OVERLORD -the gold in the darkness- 作:裁縫箱
二重の意味で謝罪します。
一つは、遅刻してしまったこと。
そしてもう一つは時系列がぐちゃぐちゃになっていることです。
今回の話は、前回投稿したものの前。前々回の直後の話ですので、そのつもりで読んでください。
『ユグドラシル』というゲームのシステムは、一言で言って複雑だ。
九つの広大なマップ。
豊富な職業及び種族。
多種多彩な魔法。
効果の幅が広い特殊技術。
潤沢な資源。
無数のモンスター。
いくらでも弄れる外装。
統一されていない元ネタ。
あらゆる分野においてのデータ量が当時の最高クラスであり、また、あらゆる分野においてプレイヤーは、運営の親切心から情報不足だった。
不幸にも、ダンジョンの難易度が偽装され、ギルドが壊滅しかかるようなことも、可能性が低いとはいえ、有り得る話なのだ。
しかし、通常であればユーザーはそこで早々にゲームに見切りをつけるだろう。彼らからすれば自分の好きに使える時間で、なぜわざわざまともな説明もないイカレたゲームをする必要があるだろうかという話だ。
ただでさえ荒廃した世界。その過酷な環境で生活する人々に、不出来な娯楽を楽しむような器の広さはない。そういうイカレたゲーム(つまりはクソゲー)を好む変態たちもいないわけではないが、彼らはもともと器の形が一般のものから逸脱しているので、例外だ。
大半の人間は、もっと楽しい、やりがいのあるゲームに移るだろう。何もこの世にゲームが一つしかないというわけではないのだから。
だが、そこで『ユグドラシル』というゲームは見捨てられなかった。
誰よりも厳しい目で、残酷に判定を下すユーザーたちの心を捉え、人気を伸ばしていったのだ。
ではなぜ、その不親切な仕組みが受け入れられたのか。
理由は色々と考えられるだろうが、彼が考えついたのは三つ。
一つは、単純にデータ量が膨大であり、ゲームとしてのクオリティが高かったから。
前述したとおり、『ユグドラシル』にはただ単に戦闘だけを行う従来のDMMO-RPGとは一線を画した、様々な要素が含まれている。
九つの世界を巡る探求や、オリジナリティー溢れるアイテムの製作。オンリーワンのアバター。仲間との交流や、システムを利用した頭脳戦。自分の理想を体現させることのできるNPC、ギルドホーム。
悠々自適にロールプレイを楽しめる土台が用意されており、より多くのプレイヤーに受け入れられやすかったのは確かだろう。
二つ目は、2100年代という受難の時代で求められていた、『自由』という言葉が、『ユグドラシル』のテーマであり、またそれを実現していたから。
知識を制限され、社会という大きな機械を回すための歯車としてだけの機能しか期待されていなかった時代。そんな中でこのゲームは、人々が持て余していた『好奇心』を見事に満足させる効果があった。(むしろ、満足させるために用意したというのが真相なのかもしれないが。)
そして最後の理由。それはーーーー。
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冷ややかな空気が、流れている。
死者の匂い、感覚。
この空間には、そういった生者の芯を脅かす、影のような何かが、潜んでいた。
彼は、背後の黒鎧に向けて、顔を正面に向けたまま、声を発す。
「アルベド。君は世界級アイテムについてどの程度の知識を持っている?」
主君の問いに間髪を入れず、黒鎧は答える。
「ハッ。私が知っているのは、かつて世界級アイテムを得るために至高の御方々が幾つもの難行をこなしたこと。ナザリック内に複数存在し、それらのうち一つの携帯を私が許されていること。そしてその力が、あらゆる魔法や特殊技術を超越した、まさしく最高の頂きに位置していること、程度で御座います。」
「じゃあ、少しだけ解説をいれよう。」
転移してから一年以上経ってはいるが、彼が敢えてNPCたちに与える情報を制限していたため、彼らの知識は、ゲーム時代から更新されていないと考えられる。NPC間での情報共有は行っていたと報告を受けているので、一人ひとりの知識量は総合的に増えてはいるが、大したことではない。そもそも拠点から動くことのできなかった彼らではどう足掻いたところでプレイヤーの持つ情報には及ばないのだから。
「世界級アイテムの数は全部で200。実際に僕が確認できたのは、そのうちの四分の一程度だから、本当に200個あるのかは分からないけど、そう伝わっている。」
解説を始めた彼の足元が黒く蠢く。光の届かない地の中で、闇に区別などつくはずがないのだが、何故だかはっきりと、その影は人の怖気を誘った。
しかし、自分の変化には触れず、彼は話を続ける。
「効果はものによって様々で、一つのアイテムが保有する効果の数にもばらつきがある。ただ、そのうちのほぼ全てに共通する効果が一つだけあってね。」
影が無数の棚に向かって触手のように伸びていき、収納されている妊婦たちを一人残らず覆っていく。
「世界級アイテムの効果には、世界級アイテム及び世界を冠する職業をもってしか、抵抗ができない。それら以外のありとあらゆるアイテムや、魔法、特殊技術を、悉く無視して、世界級アイテムの効果は発動してしまうんだ。バランスブレイカーもいいところだよ、まったく。」
全ての妊婦たちが影に覆われたことを確認し、彼は振り向く。愉し気な表情だ。
「さて、ここで問題だ。もしナザリックの周囲で起こった不可思議な現象が、世界級アイテムによるものであった場合、そこに向けて更に別の世界級アイテムを行使した場合、何が起こると思う?」
「.....それはーーー。」
ナザリックの内部で、異変の前兆や痕跡は発見されていなかった。幾つかシステムの仕様に変化があったり、NPCたちの設定が性格として反映される際のちょっとした食い違いなどがあるにはあったが、それは無理があった内容を補うためのものと思えば、まだ納得できる。
だが、そもそもの問題として、何故こんな事が起きたのか?
彼の知っている範囲では、到底ありえないような完全に自立したAIが、秘密裏に開発されていたのだろうか?
仮想世界に五感まで持ち込むような、常識のないゲームでも始まったのか?
そして自分は何故なにも説明されずに、こんな不可解な世界に飛ばされているのか?
もし仮に、これが彼のいた現実世界の人間の仕業だとしたら、一体そいつに何のメリットがある?
全ての問いに答えてくれるような親切な神様は、彼の周りに存在しない。
ならば、自分で一つずつ検証していくしかないだろう。
今から行おうとしているのも、検証の一つ。
一体どこまで『ユグドラシル』のシステムがこのおかしな世界に通用するのか。それを探るために、今から彼は世界を歪める。
「僕を経由して、アインズ・ウール・ゴウンが所有する世界級アイテムのうち、一つを起動させる。対象は、僕の影と繋がっている彼女たちだ。僕の知識が正しかったら、きっと何事もなく効果は表れる。ただ、そうでないならば.......色々と面白いことになるとおもうよ。」
己の中にある、世界級アイテムとの繋がりを介して、自分に力を移すよう指示。
その瞬間、何かが急激に吸いだされるような感覚が彼を襲い、続いて吸いだされたものよりも遥かに熱を帯びた、膨大なエネルギーが流れ込んでくる。
その力は、彼の体内には収まりきらず、深紅の炎として吹き上がった。炎が何かを燃やしているようなことはないが、彼の羽織っているマントが炎と共に揺れる。
傍で見ていたアルベドが、100レベルNPCが、気圧されるほどの力。
血のような生々しさも、溶岩のような粘度も感じさせない、本当に純粋な、紅い色。
思わず見惚れてしまうような、神秘的な光が、彼から発せられている。
「【神格権能・擬神の加護】」
十分な力が溜まったと判断した彼は、手をかざし、言葉を紡ぐ。
彼の中の権能は、その言葉と意思に従い、発動される。
紅い炎が影を伝って人間たちに注がれ、一瞬の後に消えた。
先ほどの輝きが嘘のように、地下の穴倉は、再び静寂と闇に包まれた。
アルベドが、黙ったまま立ち尽くしている主人を窺うように、声をかける。
「.....■■■■様?」
主人の横顔は、どこか遠いところを、何処でもないところを見ているようにアルベドには思えた。
何処かで見た顔だと記憶を探り、そして、背筋に嫌な汗が流れる。
今の主人の顔は、かつて自室に閉じこもったときに見せたものと、同じだ。まるで、何かから解放されたような、そんな期待が、一見表情のない顔に見え隠れしている。
不安を覚えたアルベドは、更に言葉を続けようとして、その前に言葉を口の中で留めた。
主人の意識が、此方に戻ってきたと、鋭敏な観察眼で捉えたのだ。
いつもの笑みを浮かべた主人が、アルベドに視線を向ける。
「やあ。ちょっと思っていた以上に、すごい感覚だったから、驚いたよ。」
その言葉には嘘がないだろうと、アルベドの洞察力は察知した。しかし、それが全てではないだろうということも、分かる。主人が言ったのは、事実のほんの一部分だ。
興味はある。仕えるものとして知っておくべきだとも思う。
だがーーー、主人が隠すと決めていることに踏み込むこともまた、臣下である彼女にはできない。
心中の疑問を押し殺し、アルベドはただ、頷いた。
彼は頭を下げる配下に少しの間だけ視線を置き、また視線を棚へと戻した。
「加護で身体的欠損や疲労は無くしたから、彼女らも、もう動かして大丈夫かな。
.......八肢刀の暗殺蟲、大至急洞窟の周りにいるシモベに、僕の指示を伝えるように。まず、洞窟内の死体はすべてナザリックへと回収。続いて人間たちを僕が赴いた集落まで運搬。さらに、他の集落の人間たちも同様の場所へ運んでおくこと。」
再度の呼び出しに、異形たちは姿を現し、主人の指示を傾聴する。
「人間たちは大分脆いから、慎重に扱えとも、言っておくべきかな。以上だ。」
「「「ハッ。」」」
一斉に闇へ溶け込み去っていく配下たち。
「さて、僕たちはもう少しこの洞窟を探検しようか。ないとは思うけど、生き残りや未知の技術があったら面倒だからね。」
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柔らかな感覚だ。自分という個体が、周りの空間と同化したような、そんな感覚を、子供は味わっていた。
不思議な空間。何もかもが混ざり合って、光も闇もなく、ただ全てが、そこにある。
子供の知識ではないが、ちょうど神話などで始原の世界とされる、何も実態を持たない、そんな空間が、そこにはあった。
そこは、一つの世界として完結していて、喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみもない。
感情という雑念は拭い取られ、全てが一として、ただ存在し続ける。
ある意味では、争いのない『理想の世界』だといえるだろう。
戦禍を憎み、消し去ることを望む夢想家たちが考える、『理想の世界』。
人が人である限り叶えられない、幻想だ。
子供もまた、そんな世界に囚われかねない人間だった。
自分という存在に価値を見出さない人間は、そういった、『自分という概念の消失』はむしろ、願ってもない『幸福』だと考えてしまう。
だがきっと、そんな世界には『幸福』など存在しない。『不幸』がなくなったから、そもそも『幸福』というものを感じれない、理解できないのだ。
人が命を保持し続ける限り『最高』や『最悪』が更新されるように、人は、過去の経験から、今の事象に対し、判断を下す。
それが過去よりも良かったならば、『最高』。
それが過去よりも悪かったならば、『最悪』。
故に、きっとそんな『理想郷』に焦がれる人間は、自分が死んでもいいと考え、今に満足できないのだろう。
一つの『不幸』を受け止めきれない人間は、それだけで自分をなくしたくなって、たくさんの『幸福』も一緒に、捨ててしまう。
しかし、そこで踏みとどまってこそ、人は『幸福』を享受できるのではないだろうか。
例えば、この少年。
子供が『不幸』の多い人生を送ってきたことは、事実だろう。
客観的に見て、彼は『不幸』だ。
親はいない。
友達もいない。
唯一の肉親も連れ去られた。
極め付きに、自分は自分の生を生きるためではなく、悍ましいトロールたちに食べられるために生まれてきたという、残酷な真実。
『絶望』したとしても仕方がない。
だがそこで彼は、生きようとした。
自分のために、命を懸けて走った。
だからこそ彼は、
『起きる時間だよ、少年。』
ーーーー望外の『幸運』を引き当てる資格があった。
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深い水底から、一気に掬い上げられたようなそんな感覚と共に、少年は目覚めた。
眼を開けた先には、あの時を思い出させるかのように、黒いフードを被った謎の存在が此方を覗き込んでいる。
「うん、起きたね。こうやって君と顔を合わせるシチュエーションも、この短い間で二回目だけど、前回よりは顔色が良いよう見えるよ。まあ、君からしたら自分の顔なんて見えないからなんのこっちゃって話だけど。」
まだぼんやりとした頭で、必死になって話している内容を理解しながら、子供は上体を起こす。
そしてなぜだか、体が軽いなと思って腕を顔の前に近づけると、おかしなことに気が付いた。
自分の腕が、信じられないほど清潔だった。たまに許された水浴びの時以上に。驚いて他の部位にも目をやると、少なくとも目が届く範囲で、体には塵一つついていない。
困惑している子供の様子が面白かったのか、黒フードがくすくすと笑った。
「起きてみると自分の体が綺麗になっていました。うん。不思議だよね~。」
そしてまた笑うと、人差し指で自分のことを指した。
「まっ、犯人は僕なんだけどさ。」
ニヤニヤとした表情に、なんだかよく分からない感情を子供が抱いていると、反応がなかったことがつまらなかったのか、黒フードは話を変えてきた。
「.......コホン。さて無事に君も起きたことだし、本題に入ろう。周りを見てごらん。」
その言葉通りに周りを見ると、数えきれないほどの人間が、清潔な布に包まれて床に横たわっているのが目に入った。
自分が着ているものと、同じものだ。
どれだけ大きな建物なんだろうと、上を見上げると、これまた高い天井だった。どうやって作ったのか見当もつかない。一応木製なのだが、それだけとは到底思えなかった。
「ここはね、僕の配下が作った大きな家なんだ。超絶急いで作ったから余り頑丈じゃないんだけど、それは追々補強する予定でね。.......そして、確認なんだが、この子が君のお姉さんってことでいいのかな?」
黒フードが言った言葉の意味が分からず、思考が止まった。
そして、ゆっくりと頭を動かし、自分の隣に眠っている、その人を、見た。
間違いなく、連れていかれた自分の姉だ。
とても穏やかな顔をして、そこにいる。
その事実を認識した瞬間、少年の頬を、涙が流れた。
空気を読んだのか、黒フードがその場を離れていく。
「君の体もまだ休息が必要だし、しばらくはそこで姉弟仲良く寝ているように。この広間の中にいれば、安全は保障するよ。」
コツコツと、黒フードがたてる規則的な足音を耳の中で反芻しながら、子供はその場で横になり、眼を瞑った。
手に入れた『幸福』を噛み締めて。
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「お話は終わったのですか、■■■■様。」
広間の外に出た主を見て、開口一番、アルベドはそう言った。
この広間は一応であるが防音など気配遮断系の魔法で守られているため、中の様子は、外にいたアルベドには分からなかったためだ。
「いや。話は後ですることにしたよ。姉の姿を見たら少年が泣き出しちゃってね。まあ、美しい姉弟愛に水を差すのもあれかなって思って、とりあえず出てきた。」
「そうですか.....。」
「不満かい?」
主人から投じられた質問に慌てて否定を入れる。
「っ滅相もございません。ただ、今後の動向については、出来る限り早く伝えたほうが本人にとっても受け入れやすいのではと。」
アルベドにとって、人間の内心などどうでもいいが、それに主人の意思が絡んでくると、また話は別だ。シモベの統率者として、最善の注意を払う必要がある。
そう思っての発言だったが、主人にとっては何か思うことがあったのか眼を細めている。
「.......まあ、もう少し検証したこともあったし、いいんじゃない。」
主人の言葉に、何も言わずアルベドは頭を下げる。至高の存在の意思に異を唱えることは、決してあってはならないのだから。
頭を下げるときに見えた、主人の右手に走っている罅が、彼女の不安を煽ったが。
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世界級アイテム。それは人を個人にして群に勝る強者へと、押し上げる究極のアイテム。
ただの歯車として生きていた人々は、その圧倒的な力に、魅了されたのかもしれない。
アアアアアアアアアア!
はい。次回はこんなことにならないようにしますので・・・。