バーチャルYouTuber・VTuberという言葉が普及して幾年が経ち、バーチャルYouTuber市場は,今まさに群雄割拠の世にあります。
読者の中にも、テック系バーチャルYouTuberとして一躍することを志しているエンジニアの方がいらっしゃるのではないでしょうか?
そんなバーチャルYouTuberのなかでも、ひときわ知名度が高く、世間にも知られているキャラクターといえば、2016年6月30日に自我に目覚め、同年12月1日にバーチャルYouTuberとしてデビューした「キズナアイ」さんでしょう。
YouTubeをはじめとしたWebコンテンツのみならず、地上波放送にも活躍の幅を広げる彼女は、バーチャルYouTuberの草分け的存在として、その地位を確固たるものとしています。
そんな世界の「キズナアイ」さんをモデリングしたのが、今回アンドエンジニアがインタビューした3Dモデラー、トミタケさん。
トミタケさんに、エンジニアが知らない3Dモデリングの世界の裏側を、赤裸々に語っていただきました。

トミタケさん : 主にVTuberの3Dモデルを作っているフリーランスの3Dモデラー。インターネット老人会会員。二次元三次元国籍男女問わず『アイドル』がとにかく大好き。最近はストレス発散のために始めたガーデニングに夢中。
3Dモデラーは3Dキャラクターの「パパ」

R.D.Sakamoto
そもそもですけど、3Dモデラーって何をする仕事なんですか?

トミタケさん
基本的には、ママが作ってくれたキャラクターデザインをもとに、3Dモデルを作成しています。
時折、ママと一緒にキャラクターデザインから関わらせていただくこともありますね。
後者の方が、実際に動かした時に破綻が少なくて、モデリングしやすいものが作れるんですよね。

R.D.Sakamoto
なるほどなるほど...。ん?ママ?

トミタケさん
3Dのキャラクターをつくるにあたって、キャラクターデザインを担当するイラストレーターをママ、デザインをモデリングするモデラーをパパと呼ぶ文化があるようなんですよ。

R.D.Sakamoto
そうなんですね。つまり、こういうことですか。

「3Dキャラクター界隈の家系図」ママとパパ(と大人の事情)から、3Dキャラクターは生誕する (アンドエンジニア編集部作)

トミタケさん
そういうことですね。
そして、セットアップまで終わったら、先方にモデルを納品することになります。

R.D.Sakamoto
なるほど。いきなりコアな文化を目の当たりにしてしまった。
クライアントへの納品前には、キャラクターの検品とかテストはするものなんですか?

トミタケさん
基本的に、各工程ごとのチェックを、先方にお願いしています。
工程ごとにモノを見ていただいて、その結果をフィードバックをいただいて、また直しての繰り返しですね。
そして、最後には実際に動かしてもらったうえでのチェックもしてもらう感じです。
やはり、実際にキャラクターを動かすのは先方の環境になるので。

R.D.Sakamoto
なるほど。フィードバックはどういう内容のものをもらえるんですか?

トミタケさん
1番多いのは、造形についてのフィードバックです。
他には、「関節の動きがちょっと・・・」とか「髪の毛のこのポリゴンが違う」という指摘をいただくことがあります。
あとは、顔だけでも10000ポリゴンくらいはいくんですけど、そのうちの1箇所が良くないという指摘も、なかにはありますね

「顔のポリゴンの例」トミタケさんのアイコンの3Dデータにもこれだけのポリゴンが使われている

トミタケさん
だから、常に細心の注意を払いつつ、地道にモデリングしていきます。

R.D.Sakamoto
それは大変ですね。
そんなに丁寧に作られるとなると、1体のモデリングするだけでも相当な時間がかかりそう...。

トミタケさん
そうですね。私の場合、仕事のものは1体あたり2ヶ月はかかっちゃいますね。
「キズナアイ」ちゃんの場合は、最終的な調整も含めて4ヶ月くらいかかったかもしれません。

トミタケさん
特に、顔を作るのには時間がかかっちゃうんですよね。
顔を作るのに一番力を入れたいので。

R.D.Sakamoto
確かに大事ではありそうですけど...顔ですか?

トミタケさん
だって、3Dキャラクターの顔ってやっぱり可愛いほうがいいじゃないですか!
どの角度から見ても可愛い顔にしたいんですよ!

トミタケさん
私は、可愛いということだけに力を注いでいますね。
多少おかしなところがあったとしても、究極的には、可愛い3Dキャラクターだったら許されるみたいな。
だから、顔を可愛くすることを1番に考えて、そこに1番時間がかかってしまうんです。

R.D.Sakamoto
可愛さへの熱量が半端じゃないことが非常に伝わってきました...。
ところで、3Dキャラクターって、作って納品した後の保守作業ってないんですか?

トミタケさん
いえ、不具合が出たら対応したり、気になった箇所があればアップデートをすることもありますよ。
3Dキャラクターの新しい着替えをモデリングする場合は、また三面図もらって、また作り始める流れですね。
あ、三面図っていうのは3Dモデルの設計図みたいなものです。

R.D.Sakamoto
なるほど。つまり3Dモデラーのお仕事は、こういう感じの流れになるんですね?
ざっくりではありますが、これを繰り返すと。

「3Dモデラーのお仕事の流れ(トミタケさんの場合)」エンジニアの商流と似ているような!? (アンドエンジニア編集部作)

トミタケさん
そうですね。概ねそんな感じだと思います。
作りやすい3Dモデルは「裸に近い」3Dモデル!

R.D.Sakamoto
3Dキャラクターのモデリングを依頼する際の相場って、ぶっちゃけ1体あたりいくらかかるものなんですか?

トミタケさん
個人への依頼の場合、10万円から20万円で作っている方もいらっしゃるようです。
これが制作会社への依頼となると、基本的には数百万円という世界になります。
作るのにどうしても手間と時間はかかるものなので、やっぱり相応の値段設定になるとは思いますよ。
とはいえ、用途や仕様にもよるんですけどね。

R.D.Sakamoto
やっぱり、仕様によって、金額も異なるものなんですか?

トミタケさん
はい。一例としては、モデリングした3Dキャラクターを複数のプラットフォームで使用する際、場合によってはデータ変換が必要で、そうなるとデータ変換料が追加でかかるケースがありますね。

R.D.Sakamoto
え?それは新手の詐欺じゃないんですか?

トミタケさん
詐欺じゃないです!
MMD(MikuMikuDance。3DCG制作ソフト)とか、VRM(VR向け3Dアバターファイルフォーマット)とか、あとはVRChatで使う場合とか、3Dキャラクターを動かすプラットフォームや用途によって 3Dモデルの仕様が異なるんですよ。
だから、複数のプラットフォームで動かす場合なんかは、どのプラットフォームでも問題なく動くように調整しなきゃいけないんです。


「VRM」VRアプリ向けの人型3Dモデルデータを扱うためのファイルフォーマット。トミタケさんも「今後のアップデートに期待」とのこと (引用:
VRM)

トミタケさん
ボタンひとつでモデリングできたり変換できれば楽なんですけど、実際は地道な作業の繰り返しなんですよね。

R.D.Sakamoto
なるほど。他にも仕様による違いってあるんですか?
例えば、こういうモデルは作りやすいけど、逆にこういうモデルは作りにくいみたいな。

トミタケさん
そうですね。まず、作りやすいのは、裸に近いモデルです!
一方で、今流行っているようなオーバーサイズのダボッとした服は、実は破綻しやすかったりして難しいんです。
どうしても胴体や顔に腕がめり込んだりしちゃうので...。

R.D.Sakamoto
でも、だからといって、バーチャルYouTuberの3Dキャラクターの身ぐるみを剥がすわけにもいかないですよね。

トミタケさん
そうですそうです。やっぱりイラストレーターの方や運営の方の思いもありますので。

R.D.Sakamoto
こういうところは、エンジニアの商流と似ているところかもしれませんね。
「夜空メル」ちゃんの三面図は3Dキャラクターの三面図の手本となるレベルのクオリティ

R.D.Sakamoto
ちなみに、モデルの仕様以外で、作りやすさを左右するものって何かありますか?

トミタケさん
そうですね。ひとつ例を挙げるなら、3Dモデルの設計図となる三面図でしょうか。
特に、「夜空メル」ちゃんの三面図は、まさに「3Dモデルを作りやすい三面図」だと思っています。
「夜空メルの三面図」 ホロライブ所属のバーチャルVTuber「
夜空メル」の三面図。
あやみさんがママとして3Dデザインを担当。(引用:
Twitter)

R.D.Sakamoto
三面図というと、3Dキャラクターのデザイン図のことですよね。
この三面図は、どういった点がモデリングしやすいんですか?

トミタケさん
端的に、厚みと色がしっかりと記載されている点ですね。
まず、キャラクターの造形において、基本的に、三面図から各部の大きさ、長さ、太さといった形状を読みとるんですよ。
この三面図では、細かい装飾品の1つ1つまで、厚みを細かく記載してくださっていることが分かるかと思います。

トミタケさん
色についても、ベースの色やハイライト、それにストッキングのテクスチャまで記載してくれていますよね。
これらがない場合、厚みは想像で補ったり、色は全部スポイトでとってテクスチャを描いていくことになります。
その結果、「やっぱり想像と違う」みたいな齟齬が起きてしまうことがあるんですよ。

R.D.Sakamoto
そう言われてみると、素人目に見てもすごく出来の良い三面図な気がしてきました。

トミタケさん
あと、パンツのデザインが書いてある点もありがたいです。

トミタケさん
そうです。スカートを履いているキャラクターのスカートが捲れて、ぴらっとパンツが見えた時に、変なパンツだったら可哀想じゃないですか。

トミタケさん
なので、スカートを履いているキャラクターのパンツのデザインをいただけていない場合には、私は、パンツのデザインもお願いするようにしています。

トミタケさん
犬山たまきくんはスカートの中が特徴的で、三面図にもその旨がしっかりと描かれていましたので捗りました。

「スカートが捲れてぴらっとパンツが見えた時」の再現画像。動画を見ない読者のために、筆者がモデルから用意しました。 (アンドエンジニア編集部作)

トミタケさん
あとは、「夜空メル」ちゃんはキャラクターデザイン的にも3Dモデリングしやすくて、且つ3D映えするデザインだと思っています。

R.D.Sakamoto
すごい。べた褒めじゃないですか。

トミタケさん
基本的に、裸に近くて、1つ1つの装飾は凝っているのに、破綻しやすい関節部分には何もないんです。
加えて、黒の手袋は特に破綻しやすい手首を隠してくれているんですよ。
これって、すごく3Dに起こしやすいデザインなんですよね。

R.D.Sakamoto
この三面図、本当にお手本みたいな仕上がりなんですね。
これから3Dモデリングする人の参考になりそう。
3Dモデリングをはじめるきっかけは「アイマス」

R.D.Sakamoto
ところで、トミタケさんは、何をきっかけに3Dモデリングを始めたんですか?

R.D.Sakamoto
「アイマス」というと、
今年で15周年を迎えた「アイドルマスター」シリーズ ※1 のことですか?


トミタケさん
そうですそうです。「アイマス」はXbox時代にハマって、アーケード版もやったことがあります。
もともとアイドルが好きで、「アイマス」を見て、アニメと3Dの間くらいの可愛い女の子が踊っているのが新鮮で面白いと感じました。
そこから3Dに興味を持ち始めたんです。

R.D.Sakamoto
なるほど。それで、3Dモデリングの勉強を始めたんですね?

トミタケさん
いえ。特に勉強という勉強はせず、必要な情報は都度ググっていました。
最初はMMDのダンス動画を作るためにMMDモデルを作っていたんですけど、そのときは、動画を作るための素材としてのMMDモデルと認識していたので、勢いに任せて作っちゃってたんですよ。
モデリングはすぐに終わらせて、早く動画を作りたいって思ってました。

トミタケさん
そのあとは、ゲーム系の会社で3Dモデリングのアルバイトを何年かしていました。
「キズナアイ」ちゃんをモデリングさせていただいたのも、アルバイトとは別なんですけど、ちょうどこの頃なんですよね。
ありがたいことに、この実績を評価いただいてか、今はフリーランスとしてお仕事できています。

R.D.Sakamoto
「アイマス」という趣味が高じて今のキャリアに辿り着いたのは、ひとえに凄いですね。
今のこの仕事のやりがいってなにかありますか?

トミタケさん
自分の名義で、神絵師さんたちが描いた可愛いキャラクターの3Dモデルを作れるっていうのがすごく嬉しいです。
可愛い女の子を自分の作品として作って、それでお金をいただけるなんて、最高の仕事じゃないですか?

R.D.Sakamoto
確かに。全オタクの夢と言っても過言じゃないかもしれません!
作りたいものを作ることが3Dモデリングのはじめの一歩

R.D.Sakamoto
これから3Dモデリングを始める人に向けて、おすすめの3Dモデリングツールってあったりしますか?

トミタケさん
そうですね。業界への就職を前提とすると、ゲーム系なら「Maya」を、アニメ系なら「3ds Max」を使っておくのがおすすめです。
これらのツールは、学生であれば無料で使用することができます。



トミタケさん
あとは、直感的に操作できるスカルプトの手法でモデリングできる「ZBrush」も使えるようになると、強みになると思います。
フィギュアの原型に使われることが多いツールですね。


トミタケさん
ただ、いずれも学生じゃない場合はお値段が高いので、趣味でやる場合には、無料で使えて高機能なアドオンが多々公開されている「Blender」がおすすめですね。

「Blender」オープンソースの3DCGソフト (引用:
Blender)

トミタケさん
他にも、「XISMO」、「Metasequoia」などは使いやすいので、おすすめです。

「XISMO」、動画やゲーム制作、3Dプリンタ出力など、様々な用途に活用可能なフリー3Dモデリングソフトウェア (引用:
XISMO)


トミタケさん
私自身は、MMD時代は「Metasequoia」で作りはじめました。
その後は「Maya」とか、色々使ってみて、今は「Blender」を勉強しているところですね。
やっぱりフリーランスにとっては無料なのがありがたいです。
ゆくゆくは全部「Blender」に移行していきたいなと思っています。

R.D.Sakamoto
すごい情報量だ...。
それと、おすすめの3Dモデリングの教材とかあったりしませんか...?

トミタケさん
そうですね。まずは3Dモデリング初心者の方に向けては次のWebサイトなんかがおすすめです。

「3DCG暮らし」3DCGデザイナーであるトハさんのブログ (引用:
3DCG暮らし)

トミタケさん
逆に、上級者向けなのはこのWebサイトですね。

「忘却まとめ」Blender中上級者向け情報サイト (引用:
忘却まとめ)

トミタケさん
ちなみになんですけど、私がググってBlenderについて調べてる時にお世話になっているWebサイトは、ここです。

「dskjal」BlenderやUnityなど、多方面の情報を紹介しているサイト (引用:
dskjal)

R.D.Sakamoto
もののついでに、「こういうことやっといた方がいい」というような話はあったりしますか?

トミタケさん
そうですね。3Dモデリングをするなら、イラストは描けたほうがいいと思います。

R.D.Sakamoto
え?イラストを描くのはイラストレーターさんの仕事じゃないんですか?

トミタケさん
それはもちろんそうなんですけど、イラストを描く技術が、3Dモデリングに活かせることも結構あるんですよ。
例えば、ちょっとした影のつけ方とか、ハイライトの当て方とか、あとは筋肉の付き方や関節の描き方とかは、イラストのノウハウを活かすことができます。
私自身、趣味でイラストを描いていて、その経験が活きていると思うこともありますしね。

R.D.Sakamoto
なるほど。そういうことなんですね。

トミタケさん
あと、これから3Dモデリングを始める方には、作りたいものを作ることがなにより大事と言いたいですね。

トミタケさん
3Dモデリングのソフト毎にチュートリアルがあるんですが、私はチュートリアル通りに作ったことがほとんど無くてですね...。

トミタケさん
それらのチュートリアルでは、簡単なクマやカップなどを作るんですが、私はクマやカップを作りたいわけじゃなくて、可愛い女の子を作りたいんですよ!
もちろん、その方が習熟は早いのかもしれませんが、気持ちが乗らないと、完成する前に飽きたり、心が折れたりするんですよね。

トミタケさん
だから、作りたくないものを作ってモチベーションを落とすぐらいなら、自分が作りたいものを作るべきだと思います。
最初の1つを完成させるのはすごく大変なんで、細かいところはどうでもいいから、勢いに任せて、とにかく完成させるのが第一だと思います。
やりたいと思った時がやり時なんです。

「VRoid Studio(©pixiv)」でサクッと3Dキャラクターを作れる時代!読者の皆様も、テック系バーチャルYouTuberを目指して、挑戦してみてはいかがだろうか?(アンドエンジニア編集部作)