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魔導具師ダリヤはうつむかない 作者:甘岸久弥
309/309

308.冬祭りのプレゼント

(すみません! 寝落ちで遅れました)

 馬車に温熱器が入るほどに寒い日、道を行き交う人は厚手の上着と共に、手袋やマフラーを身に付けている。

 曇った空の下、ダリヤは機嫌よく馬車に揺られていた。


 救護院に手紙を届けた夕方、イヴァーノの友人である大工がすぐ確認に行ったという。

 屋根の傷んでいる部分は交換が必要なので、見積もりに近い値段にはなるが、雨が降り込まないようにするのはすぐできたそうだ。

 院長先生に許可を取り、翌日には処置を終えたとのことだった。


 そして昨日、院長先生であるモルテード子爵から丁寧な礼状が届いた。

 盾を模した見事な紋章入りの封蝋にちょっと緊張したが、『これで安心して冬を迎えられます』という一文に、本当にほっとした。


 いろいろと気になって、ついメーナに救護院のことを尋ねてしまったが、食事も衣服もきちんと支給があるそうだ。

 モルテード子爵が一緒に住んでおり、礼儀と教育に厳しいので、子供達は就職先に困ることもないのだという。

 メーナが実家を自慢するように教えてくれ、さらに安堵した。


 馬車の速度が落ち、王城の白い石造りの建物群が見えてくる。

 ダリヤはゆるんでいた表情かおを正し、座席に座り直した。

 本日は王城、今年最後の魔物討伐部隊棟での打ち合わせ――名目はそれだが、実際は仕事納めの簡単な挨拶だそうだ。


 イヴァーノは本日、書類を確認しつつ、服飾ギルドの使者を前に手紙の返事を書いていた。

 同行しますかと聞かれたが断った。これ以上、彼の忙しさに輪をかけたくはない。

 幸い、帰りはヴォルフが送ってくれるというので、メーナには戻ってイヴァーノの手伝いをしてもらうことにした。


 マルチェラはスカルファロット家で、ベルニージから土魔法を教わっている。

 生まれてくる双子は、すでに強い土魔法持ちなのがわかっている。

 父親であるマルチェラが土魔法の制御を覚え、いざというときに備えるためだそうだ。

 幸い、あの二人は気が合いそうなので、心配はしていない。


 馬車の停まり場から通路を通り、途中の部屋で本人確認と持ち物検査を受ける。

 今まで何度もくり返しているが、やはりここが王城なのだと緊張する。

 その緊張感の中、部屋を出る際に、黒に銀の縁取りのローブを羽織った。

 裏に五つの魔法陣が縫い込まれたそれは、魔物討伐部隊相談役のあかしである。

 正直、まだ着慣れておらず、ちょっと落ち着かない。


「お待たせしました、ヴォルフ、ヨナス先生」

「いや、全然待ってないよ。ようこそ、ダリヤ」

「ごきげんよう、ダリヤ先生、本日もよろしくお願い致します」


 許可を得た者が通れる通路の先、すでにヴォルフとヨナスが待っていた。

 騎士服のヴォルフと、濃灰の三つ揃えに、自分と同じ相談役のローブを羽織ったヨナスと共に、魔物討伐部隊棟に向かう。


 馬車の中、ダリヤはついヨナスの顔色を確認してしまった。

 血色が悪いとは思えぬが、どうにも気にかかる。


「ヨナス先生、お二人ともお風邪をめされたと伺いましたが、お加減はいかがでしょうか?」

「……問題ございません、完治しております」


 一拍、間があった。

 グイードに氷蜘蛛アイススパイダー短杖スタッフを、ヨナスに魔剣闇夜斬りを納品した翌日、二人がそろって風邪をひいて寝込んだと聞いている。


 ヴォルフは心配いらないと言っていたが、風邪っぽく、疲れていたところに短杖スタッフと剣を渡してしまったのではないか、確認で魔力を入れたため、疲れで風邪が悪化したのではないか、そう思えて気がかりだった。


 続く言葉はなく、軽く咳をして濁された。まだ本当は喉が辛いのかもしれない。

 横に座るヴォルフが、同じく咳をした。もしかしたらうつったのだろうか?


「ヴォルフ、風邪ですか?」

「いや、違う……ちょっと、むせただけ……」

「この時期は風邪が流行はやりますから、気をつけてください」


 前世も今世も、冬になると風邪が増える。

 特に今世で怖いのは、『流行はやり風邪』、前世のインフルエンザに近いと思えるものだ。

 数年に一度流行し、死者も出ることがある。


 よく効く薬があり、かかり始めに飲めばよく効くという。

 だが、風邪と流行はやり風邪の違いがわからない、薬がそれなりにお高い、薬の有効期限が短いなどから、流通が完全ではないのが現状だ。


「ダリヤ先生、馬車の中で恐縮ですが、こちらをお受け取りください」


 不意に、ヨナスに白い封筒を渡された。

 封のされていないそれを勧めにしたがって開けると、月毎に二種類のワインの銘柄が並んでいた。


「グイード様と私からのお礼で、家にストックしてあるワインです。一度にお送りすると場所を取りますし、銘柄に合う季節もございますので、ヴォルフ様に運んで頂こうかと――頼めるな、ヴォルフ?」

「もちろんです、ヨナス先生!」


 語尾を呼び捨てに切り換えて言った彼に、ヴォルフが笑顔で答える。


「これでは足りぬかと思いますが、『冬祭りのプレゼント』として、どうぞお二人でお楽しみ頂けますよう」

「あ、ありがとうございます」


 断る間もなく受け取りが決まってしまった。

 ワインの名を見ても一つしか知らない。それもヴォルフが持って来たもので値段がわからない。

 後で酒の販売所で値段を確認しておこう、ダリヤは内でそう決めた。


 ・・・・・・・


 魔物討伐部隊棟の大会議室では、隊長であるグラート、副隊長のグリゼルダをはじめ、多くの隊員がそろっていた。

 中央にいくつか並んだテーブルの上、赤と白のワイン、そしてオレンジジュースに炭酸水が並んでいる。

 全員が立ったまま、それぞれ好みのものでグラスを満たした。


 片手に渡されるのは、薄切りの小さな白パン、上にチーズがのっている。

 一つのパンを参加人数で割り、上にチーズを乗せたものを分けて食べる――それで親睦を深める、そして仲間であるという意味合いがあるそうだ。

 この人数なので、おそらく同じ釜で焼いたパンだろうが、隊の一員になれたようで、ちょっぴりうれしかった。


「毎年のくり返しになるが――来年も戦えることに感謝を、旅立った者へ感謝を、応援者に感謝を! オルディネ王国に栄えあれ、乾杯!」

「「乾杯!」」

「栄えあれ!」


 グラートに続き、口々に声を出し、全員で乾杯する。

 そこからは歓談となった。

 倒した魔物の話、活躍した者の話、武器の話――魔物討伐部隊ならではの話題を明るい声で話している。

 森大蛇フォレストラスネイク大猪ビッグワイルドボア、首長大鳥のおいしさの話も聞こえるが、そっとしておくことにする。


「本日の『反省会』に、ジルドも呼ぼうと思ったのだが、この時期、財務部は戦場でな……」


 ダリヤの横に来たグラートが、苦笑しつつ言った。

 王城も年末決算があるのだ、当然だろう。

 その上、王城関連の寄付もあるのだから、大変忙しいに違いない。


「今は一番お忙しい時期ではないでしょうか」

「昨年よりはだいぶ良いとか。財務部はポーションで乾杯しているそうですよ」


 青い目をゆるませた副隊長の冗談に、周囲から笑いがこぼれた。

 それを見計らったかのように、グリゼルダは話を続ける。


「さて、魔物討伐部隊相談役のお二人には、今年、大変にお世話になりました。隊で相談し、お二人に冬祭りのプレゼントをお送りしようと決めました」

「え?」

「は?」


 突然の話に、ヨナスと二人、つい声が出た。

 思わず向かいのヴォルフを見れば、大変いい笑顔でこちらを見ていた。すでに知っていたらしい。


「ロセッティ先生は、東ノ国(あずまのくに)の調味料を好まれるとのことですので、その目録を、ヨナス先生は牛肉がお好きとのことでそちらを。ご希望のときに随時、店より届けさせる形にしております。どうぞお納めください」

「ありがとうございます……」

「ありがたくお受け取り致します」


 ヨナスと共に一礼し、礼をのべて白封筒を受け取る。

 ダリヤは本日二通目の白封筒だ。

 目録には、味噌に醤油。そして、酒塩さけじお、辛油、魚卵味噌、キノコ粉など、見たことのない調味料が並ぶ。

 大変に興味深い。つい笑顔になってしまった。


 ヨナスはどうだろうと見れば、目録を見て固まっている。

 どうしたのだろうと思ったら、目録をそっと傾けて見せてくれた。

 牛、牛、牛……並ぶ文字はひたすらそれだけで、横に希望部位を書くためのらんがある。

 牛どこでも食べ放題らしい。


 豚肉や鶏肉の選択肢はないのかと思いかけ、ヨナスが生に近い肉を好むのを思い出した。

 おそらくは、ヴォルフが指定してくれたのだろう。


「ありがとうございます。満足するまで食べられそうです」


 笑んで返したヨナスに、グリゼルダは満足そうにうなずく。


「お二人とも、足りない場合はご遠慮なくおっしゃってください。来年も大変お世話になる予定ですから」


 来年は今年よりも頑張ろう、そしてさらに隊に貢献できるようにしよう――そう思いつつ、ダリヤは目録をそっと封筒に戻した。


 本日歓談した後は、半数が休み、半数が急な魔物討伐に備えて待機だという。

 このまま飲みに行く者、王都の外の家に帰る者もあるそうだ。前世の仕事納めと似ているらしい。


 部屋の人数が半分ほどになったとき、グラートが赤ワインの新しいグラスを渡してくれた。


「ロセッティ、今年はいろいろと世話になった。それと――多大な気遣いにも感謝する」


 声をひそめ、寄付の礼をのべられた。

 ダリヤは無言で笑顔を返すだけにする。これはオズヴァルドに教わった。

 寄付をした先には基本、何も言わぬのが貴族の優雅さというものらしい。

 教わっていなかったら、礼をのべられた時点であわてていただろう。


「来年は遠征に八本脚馬スレイプニルと遠距離攻撃用の魔弓を増やす予定だ。それと、ワイバーンの鎧を改良して、赤鎧スカーレットアーマーに着せられないかも検討中だ」


 声を戻したグラートが、そう言って笑った。

 輸送力に遠距離攻撃、そして赤鎧スカーレットアーマーの安全、それらすべてが向上するなら、隊員達も少しは楽になるかもしれない。そうであってほしいと思う。


「いつか、隊全員でワイバーン鎧になればいいですね!」


 そう言ったのは若い緑髪の隊員である。

 着ぐるみのようなワイバーンの鎧を思い出し、魔物討伐部隊員全員が着たところを想像し――大変にインパクトがありそうだ。

 魔物は見ただけで逃げてくれるかもしれない。

 ワイバーンは寄ってくるのかもしれないが。


「ヨナス先生、今度はぜひ攻撃力のある槍をお願いします!」

「いや、それならば剣にさらなる威力を!」

「待て、弓のさらなる改良が先だ!」

「弓騎士はもう魔弓があるのだから、いいだろう!」


 ヨナスが隊員達に囲まれたが、それなりに楽しげに話を聞いている。

 流石、貴族男子の余裕である。


 そろり、隊員達に囲まれぬ内に壁際にくれば、ヴォルフが赤ワインの瓶を持って隣に来てくれた。

 幸い、他の隊員達は歓談に夢中でこちらに近寄ってくることはない。


「冬祭りのプレゼントが増えたね、ダリヤ」


 相談役二人のプレゼントを選んだであろう彼が、黄金の目を細めて笑う。

 一番先にもらった冬祭りのプレゼントは、今、耳につけている雪の結晶のイヤリングなのだが――それを口にするのはどうにもためらわれた。


「ありがたいです。来年はもっといい魔導具を作ろうと思います。それと来年は……」


 ヴォルフと会ったのは春の終わり。来年は今年よりもっと一緒にいられることを願って――

 グイードから贈られるワインに、隊からの調味料の目録が、脳裏をよぎる。


「今年よりたくさん飲みましょう!」

「ああ、もちろん! 楽しみだ!」


 耳をそばだてていた者達が深く肩を落としたのを、二人が気づくことはなかった。

ご感想・メッセージをありがとうございます! 大変にうれしく、ありがたく読ませて頂いております。ご指摘の別視点も参考にさせて頂いております。

ご返信が難しい状態で恐縮ですが、ご感想欄で書きづらい場合は、メッセージ、Twitterもございますので、よろしければご利用ください。そちらでもありがたく拝読致します。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

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