【大相撲のブランド学①】「国技館に入れば江戸時代」 東京場所で満員札止めが続く理由
1300年以上もの歴史があると伝えられている相撲。その日本国有の競技は、単なるスポーツという枠にとどまらず、神事、文化、興行として長きにわたり守り抜かれ、今なお観客動員数やテレビ視聴率において抜群の人気を誇り続けている。壮大なる大相撲ブランドは、いかにして作られてきたのだろうか。相撲ジャーナリストの荒井太郎氏が3回にわたり、その秘密を解き明かす。
東京場所は10場所連続15日間完売
先の秋場所は混迷を極めた優勝争いの末、最後は貴景勝との関脇同士の優勝決定戦を制した御嶽海が2度目の優勝で幕を閉じた。白鵬、鶴竜の両横綱が休場で不在だったにもかかわらず入場券は15日間全てで完売の「満員札止め」で、約1万1000人収容の両国国技館で行われる年3回の東京場所としては、平成28年秋場所から10場所連続となった。ちなみに千秋楽当日の関東地区の平均視聴率は20.6%と高い数字をはじき出し、相撲人気の安定ぶりは相変わらずだ。
つい数年前まで館内は連日、“閑古鳥”が鳴き、平成24年夏場所2日目は残券が6080枚という、東京場所としては昭和60年1月、現在の国技館開館以降でワーストを記録した。客席の半分も埋まらなかった要因は言うまでもなく、野球賭博問題や八百長騒動といった角界を揺るがす不祥事が頻発したことにあった。「国技」の威信は完全に失墜し、大相撲は存亡の危機すら叫ばれた。
しかし、遠藤や逸ノ城が台頭してきた平成26年後半あたりから相撲人気は劇的なV字回復を果たすことになる。相撲にハマる女子たちを指す“スージョ”なる言葉が生まれたのもこのころだ。来場者がまばらだったころは高齢者と観光客とおぼしき外国人くらいしか散見されなかったのが、客席が埋め尽くされるようになってからは老若男女が等しく来場するようになった。もしも、プロレスや他の格闘技団体があれほどの大激震に見舞われれば、二度と立ち直ることはできなかったであろう。
他のスポーツとは決定的に違う要素とは?
ところで、生身の大男が防具を一切身につけず、互いの頭が鈍い音を立てながら激しくぶつかり合う相撲の立ち合いの迫力は、テレビを通じてでは決して味わえない生観戦ならではの醍醐味だ。だが、そういった競技そのものの魅力は、実際に国技館に足を運んだ経験のある方は実感があるだろうが、大相撲観戦を楽しむうえでさほど大きな要素を占めてはいない。取組を裁く行司の煌びやかな装束、何とも情緒的な呼出しの呼び上げ、絢爛豪華な化粧まわしを締めて行う土俵入り、床山の巧みな技が詰まった関取衆の大銀杏、土俵上の進行の折々に打たれる柝の音など、これら競技とは直接関係のない一つひとつの要素もまた、日本人にはとてもしっくりくる究極の様式美を形成しており、観客の五感を魅了している。
競技そのものの魅力が観戦における最大の要素とは決して言い切れないところが、他のスポーツとは決定的に違う部分であるとともに、様々な客層を取り込んでしまう強みなのではないだろうか。場所入りする関取衆の着物や着流しの粋な柄に思わず目を奪われる“スージョ”も少なくない。各力士の浴衣のデザインをチェックするなど、彼女らは好角家とはまた違った視点で大相撲を楽しんでいる。
神事、興行、スポーツという絶妙なバランス
相撲協会は人気がどん底だった平成23年から公式ツイッターなどで大相撲の魅力を発信するとともに、今どきらしくSNSを駆使しながらあの手この手で来場促進を図ってきたことも“失地回復”に一役買った。こうしたきっかけで火がついた現在の相撲人気は、平成初期の“若貴ブーム”のそれとは明らかに一線を画しており、日本固有の伝統文化の本質に触れた彼ら彼女らに支えられている今の大相撲は今後、多少の盛衰はあるにせよ、人気は地に足がついたものになるのではないだろうか。
神事、興行、スポーツという絶妙なバランスの上に成り立っている大相撲は世界的に見ても唯一無二の存在であり、他のエンターテインメントも太刀打ちできないほどのコンテンツ力を有しているからこそ、これまでも数々の危機を乗り切ってきたと言えるだろう。
日本相撲協会のトップ、八角理事長(元横綱北勝海)は日ごろから「国技館に入れば江戸時代」というコンセプトを標榜している。考えてみれば、令和の時代になっても両国周辺を髷を結ったチカラビトたちが現実に闊歩しているのは、すごいことではないだろうか。髷の文化が今もなお存続しているのは、大相撲という「ブランド」が壮大で深遠なストーリーから成り立っているからなのである。
Taro Arai
1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ、ラジオ出演、コメント提供多数。『大相撲事件史』『大相撲あるある』『知れば知るほど大相撲』(舞の海氏との共著)、近著に横綱稀勢の里を描いた『愚直』など著書多数。女性向け相撲雑誌『相撲ファン』では監修を務めるほか、相撲に関する書籍や番組の企画、監修なども手掛ける。