21.修行開始!(後編)
と、いうわけで。
エリザベスとリーシャ嬢の魔法の訓練が始まった。今日は初回なので、とりあえず二時間ほど。来週からは宿題にとりくみつつ週末に成果の確認と新たな課題の発表だ。
リーシャ嬢は先ほど魔力を放出した感覚を思い出そうと眉を寄せている。ときどき「えいっ!!」というかけ声とともに魔力があふれ、周囲が輝くというシュールな画が展開されている。
ラースがそのたびに反応して目を青くしているのは、もしかして怖いのだろうか。まぁ人間は普通光らないからな。邪竜でもびっくりするのだろう。
リーシャ嬢の隣でエリザベスも、魔石に手をかざし真剣な表情で見つめていた。
エリザベスはまず魔力を練るところからだ。精神集中は得意だろうから最初のステップは難なくクリアしそうだと思ったのだが――。
「なにも反応しませんわ……」
魔石を見つめたままエリザベスが呟いた。
魔力は各自が身体の内側に持つエネルギーだ。魔石は触媒のようなもので、エリザベスがわずかにでも魔力を表に出すことができれば中心部が光って反応する。
初心者はこの方法で自分の中の魔力と対話しながらそれを思いどおり操るすべを学ぶのだ。
そしてエリザベスの魔石は、オレの予想に反してまったくの無反応だった。
「はじめは誰にとっても難しいものだ。ぼくもこの方法で魔力を高めたが、安定した反応が得られるのに三日はかかった」
「魔石をお貸ししますので、時間をつくって感覚をつかめるまで練習してください」
「わかりました、ありがとうございます」
オレの言葉にラファエルもうなずく。エリザベスは礼を言ってからまた魔石とにらめっこを始めた。
一生懸命なエリザベスもかわいいな……。そういえばエリザベスが何かに励んでいるところをじっくりと眺められる機会ははじめてかもしれない。彼女が努力の人であることは誰もが知っているが、努力そのものを知るのは数人の家庭教師だけだろう。ただ優雅に、美しくふるまうのがエリザベス・ラ・モンリーヴルという人である。
そう考えればエリザベスの新たな一面を、一面どころか二面も三面も発見している今回の件はまぁいいところもある。
ただオレは、まだ計画のすべてをエリザベスに伝えていないのだが……。
エリザベスの気が散らないよう窓の外を見ているふりをしながらチラチラと視線を送った。
背後からハロルドの呆れた視線が飛んでくる。
ラファエルは二人の令嬢たちの正面でやさしいほほえみを浮かべていたが、ふとエリザベスに言った。
「エリザベス様。恐縮ですが、もしや集中を途切れさせるような
「えっ、そ、そんな、……わかって、しまうのですか……?」
「もし集中すると
「はっ、はい!」
ラファエルは人の好さそうな笑顔のままアドバイスした。《何か》がさらっと《誰か》にすりかえられていることにエリザベスは気づかない。
オレはといえば……赤くなりかけた頬を呼吸を整えて抑えこむ。
ふたたび魔石に向きあったときエリザベスの顔から眉間の皺は消えていた。
むしろ、かわりに浮かんだのはやわらかな笑みだ。
チカリ、と魔石が小さな煌めきを発する。
「……!! 光りましたわ、ありがとうございます!!」
「いやぁ~……お役に立ててなによりです」
微妙な間をあけつつラファエルが応えた。何を考えたかはだいたいわかる。バカップルって言いたいんだろ? そのとおりだよ!! くそー、そのアドバイス、オレがしたかった!!
もう何年も前、魔法の鍛錬を始めたときのオレもこれに陥った。まさかエリザベスが
心に想う相手が――ふとしたときに思い出してしまう相手がいるとき。
ちらちらと浮かぶその相手が、集中を乱すことがある。意識から振りはらおうとすればするほど想い人の影は克明になり、集中を途切れさせる……。
この問題の解決策はラファエルの言ったとおり、想う相手と集中を切り離そうとするのではなく、ひらきなおってその相手へと集中を向けることである。
ちらりとエリザベスを見ると、エリザベスも同じタイミングでオレを見たらしかった。
一瞬ばちりと視線が交差し、二人してパッと赤らんだ顔を背ける。動揺を示すようにエリザベスの手の中の魔石がちかちかと点滅した。
なんだこれ、甘酸っぱい……甘酸っぱいぞ。
意識しているのが丸わかりのかわいらしいエリザベスをほかの男ども(ラース含む)に見せるのも嫌なのでオレは場所を移動し、ハロルドとラースのいる一角へ向かった。
これで今日の課題は達成なのか、ラファエルもオレの隣にきてラースをしげしげと観察する。レオハルトはリーシャ嬢の発光を飽きることなく眺めている。
「本当に邪竜の
「わかるのか?」
「うん、まぁ、黒いし♡」
「ただの見た目じゃないか」
エリザベスとリーシャ嬢の邪魔にならないように&砕けたしゃべり方が聞こえないように声をひそめながら。
「しかし本来であれば邪竜は屋敷ほどもある大きさのはずなんだけどね」
「本体が封印されたままだからだろう?」
「召喚が中途半端なせいで小さくなってしまったととらえるべきか、またはあえて女子ウケを狙ったか――」
まさか、と笑おうとしたオレの横で、ラースはひょいと視線を逸らした。
……そのまさかなのか?
「屋敷ほどの大きさじゃ、屋敷でいっしょには暮らせないからね☆」
「きゅおお?」
ウィンクを投げられ、何のことかわからない、とでも言うかのように、ラースは鱗に覆われた首をかしげた。
けっこう計算づくで邪竜化してんじゃねーか。精神年齢が幼いだけで頭脳はあったらしい。
「なってしまったものは仕方がないから許すが、エリザベスに妙なことをしたら母上のペットにするからな」
「きゅうぅ……」
「知ってるかい? ドラゴンの鱗は錬金術の貴重な素材になるんだよねぇ……」
肩を落とすラースを追いこむようにラファエルにはにたりと口の端をつりあげた。……それこそ邪竜でも召喚しそうな笑みである。
「邪竜は絶滅種だからさらに貴重だ。あーんな禁術やこーんな禁術が開発できるかもしれない……♡」
「きゅっ、きゅおおおおお!!!」
「しっ、静かに!」
「きゅう……」
にたにたと悪魔の如き艶笑を浮かべるラファエルにひきつった叫びをあげるラース。しかしすぐさま元凶であるラファエルに叱咤され、しょんぼりと翼を閉じた。
ラファエル、ラースですら手玉にとるのか。毒を以て毒を制す感じがすごい。
壁際に向かってうなだれるラースを、ラファエルがつんつんとつつく。その手をハロルドが止めた。
「おやめください、ドラゴンは火をふきます」
「おや、心配してくれるのかい」
「殿下や私が巻きこまれてはたまったものではありません」
まぁエリザベスの許可がない限りラースが火をふくなんてことはできないんだけどな。
***
所定の時刻をすぎ、疲れた顔のエリザベスとリーシャ嬢は立ちあがった。これで今日の
「帰る前に少しいいか、エリザベス」
優雅に退出の挨拶をしようとするエリザベスを止め、リーシャ嬢から離れた場所へ連れていく。
そしてこれからしようとしていることを告げた。
リーシャ嬢には秘密だ。
どういった反応が返ってくるかと心配していたが、エリザベスはキラキラと目を輝かせてうなずいてくれた。
意外とこういうの、好きなんだな……また新たなる一面を発見してしまった。