15.狙われた王子(前編)
春の花々そよぐ明るい草原に、似合わぬ絶叫が響きわたった。
「死ねえええぇぇぇぇええッッッ!!!!」
必死の形相となった男が剣を振りあげてレオハルトに猛進する――が、レオハルトは眉一つ動かさずに男を迎えた。あまりにも悠然としたその姿に、男の表情に怯えが走る。
その時点で勝敗は決まりきっていた。
失速しかけた男の眼前に、ピンクとオレンジの煌めきが飛びこんでくる。
盛大にまわし蹴られ吹き飛んでいく男を双眼鏡で眺めながら、『それ』が侍女役として同行した娘であったことに気づいたかどうかあとで尋ねてみたい、とオレは思った。
一時間後には、男は縛られて王宮の床に転がされていた。命を狙ったレオハルトと責任を押しつけるはずのオレに挟まれ、顔面蒼白になりながら目に涙を浮かべている。
それより、大の男が倒れ伏すほどのダメージを与えたにも関わらず服の上から見えるところにはいっさいの傷がないということのほうがオレは怖いんだけどな? 外見上は背や腕のあたりに土や草が付着している程度だ。脱がせれば脇腹には大アザ間違いなしだろうに。
ちなみにその傷を負わせたマーガレット嬢はいま、淑女としてはしたなき『蹴り技』を使った咎でハロルドに説教をくらっている。パニエで隠れてたんだしいいじゃん……と言おうとしたら氷柱が降ってきたのかと思うくらいの視線で睨まれた。ははは、恋する男は必死だな(震えながら)。
レオハルトの言ったことが事実なのかを確かめるため、オレたちは
気分転換にお忍びでの
王宮からの護衛は不要ということにし、マーガレット嬢のみを侍女として派遣。
喜び勇んだ敵はまんまと尻尾を出し、人気のない場所でレオハルトに襲いかかった……というわけだ。
レオハルトの危機に声をあげたのは侍従長のみ。彼以外の侍従たちは裏切者の一派であった。これだけ仲間がいたらそれは心強かろう。王子を殺しても口裏を合わせれば言い逃れできると思ったのか。
ただし彼らはレオハルトに近づく前に全員マーガレット嬢に沈められた。
「な? ちょっと煽っただけでコレだ。リーシャなんか国で放っておいたらすぐ殺されるだろ」
「というかお前の国、大丈夫なのか?」
「アクトーは兄上様過激派でな。
つまりオリオン王国にはレオハルトみたいな熱量のマリウス殿推しがもう一人いるってことなのか。
本気で大丈夫なのか???
オレの内心の不安には気づかず、まだ状況についてこられない男を見下ろすとレオハルトは「ふむ」ともったいぶったため息をついた。
「他のやつらからも話はだいたい聞いた。お前たち、完全に駒扱いされているぞ」
「遊行先の野原な、あそこは
「そんな中でぼくが殺されたりしてみろ、ワイズワース王家とベルリオーズ王家の戦争がはじまってもおかしくないぞ」
「それを避けるためには実行犯をとびきり残酷に処罰するしかなかろうなぁ」
「そんなぁ……!!」
可憐な少女に蹴り飛ばされた挙句に失敗した作戦のダメ出しをその標的にされるという稀有な体験を経て、男は崩れ落ちた。
仲間がとっとと口を割ったんだからやる気もなくなるというものだ。庇う者は誰もいない。
「ぼくの暗殺を命じたのはアクトー侯爵だな?」
「……」
じいっとレオハルトを見つめる男。すでに使命感は失せたらしい、わずかに唇を歪めたその表情が示すのは葛藤ではなく逡巡だ。どう答えるのが自分にとって最も都合がいいのか。
そんな思惑は当然ながら見透かされている。
にこり、と、かわいらしい笑みを浮かべてレオハルトが小首をかしげた。ターコイズブルーの髪が光を反射して天使の輪をつくる――からの、暗黒微笑発動。
「本当のことを言えば命だけは助けてやる。嘘をつけば――」
「アクトー様から命じられましたあああ!!!」
食い気味に答えたあとヒイイイイイッと男が叫び声をあげる。すごい、自白が悲鳴をおきざりにしている。
オレも習得したいものだとレオハルトの顔を眺めるものの、やはり自然法則を無視して陰影がついてるんだよな。闇魔法か?
「いつ、どこで、命じられた?」
「出立前に……その、呼びだされまして、国王陛下のご内密の勅命であると……レオハルト様がマリウス様のお命を狙っていると……!! だから、留学中になんとか事件に見せかけて――」
「……ほう、ぼくが、兄上様の」
ざわ、と背筋を冷たいものが走り抜けていった。
おちついた、いつもどおりの声色だった。表情も何も変わらない。少し離れた場所にいれば、ただ相槌をうっただけに聞こえたろう。
しかし半径二メートル以内の者たちにとっては、そのアクトーとやらの発言がレオハルトの逆鱗に触れたことは明白だった。
レオハルトの腕が男にのびる。
がし、と肩をつかまれて、恐怖に染まった目から涙が落ちた。見る間に滂沱のごとくなった涙で顔を汚しながら、男は縛られた身体をくねらせて逃げようとする。
「ひ……! お、おたすけ……!!」
「ぼくが、兄上様のお命を害すると。それゆえに、先にぼくを排斥せんとしたのだな」
「命だけは……命だけは――」
「褒めてつかわす」
「おたすけ……へっ???」
「次期国王を守ろうとするは臣の努め。ただ少し、そなたは事情を知らなんだのだ。ぼくは兄上様を排そうなどとは思ってない。アクトーの奸謀である。悪いのはアクトーだな。いいか、悪いのはアクトーだ」
いつの間にかレオハルトはもとの笑顔に戻り、諭すようにやさしく語りかける。
怯えと絶望に満ちていた男の目に、かすかな希望が宿った。
「その忠心、今度はぼくのもとで捧げてくれ」
「…………はい」
腰が抜けたらしい男は起きあがることもままならず、芋虫のような格好で床に倒れ伏したまま。しかしレオハルトを見上げる視線には媚びるような色が見える。
レオハルトがオレをふりむいた。
「そういうことだ。ヴィンセント、
「お前な、
最適な場所を一つだけ知っているな。