14.オリオン王国あれやこれ
レオハルトいわく。
マリウス殿とリーシャ嬢は、ある舞踏会を通じて知りあった。
人見知りおよび赤面症の克服のため、マリウス殿はたびたび素性を隠して舞踏会に参加していた。それも、上位貴族たちの集う場では知る者もあろうからと、下位貴族の多い社交場へと行っていたらしい。
そこである晩、気分の悪くなったマリウス殿をそれと知らず介抱したのがリーシャ嬢だった。そのときだけは顔が熱を持つことに不快感を覚えなかったと、のちにマリウス殿は語ったとか。
二人は逢瀬を重ね、互いに惹かれあった。
しかしそこは王族と男爵令嬢の身分、表立って愛を語りあうわけにはいかない。
どうしたものか、と信頼する弟に相談したマリウス殿の行動は正しかったのか否か。
話を聞いたレオハルトは、半ば無理やりリーシャ嬢を自らの供に指名し、国王夫妻に留学の話をねじこんだ。
「跡目争いが荒れそうないま、兄上様の近くに紛糾しそうなネタを置いとくわけにはいかんからな」
腕組みをして言いきるレオハルト。
たしかにマリウス殿の状況なら、リーシャ嬢と結婚して臣籍に降りるくらいのことは言いそうだ。そうでなくとも男爵令嬢と勝手に愛を育んでいるとなれば政敵からの攻撃の理由になる。それを阻止したいと思うのは理解できる。
ただ一つ驚いたのは、その阻止の仕方だ。
「理由をつけてリーシャ嬢を遠ざければそれでよかっただろう。我が国にわざわざ連れてきたということは……」
レオハルトはリーシャ嬢を守るつもりでいる。
そしてマリウス殿の恋を成就させ国王の座もその手に渡すというのなら、リーシャ嬢は王妃にならねばならぬのだ。
そのためにエリザベスを使おうとするのは言語道断だが。
蒼い目がオレの考えを肯定するように瞬く。
「彼女には身体をはってでも兄上様を守る気概を感じた。それにどこぞの気位の高い令嬢を娶るよりは兄上様のお心のためにもなる」
……お前、一介の令嬢をボディガード兼アニマルテラピー代わりに考えてやるなよ……。
「リーシャ嬢には伝えてある。留学時の成績如何で、兄上様の進退が決まると」
Oh...それ以上の重たさだった。
リーシャ嬢が死にもの狂いなのはそのせいか。
「どうせ誰と添うても兄上様が精神の逼迫を感ずることは必定、ならば隣に立つ者は王族と同等程度の能力と精神力を要する」
ちらりと隣を見るとエリザベスが同意を示してうなずいていた。うん、エリザベスけっこう体育会系だからな……。
しかしそれでも、生まれたときから王太子であり公爵令嬢であったオレたちと、男爵令嬢であったリーシャ嬢では育ちが違う。これまでの常識を捨てて研鑽に励まなければならない。
それは口で語るのとは比べ物にならない茨の道であるはずだが、彼女は受け入れた。そして努力している。
きっとそのひたむきな心がレオハルトの眼鏡にもかなったのだろう。そうでなければ「兄上様を惑わした女狐を追放する」くらいのことを言ってもおかしくないやつだ。
「なるほど、君はリーシャ嬢が試練を乗り越えると信じているのだな」
「ぼくをさしおいて兄上様の隣に並ぶのだから、先に苦しんでもらわないとね」
いいように解釈しようとしてんのに二秒でぶち壊してきたな。サイコパスか? 良心の呵責とか感じないタイプだ。
やはりできるだけ穏便に留学期間をすませ、何事もなくお帰りいただきたい――そう
と思ったらそれはエリザベスだった。
「レオハルト様。わたくしにもお手伝いさせてくださいませ。リーシャ様を立派な淑女にしてみせますわ」
背筋をのばし凛として立つエリザベスは惚れ惚れとするくらい美しい。口にした約束を我が身で体現するその姿に感動で涙が出そう。
レオハルトは絶対この展開読んでたよな? と思うものの、口には出せない。
オレもリーシャ嬢には同情的なので協力してやりたいとは思ったし。エリザベスが教育役を買って出るならそれに越したことはない。マリウス殿のためにもなるだろう。
問題は、これもまだ本題ではないということ。
「ありがとうございます。エリザベス様ならそう言ってくださると信じていました」
「リーシャ嬢に対しては、うちもできるだけのことはしよう。……だから、そろそろ問題の核心を言え」
隣国への留学という『引き』を見せ継承権争いから離脱したくせに、なぜわざわざウチの国で妃漁りなどする必要があるのか。おまけに王太子の婚約者であるエリザベスにまで粉をかけて。
……いやまぁ、わかっているんだけどな。
つまりは、過去にラースが企んだのと同じことだ。『乙星』の再現。あのときはエリザベスやオレをその地位から引きずり下ろすためだったが、今回はリーシャ嬢を引き上げるため。
リーシャ嬢を《星の乙女》としてオリオン王国の貴族や民に売りこむためだ。
そしてそれには《悪役令嬢》が必要で。
政情的にはマリウス殿と対立して見えるレオハルトがエリザベスを連れて帰ればどうなるか。人間想像以上に単純で噂に惑わされやすいことを、オレはすでに知っている。
「エリザベスは渡さんぞ」
威嚇を込めて鋭い視線をむければレオハルトは肩をすくめた。うってかわって口元には不敵な笑みが浮かんでいる。
「慌てずとも歯車はすでに動きだしている。申し訳ないが君たちを利用させてもらったよ」
おぉ、申し訳ないという自覚はあったんだな。そこがびっくりだよ。
純粋に言葉の意図がわからず訝しむエリザベスと、レオハルトの口から相手を慮る単語が出たことに驚くオレ。
そんなオレたちの目の前で、きゅるるるるん、と効果音がつきそうなほど無邪気な顔で小首をかしげるレオハルト。青い髪がさらりと揺れ、かわいらしい顔立ちが強調される。
オレにとっては不吉でしかない表情で、口を開いたレオハルトが放ったのは。
「アクトー侯爵によって、ぼくは命を狙われている」
「――は?」
「隣国で乱心して女にうつつを抜かしているように情報を流させたからな。アクトーからすればぼくは兄上様の王位継承に横やりを入れた挙句に国の評判を落とす危険因子だ」
待て待て、情報が多すぎてついてこない。
……命を狙われている? 留学先の、我が国で? 何か起これば
「最初は土下座でもしてエリザベス様の情に訴えようかと思ってたんだけどね。巻きこんじゃったほうが早いかと思って♡」
また臨戦態勢に入りかけたハロルドを手で制する。いや、オレも頭痛がしてきたけど。
やはりこいつは性悪サイコパスだ。
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