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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が【また】悪役令嬢にされそうなので

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18.リーシャ、覚醒。(後編)【エリザベス視点】

 週末、ヴィンセント殿下からのお手紙を受けとったわたくしはリーシャ様をお連れして王宮を訪れた。

 同じ学園に通いながらほとんどお会いすることのできなかった昨年に比べれば、毎週のようにヴィンセント殿下のお顔を拝見できるいまは恵まれているといっていい。

 ……けっして、もっとお会いしたい、お話がしたい、などと思ってはいけないのだ。ヴィンセント殿下がおっしゃった『恋人』という単語に心弾ませてもいけない。


「エリザベス様、どうされましたか?」

「いいえ、なんでもございませんわ」


 リーシャ様に心配そうに顔をのぞきこまれて首をふる。

 浮かれた気持ちを封印して、わたくしは背筋をのばし姿勢を正した。


 

 王宮へ到着すると庭へと案内された。お辞儀するカメレオン(フラン・ボワーズ侯爵)逆立ちするウサギ(マシュー・マロウ伯爵)のトピアリーが並ぶ、王妃様が意匠をこらされた庭園だ。

 ラース様が飛んでいってくるくると周囲をまわっている。自然にはありえない樹木の形を不思議がっている姿につい笑ってしまった。

 王妃様デザインのマスコットたちは隣国へも浸透しているようで、リーシャ様が目を輝かせた。


「城下町の大通りには、彼らの雑貨を売るお店もありますわ」

「本当ですか!? 行ってみたいです」

「お許しが出ればいっしょに参りましょう」


 もし却下されたとしても出入りの商人にお願いしてとりよせてもらうことはできる。わたくしの部屋に飾っている水色のガラスでできたマシュー・マロウ伯爵もそうやって手に入れたものですし。


「楽しみです!」

「わたくしもです」


 興奮を隠しきれないリーシャ様に笑いかえす。

 そうするうちに、わたくしたちは庭の一角にたどりついた。


「わざわざすまなかったな」


 頭上からの声に気づいて顔をあげれば、ヴィンセント殿下とレオハルト殿下が三階のテラスから手を振っている。礼をして手を振りかえすわたくしの隣で、リーシャ様がぶんぶんと腕を振った。

 ヴィンセント殿下がやさしい苦笑を浮かべている。


 それにしても何の御用かしら、とのんびり考えていたわたくしの目の前で。

 信じられないことが起きた。


「うわあぁ……っ!!」

「レオハルト様!?」

「レオハルト様!!」

「きゅおぉっ!!」


 叫び声をあげたかと思うと、レオハルト様がテラスから身をのりだし。

 ――真っ逆さまに落ちたのだ。


 考える暇もなくヒールを脱ぎ捨てて駆けだす。ラース様もすぐに飛んでゆきレオハルト様を押しあげようとするものの、小さな体では人間を支えることはできないらしく一緒に落下している。

 落ちていくレオハルト様を見つめながらわたくしは必死に足を動かした。

 巻き添えになってはいけないが、わたくしのドレスがあれば少しは衝撃を抑えられるかもしれない。

 間に合えば――。

 手をのばす。けれども依然その距離は遠い。

 あぁだめ、届かない――。


 その瞬間。


「レオハルト様……!!」


 背後から、まばゆい光がほとばしった。

 昼間の太陽よりも明るく、目の眩むような強い光彩。それはわたくしを通り抜けてあふれ、落下するレオハルト様の身体を包みこみ、輝かせる。


風よ、抱き止めよホルディテ・ウィンディア!」


 同時に、凛としたお声が響いた。

 目の前で風が巻き起こり、激突寸前のレオハルト様のお身体をふたたび宙へと舞いあげる。


 わたくしも助けていただいたことのあるヴィンセント殿下の魔法だ。

 レオハルト様は空中で上半身をひねると体勢を立てなおし、無事に地面へと着地する。

 その顔にはたったいま死にかけたという恐怖はない。


 バサバサと風にあおられてめくれそうになるスカートを押さえながら、わたくしは考えた。

 これはどういうことなのかしら。


「エッ、エリザベス!! すまない!!」

「いえ、大丈夫ですわ、殿下。それよりもいまのは……」


 背後へ視線をめぐらせると、そこにいるのは地べたに座りこんだリーシャ様。

 しかしその全身は火花をまとうかのように、無数の光が跳ねまわっている。尋常ならざる事態に陥っていることは一目でわかった。


「わ、私、何が……?」

「リーシャ様……」


 腰を抜かしたままおろおろとあたりを見まわすリーシャ様に、レオハルト様が歩みよる。

 その足どりはおちついていて、上階のヴィンセント殿下を見上げればわたくしたちほどの驚愕は見えない。

 レオハルト様は直立のまま、おごそかに告げた。


「リーシャ嬢。君には魔法の素養がある。……それも、我が国では聖女と呼ばれる者の力が」

「……えっ」


 短い、悲鳴のような声があがった。

 リーシャ様の反応はそれだけだった。……リーシャ様は、目を見開いたまま気絶していた。

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