺めながら妙な胸騒ぎを覚えた。

 

 

「これは新たな厄介事が増えるやも知れぬな」

 

 

やれやれと溜息を吐きたくなる。

 

裏切り者の元隊員、土の神殿で起きた爆発事件に土巫女と神官多数の死亡、陽光聖典のガゼフ・ストロノーフ暗殺任務の失敗…加えて破滅の竜王の復活予兆。

そこにまた新たな神人の出現ともなれば大変などと言える状況では無い。

 

 

(裏切り者は風花聖典が目下捜索中、見つけるのも時間の問題じゃろう。土の神殿で起きた悲惨な爆発事故は原因を見つけ、新たな巫女候補と神殿の再建までは他の神殿の力を借り受けるしかあるまい。陽光聖典は今ごろ王国貴族のパイプを使えば直ぐにでも釈放は出来る…任務失敗の経緯を詳しく聞き出させねば。そして、この破滅の竜王の一部の復活…だがそれを打ち破った謎の強者……『善』の存在である事を願いたいが…)

 

 

先ず情報が足りない。

そいつが本当に人間の為に行動出来る存在とは限らない。もし人間に悪意を向ける存在であるならばそれなりの手段を取る必要がある。あの亡骸と化したバケモノを斃すほどなのだ。間違いなく漆黒聖典案件の任務となるだろう。

 

 

(最悪は法国の最秘宝を使うしかるまい…だが出来ることならば良い関係を築き、欲を言えば漆黒聖典の新たな一員として迎え入れたいものだが…)

 

 

カイレはある人物の姿を思い浮かべた。

そして頭痛がしてくる。これはストレスよる頭痛だ。アレは法国の切り札であるが同時に悩みのタネでもある。

 

もしその人物が我らの仲間となり得るのなら嫌でもアレと会わせる必要がある。だが一部とはいえ破滅の竜王を1人で斃すほどとなればアレが黙っているとは思えない。

 

カイレは目頭を押さえた。

 

正直想像したくは無いが、間違いなくアレは「戦いたい」と言うだろう。勿論そんな事認められるわけないが、その後の癇癪が面倒だ。

 

 

(もしくは『ぷれいやー』?…いや、それはあり得ぬか。もしそうだとすれば今ごろ、評議国のツァインドルクスが黙っておるまい)

 

 

カイレは空を仰ぎながら自らが信仰する神に人間と平穏を祈った。

 

 

ーーーー

組合へ事の端末を説明したモモンガ達一行は慌てふためく組合長と組合員がバタバタする中、「詳しくは後日聞くから都市から出ないように!」と言われ放置されていた。

 

とりあえず「お疲れ様」と労いの意味を込めた飲み会を酒場でやろうとしてのだが、鉄級チームはブリタ以外ヘトヘトな状態のため宿屋で一休みする事になった。またクラルグラとモモンガ達はそのまま飲み屋へ直行。

 

今回の任務の出来事やその他諸々の他愛無い会話を入れながら賑やかなひと時を過ごした。

 

昼間から飲み明かしていた一行は夜に解散。

 

だがそこで問題発生。

 

イグヴァルジ以外のクラルグラのメンバー達がモモンガの傍から離れようとしなかったのだ。苛立つイグヴァルジに困り果てるモモンガ。酔っ払いと化したメンバー達はモモンガにしがみ付きながら口早にこう言った。

 

 

「「モモンガぁぁぁ!!!俺たちの仲間になってくれぇぇぇぇ!!!」」

 

 

皆が涙を流しながら必死に懇願して来た。

何故こうなったのか……その原因は他ならぬモモンガの性格にある。

 

モモンガは自らの意思を伝える事を無意識に抑えるくらいの聞き上手なのだ。クラルグラのメンバー達の日頃溜まった鬱憤や愚痴をモモンガは真摯に受け止め、傾聴、同調して静かに聞いてくれていた。

 

その大海の如き懐の深さもデカさに親の温もりに似た何かを感じ取ったメンバー。

 

そして今に至る。

 

 

「あーそのぉ……気持ちは嬉しいですけど…」

 

「テメェらいい加減にしやがれ!!行くぞ!!」

 

「「いやダァァァ〜〜!!!!!」」

 

 

たった1人で泣きじゃくるメンバー全員を引き摺り連れて行くイグヴァルジ。モモンガが「さようなら」と声を掛けようとする前にイグヴァルジは振り返った。

 

 

「そのぉ…アレだ…ま、またな」

 

「ッ!?……は、はい!また!」

 

 

少し照れ臭そうにそう言い残すと彼は逃げるようにその場からいなくなった。

モモンガは心がポカポカする気持ちになった。エンリやハムスケ達とは違うこの感じ…とても新鮮だった。

 

 

「さてと…」

 

 

あまり見ていない都市の中でも観光するかと上機嫌で歩いていると、視界の端に見たことのある女性が酒場に入るのを見つけた。

 

 

「アレは…ブリタさん?」

 

 

そう。ともに任務こなした仲間である鉄級の冒険者チームの紅一点。そういえばまだ彼女とまともに話した事がない。一度ちゃんと話した方が良いと思いモモンガは足早に彼女が入った酒場へと向かって行った。

 

 

ーーーー

 

「ったく…柄にもなくあんな事言っちまったな…」

 

 

イグヴァルジは仲間を引き摺りながら街の夜道を歩いていると、仲間の1人が「イグヴァルジィィ〜」と酔いながら声を掛けて来た。最初こそ無視していたイグヴァルジだがそいつが何かを手に握っている事に気付いた。

 

 

「ん?オイそれ何持ってるんだ?」

 

「へぇ〜〜?」

 

「チッ…ほれ見してみろ」

 

 

イグヴァルジは手を開かせて持っているモノを見つめた。そして、驚いた。

 

 

「んな!?お前なんて事を…!!…はぁ〜ったく、返しに行くしかねぇか…酒の席で思わず掴み取りやがったな…」

 

 

ガクッと肩を落としてイグヴァルジはそう呟いた。彼の手にあったのはモモンガの指輪…

『淫夢魔の呪印』だった。




次はR-18を入れていく予定です

少し短めになるかも知れませんが何卒ご容赦を

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