世界が新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われ、ポピュリズムや社会の分断にも揺らいだ2020年。こうした未曽有の1年に、アメリカのロックバンド、ボン・ジョヴィが正面から挑んだニューアルバムを発表しました。その名も「2020」。ボーカルのジョン・ボン・ジョヴィさんに、国際報道2020の池畑キャスターが45分にわたるロングインタビューを行いました。放送では伝えきれなかった話を含めて、インタビューの全体を前後編に分けてお届けします。後編は、アメリカの人種差別と分断について。黒人差別への抗議「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」をテーマにした曲「アメリカン・レコニング(American Reckoning)」を中心に、ジョンさんの思いを聞きました。(前編はこちら)
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特集
ジョン・ボン・ジョヴィインタビュー「2020」社会問題を歌う 後編 人種差別と分断
人種差別問題を曲としてとりあげた理由
池畑 日本では、アーティストやスポーツ選手が政治や賛否が分かれる社会問題について自分の考えを表明するのは簡単なことではありません。時には自分の考えを言ったことで非難されることもあります。アメリカ大統領選の年に、BLMをめぐる曲を発表することに、ためらいはありませんでしたか?
ジョン あってはならない、と思います。アーティストとして妥協するようなら、人間としての自分も曲げることになってしまうからです。この時代に自分としての真実を語らなければ、みずからの価値観を見失います。私の真実ではなくなります。明確にしておきたいのは、私は決してどちらか片方の側に味方したわけではないことです。自分の目で見て、生きて、読んだことを曲に書きました。歴史の証人としてです。出来事を誇張したりもしていません。陰謀説を語ったり、私は民主党側だとか、あなたは共和党側だとか言ったりもしていません。私は記者のように、「こういう出来事があった」と事実を述べているだけなのです。そのために誰かがアルバムを聴かないというのなら、仕方ありません。実をいえば、この曲をかけるのを拒絶したラジオ局もありました。番組のディレクターから却下されたので、そのラジオ局ではこの曲はヒットしませんでした。それも仕方がありません。
池畑 “American Reckoning”では、ジョージ・フロイドさんが死亡した事件をリアルに描きましたね。ただ、ほかのインタビューで、ジョンさんが「警察も大好きだ」とおっしゃったのを見ました。この曲を通じて、アメリカの黒人たちと警察官たちの双方に、どのようなメッセージを伝えようとしたのですか?
ジョン ミネアポリスでジョージ・フロイドさんが警察官に殺されたことで、私は“American Reckoning”を書かずにはいられませんでした。そして、アルバム「2020」は時事的になると理解しました。
でも私は常に警察に最大の敬意を払っています。警察、消防、救急隊の人たちに感謝しています。ニューヨークで暮らすと、自分がどれほど弱いのか自覚するものです。同時多発テロの時はもちろん、普段も、火事や事故、銃撃などで常にサイレンが響き渡っています。この20年間で、白人と有色人種の格差、白人の特権の存在に気づかされました。私はそうした特権の広告塔になりえるのです。年配の白人で、裕福な男性で、そしてセレブです。私が警察官に止められて車に押しつけられる可能性は、まずないでしょう。そうした格差をわれわれがもっと意識すれば、肌の色の違いを乗り越えられるでしょう。
先日、とても謙虚にさせられるニュース特集を見ました。日本人がカリフォルニアの強制収容所に入れられた歴史を伝えたものです。肌の色や歴史を理由に、日系アメリカ人が収容所に入れられ、持っていたものをすべて奪われていたのです。改めて難しい問題だと思いました。私たちはあくまでも同じ人間なのですから、仲良くやっていくべきなのです。
社会問題を反映した曲に込められたものとは
池畑 アルバム「2020」に収録されている“Unbroken”という曲はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむアメリカ兵たちがテーマですよね。書くのは難しかったと思いますが、なぜこの問題を取り上げたのでしょうか?
ジョン ドキュメンタリーの映画監督に頼まれたのです。戦地から戻ったもののPTSDに悩む兵士たちに光をあてるにふさわしい曲を書いてほしいと言われました。兵士たちは、戦場で軍服を着て国のために戦っているとき、まるでスーパーマンのようです。しかし帰任して軍服を脱いでも、戦闘の傷は癒えていません。精神的な支援が必要なのです。この曲では、耐えられないような時間を乗り切るうえで、特別な調教を受けた犬が彼らを落ち着かせることを紹介しました。私は、人々に兵士たちが置かれている苦境を理解してもらい、この問題への関心を高める曲を書けたのではないかと思います。ただ、書くのはとても大変でした。私は兵役に就いたこともないですし、PTSDもない。戦地の後遺症に苦しんでいる人すら知りませんでした。時々、JBJソウル・キッチン(15年前から運営するレストラン 詳細は前編)でそういう人を見かけますが…。それでも、私はその依頼を受けることにし、曲はよくできたと思います。
池畑 “Lower The Flag”では、アメリカにおける銃暴力を取り上げています。ジョンさんが銃社会についての曲を出したのは、初めてですか?
ジョン これまで、1行とか2行、軽く銃に関して触れた曲はあるかもしれませんが、アメリカにおける銃犯罪の悲惨さを書いたのは、初めてです。アメリカでは、銃を購入する場合に犯罪歴の確認もなく、手軽に入手できてしまいます。デパートなどでも簡単に購入できてしまうのです。銃撃事件・乱射事件も後を絶ちません。2019年の夏のことです。夜、寝る前にテキサス州エルパソで起きた銃乱射のニュースを聞きました。翌朝、起きると、オハイオ州デイトンでの銃乱射事件が伝えられていました。何かの間違いかと思いましたよ。寝る前に別の乱射事件のニュースを見たばかりだったのですから。起きたら、もう別の事件の話をしている。私は、「何という事だ!」と思わず口にしました。寝ている間に別の銃撃事件が起きていたのです。しかも、事件のニュースは、スポーツや天気など、他のニュース項目の合間に伝えられていました。誰も人命が失われたことを問題視していない気がして、この曲を書いたのです。本当にひどい状況だと思いますし、私は銃や弾丸を手に入れやすいシステム自体に反対しています。でも、私は一方的に糾弾するようなことはしません。私は、「被害者や加害者、関係者があなたの家族だったら、どういう気持ちになりますか?」とだけ言うようにしています。
分断したアメリカは団結できるのか
池畑 アメリカ社会は、なぜこれほど分断したのでしょうか?何が現在の状況を作ったのだと思いますか?
ジョン この状況は、以前からくすぶっていたのです。そして、4年前にトランプ氏が大統領に選ばれたことで一種の「目覚め」が到来しました。これまで「軽んじられてきた」と感じていた人たちが声を上げるようになったのです。いまは、ソーシャル・メディアが事態を拡大させていると思います。陰謀説を唱える人々、そうした説を真に受けてしまう人々は、ニュースを読みません。SNSの見出しだけを見るのです。あるいは、読んだ話を検証しないのです。すぐに事実だと思い、陰謀説のサイトへの書き込みに騙されてしまうのです。歴史の書物を読み、複数の新聞に目を通すべきで、騙されるのは恥ずかしいことです
池畑 アメリカは“バイデン大統領”のもと少しずつ団結できると楽観していますか?
ジョン バイデン陣営が言う前から私も述べてきましたが、いまは、傷を癒やすべき時です。政治的に自分とは違う立場の人であっても、同じアメリカ国民なのです。「勝ったのはこっちだ!」と自慢すべきではありません。手を差し伸べ、「傷を癒やそう」と語りかけるべきです。それこそが、私たちが1つになれる唯一の方法です。なにしろ、私たちは極端に…完全に分断してしまっているのですから。
池畑 そうした傷を癒やすうえで、音楽はどのような役割を果たせるでしょうか?
ジョン 音楽は、バランスを保つのに優れた手段です。まだベルリンの壁が存在していた時代に、私たちがゲストとしてソ連に招かれていたことを考えてもわかるでしょう。私たちは独裁者が支配している国々でもツアーをしました。言語や政治、文化や世代的な違いがあっても、音楽は、人々をひとつにするのです。光のように広がり、輝きます。文化やポップカルチャーは、人々をまとめる可能性を持っているのです。
(ジョン・ボン・ジョヴィインタビュー「2020」社会問題を歌う 前編 新型コロナから見えたもの)