12.レオハルトの本性(前編)
事情を明らかに。そう決意したエリザベスの行動は早かった。
同じ王宮にいるのだからとレオハルトに面会を申しこみ、ハロルドとラースも連れて先ほどの部屋に戻る。
レオハルトはにこにこと毒気のない笑みをはりつけてエリザベスに向きあった。それに対してのエリザベスもやはりおだやかにほほえんでいる。
「レオハルト様、なぜわたくしのような者におかまいになるのか、理由をお聞かせ願います。何かよんどころない事情があるのならお力になりたいのです」
「理由など……あなたの美しさに心を奪われたからにほかなりません、エリザベス様。さぁぼくの手をとってオリオン王国へ」
やさしく、言い聞かせるようにエリザベスは説いた。
しかしレオハルトも表情を変えぬまま、気障な台詞を朗々と並べ連ねる。問いに答える気がないのは誰の目にもわかった。ハロルドのいる方角から冷たいオーラが立ちのぼっているのが感じられるが怖いので見ない。
ラースもなんかやる気の表れなのかふしゅふしゅと鼻から湯気を出しているが、こっちは別に怖くないので見ない。
エリザベスは視線を伏せ、悲しそうに言った。
「そうですの、どうしても駄目だというのですね……なら」
俯いたままで、ちょいちょい、とラースに向かって手招きをするエリザベス。尻尾をぴこぴこと振りながら飛んでいくラース。完全に犬である。
ラースをかたわらに浮かせ、エリザベスは目を大きく見開き顔をあげた。
「こっ、この……《
レオハルトにむかってびしりと指を突きつけるエリザベス――目力がすごい。たぶんこれはあれだ、威嚇行為。
ラースもハッと気づいたらしく、目をチカチカと点灯させながら「きゅおおおおおん!!!」と鳴いた。
「この子は、その昔一夜にして国を滅ぼしたという、伝説の邪竜なのです!!」
「――……」
「…………」
一瞬、天使が通りすぎた。
エリザベス、演技は下手だったんだな。台詞まわしもさることながら、棒読み感がなかなかのものだ。
すべてにおいて完璧だと信じていた婚約者の新たなる一面に胸の高鳴りが止まらん。
オレのトキメキをよそに、できるかぎりの恐ろしげな顔でレオハルトを睨みつけるエリザベス。
「大人しく事情をおっしゃってくださいませ! さもなくばこの《
は????? かわいいんだが?????
そんなにかわいくて怖がるわけがないだろう。
なんかもう怒りすらわいてきそうなかわいさにオレは完全沈黙した。ラースも一応目を光らせて宙に浮かんでいるものの、翼を動かすたびに足がぶらぶらしているので腰砕けになっているようだ。
しかしエリザベスに相対するレオハルトだけは違った。
「エリザベス様……どうしてそのような恐ろしいことをおっしゃるのですか。それほどにぼくが嫌いなのですか?」
眉を寄せ、悲しそうにエリザベスを見つめる。いやさっき「何が起こってるんだ?」って顔してただろ。
その
やはりこいつはエリザベスに惚れていない。惚れていたらオレやラースのようになるはずだ。あまりのかわいさに内心で悶絶し、言葉を発することなどできん。
何よりエリザベスの演技についていっているのがおかしい。
「そ、そんな……嫌いだなんて」
自分が脅したにも関わらず動揺するエリザベス。
はぁ、もう、かわいい。
深呼吸を一つして心をおちつける。
レオハルトの企みにのるのは嫌だったが、そうも言っていられない。相続争いは王家ごと国を滅ぼすこともある。隣国である我が国に影響が及ばないとは限らない。当事者のレオハルトがこっちを巻きこみたがっているなら余計にだ。
オレも覚悟を決めるときだと観念した。
「そこまでだ、レオハルト。素直に白状しろ。エリザベスは慈悲を見せたがぼくはそうではないぞ」
あえて鋭い声をつくり、茶番の中に割って入る。ラースが皺だらけの顔でなんとなくホッとしている気がする。
本来はエリザベスを止めるべきかもしれないが、こんなに一生懸命やってくれたエリザベスに「そこまでだ」なんて言えない。
「ヴィンセント殿下……」
オレを見上げるエリザベスにうなずく。あとは任せろ。
「ふぅん、ついに協力してくれる気になったんだね?」
「そうだな……ぼくはこの(エリザベスと幸せな新婚生活をすごすための)国を守らねばならん。先ほどエリザベスに言われて思い出したのだ、王太子としてのぼくの責務を」
「それはよかった」
うつむくにつれて、レオハルトがはりつけていた物柔らかな笑顔が崩れる。口角はゆるりと吊りあげられ、前髪に隠れた視線は仄暗い影を投げた。
シャンデリアの光を受けているはずの顔にありえない陰影が落ちる。
見る間にそれは、これまでののんきそうなレオハルトからは想像もつかない、
まるでレオハルトの顔面にだけ闇がまとわりついたかのような。
部屋の空気が冷たく沈み、足元から重たい悪寒が這いあがってくる。
ラースがエリザベスの前に飛びだすと「シャギャ――――ッ!!」と警戒の声を発した。煽るために点滅させていた目は完全に赤く光っている。
うん、その反応は正しい。オレが手をあげるとハロルドは思わず臨戦態勢に入っていた構えを解く。
エリザベスも、表面上はなんともない顔をしているが内心では怯えていると思う。
本能的に恐怖を感じる笑顔……いうなれば暗黒微笑。
「その顔をやめろ、レオハルト」
「ふふ、だって君がついに動く気になってくれたみたいだから、嬉しくて」
「こっちが痺れを切らすのを待っていたんだろうが」
ため息をつくと、レオハルトは表情をもとの笑顔に戻した。
レオハルトは昔からかわいらしい顔立ちで、ネコをかぶった性格は純真だ。それがいきなり悪魔の笑みを浮かべるので、レオハルトの暗黒微笑を見た者はギャップに耐えきれず三日三晩寝込むという噂まであった。何人かの家庭教師が犠牲になったらしい。
大司教の悪魔祓いまでやってここ十年近くは出ていないと聞いていたが……単に物心がついて自制していただけだったか。
「エリザベス、これがレオハルトの本性だ」
「ほんしょう……」
「そう。レオハルトはとても性格が悪い」
レオハルトがオレを見る。お前もそうだろ、って言いたいんだろ、
ハロルドもチラッとこっちを見るんじゃない。ラース、貴様だけは許さん。
「それからもう一つ」
オレが、レオハルトの態度に疑惑を持っていた理由。
「レオハルトは、極度のブラコンだ」