お題:マウンティング女子図鑑
ズータカイーズ
コメディー・お笑い
ズータカイーズ
「頭がたかーい」「下々のものよー」「頭を下げーい」
朝、音無き声がどこからか全社員の脳裏に浮かぶ。
今日もオフィスでその女人三人組が通る時、
思わず誰もが道を避け、頭を下げる。
彼女たちが歩くときだけ、廊下はランウェイ。
位負けという言葉がふさわしいほどに、周りの社員たちはその身を自ら客席に沈ませる。
脂ぎった後光に身を竦ませて、ある日突然名付けられた彼女たちのトリオ名は、
「ズータカイーズ」
もちろん彼女たちは知らない。
社内で通称される彼女たちのストーリー。
語り手は、客席にも座ることができない、彼女たちの直属の部下であるこの私。
客席より後ろから、指図を受けながらその様子を見つめている。
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一人目は、センターのハニー。
新卒3年目にして、初めて教育係となった彼女の口癖は、
ウェッティな口調で「私って、ドライなんで」
どんなトラブルが起きても「聞いてないので」と、
お得意の逃げ口上で逃走を図り、部下と周りの男性にケツを拭かせる事が特技
そんな彼女のマウンティング・ステータスはトリオ唯一の「彼氏持ち」の勲章だ。
私の入社間もない、二人きりのランチの時のことである。
右手薬指の指輪を、唐突に左手薬指に付け替え、ハニーのステータス・オープン・タイムが始まった。
「趣味とか無いんですか?」
「あ、音楽してます。割とちゃんとしてるんですよ〜」
「あ、そうなんですね!すご〜い!
私、彼氏に精一杯なので、そういうきちんと趣味がある人って羨ましいです
!同棲してなければ、そういう時間あったかもしれないんですけど、独り身って気が楽そうでいいですね〜!」
休憩時間に、カビ臭くなるほどのウェッティさを浴びせてきたハニー。
そっと、私は我が身全身のドライを凝縮した乾燥剤のような笑い声をあげた。
その後、ハニーとランチに行くことは無い。
二人目は、真ん中のレディー。
今年本厄の彼女は、バイトから正社員になった苦労人。
自称、サバサバ系。他称、ネチネチ系。
得意マウンティング・テクニックは、謙譲しまくっていつの間にか首を取ってやる戦国合戦戦法。
ついぞ最近の会議中のことである。
プロジェクト成功報告中に、突然レディーは繰り出した。
「私は何もしていないんですよ!彼女が、本当に頑張ってくれて〜」
「いやいや、レディーさんがサポートしてくれたからですよ」
「そんなことないです〜。
あのミスも、ちゃんと報告してくれた後に、彼女自身がちゃんとフォローしたので〜。
私はアドバイスしただけなんです〜」
そこからは、報告書にないレディーの功績を報告、讃える会。
そして、掘り下げた結果、ミスはレディーの確認ミス。
けれど、秘儀・空気を読めよの術で化かされた私になす術はない。
もちろん彼女の腰には、私の首が見えている。
某あんパンのヒーローごとく、何回取り替えてもらったのだろう。私の首は。
「ま、失敗は誰にもあることだからね!」
場を収めた部長の声は、会議室に虚しく響いて、諸行無常を知らせるのであった。
トリを飾るのは、フロントのドン。
40手前、独身。自分の家持ち係長のドンの自慢は、
「色々経験してきたから、なんでもある程度できちゃうの」
ラスボス感漂うドンからのファーストインパクト。
ズータカイーズの全ては、そこから始まったのかもしれないし、誰もが通った道だったのかもしれない。
入社初日。面談時のことだ。
「でもね、あなた、プロだったわけじゃないでしょう。音響も音楽も」
ドンはそう言って鼻の穴とその大きな体を膨らませながらせせら笑いを投げかけてきた。
ちなみに、複数人の面談であったが、ドン以外の人たちは、私が入社前プロの音響マンとして5年働いていたことを知っている。
プレイヤーとしても短期間だが、プロであったことも。
ドンは私の現在のSNSをサーチし監視して、『趣味』と鼻で笑ったのだ。
「私もね、コスプレイヤーで同人やっていたから、わかるのよ。
でもね、プロじゃないから、自覚した方がいいわよ。私だって、音響やってたし」
ドンの言う音響とは、ミキサーのスイッチを押すことだけだったことは後から聞いた話だ。
コスプレイヤーを否定する気はない。が、土俵違いのジャンルでマウントを取ってくるドンにはなんだか何も通じない気がして、サイレントマジョリティーを貫く決意をした。
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「頭がたかーい」「下々のものよー」「頭を下げーい」
ズータカイーズは、それぞれが真ん中を歩き今日もいい気になって生きている。
煽てられて、その足元が実はトタン製の脆いステージであることも、客席がハリボテに入れ変わっていることも、もしかしたら知っているかもしれない。
「それでも、私には彼氏がいるから」
ハニーはセンターを譲らない。
「それでも、大したことしてないから」
レディーは真ん中で主張する。
「それでも、昔は凄かったから」
ドンはフロントで杵柄を振りかざす。
元プロ音響マンの私は、その様子を客席より後ろから、黙って眺めている。
ステージを造り上げる、全てのスイッチを利き手に握り締めながら。
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