自分の都合で乗れるオンデマンド交通 具体的に「MaaS」使ってみました
東急とJR東日本、伊豆急が2020年11月16日(月)から伊豆半島を中心に、観光型MaaS「Izuko(イズコ)」の実証実験フェーズ3を開始しました。
「MaaS(マース)」は「Mobility as a Service」の略で、交通手段による移動をひとつのサービスとしてとらえシームレスにつなぐ、といった新しい移動の“概念”です。
抽象的で分かりにく感じもありますが、今回、実際に観光型MaaS「Izuko」を使い、その具体的なところを体験してきました(「MaaS」には郊外型や都市型などもある)。
事前にスマホのブラウザから、「Izuko」のデジタルフリーパスをクレジットカードで購入。そして、伊豆の入口である熱海駅からの列車内にて、伊豆急下田駅発10時50分でオンデマンド交通「Izukoくろふね号」を予約します。下田市内の駅や観光スポット、宿泊施設など17箇所の停留所間を、区間、時間とも乗客の希望に応じ運行するもので、ほかの客との乗合です。
伊豆急下田駅に到着。駅前の乗り場で予約した「Izukoくろふね号」を待っていると、その運行状況から、ブラウザに表示された配車予定時刻がリアルタイムで変わり、10時53分へ3分、遅くなりました。誤差みたいなものですが。
このオンデマンド交通「Izukoくろふね号」は、予約に応じてルートが自動的に構成され、運転手に伝えられます。走行中に新規予約が入り、それをルートに追加すると既存予約の到着が5分以上遅れてしまう場合は、その新規予約を既存予約のあとにする、別の車両が対応する、といった仕組みになっているそうです。
降りてすぐ予約してみた まるで自分用のハイヤー?
「区域乗合」と車両に掲示された「Izukoくろふね号」で、途中停留所に止まりながら約10分、目的地の「ペリー上陸記念公園」に到着。「Izukoくろふね号」はすぐ去って行きます。
どのくらい柔軟に運行されているのだろうかと、ペリー上陸記念公園に到着後、すぐにスマホを取り出して、再びブラウザから「Izukoくろふね号」を予約。6分後の11時17分が配車予定時刻と表示され、そのとおりに来ました。
目的停留所は、下田条約締結の地である了仙寺。400mほどしかペリー上陸記念公園から離れていないので、あっという間に到着です。歩ける距離ですが、子ども連れやお年寄りには、短距離でも乗りたいときに呼び出して乗れるのは便利でしょう。……あと、なにやら自分用ハイヤーができたようで、ちょっと楽しかったです。
なおこの「Izukoくろふね号」は、私(恵 知仁:乗りものライター)が購入したデジタルフリーパス「ひがしイズコ」では、その効力で自由に使えます。熱海~伊豆急下田間の鉄道と、石廊崎や河津七滝などへのバス、「Izukoくろふね号」が2日間乗り放題で、3800円。ちなみに、熱海~伊豆急下田間を普通列車で往復すると3950円です。
移動手段だけではない「MaaS」 キンメダイは釣ったばかりだと腹が銀色
「Izuko」では、デジタルフリーパス「ひがしイズコ」のような交通チケットのほか、観光体験や観光施設のチケットもスマホのブラウザから購入可能です。
今回は「Izuko」オリジナルの観光体験という、「下田漁港見学&開国厨房なみなみでお食事『金目鯛の煮付け・キンメ丼』」を購入。朝8時に下田漁港を見学、そこでキンメダイを自分で見つくろい、それを調理してもらって昼食でいただく、という内容です。
ただ今回は「Izuko」報道公開での取材であるため、先に食事でした。1匹まるごと使って煮付けとキンメ丼になって現れ、その迫力、色合いとも、これは映えます。味は言わずもがな。
食べ終わったあと、事前に予約した「Izukoくろふね号」で下田漁港へ。用意されていた長靴に履き替えて、普段は公開していないというキンメダイの水揚げ、入札(仲買人への販売)の様子を見学します。
「キンメダイは、釣ったばかりの時は腹が銀色で、それが時間とともに赤くなるので、そこで綺麗に赤くするのが漁師の腕」
「水揚げは基本的に1年中あるものの、コロナ禍で需要がなくなりキロ500円と経費割れしてしまう値段になったため、今年は1か月休みました。いまは値段も戻ってきています」
そんなトリビアや裏話も聞くことができました。
この漁港見学とキンメダイがセットになった「Izuko」の観光体験チケット、価格は2500円です。
結局「MaaS」とは何なのか? コロナ時代にも適している?
食事と漁港でキンメダイを堪能したのち、再び「Izukoくろふね号」に乗車。今度は、同じく「Izuko」オリジナルの観光体験という「豆州庵で静岡の地酒3種を飲み比べ」です。
こちらでは、12~13種類ある静岡の日本酒などを飲み比べることが可能。「鉄道の旅」の魅力のひとつに「お酒が飲めること」がありますが、そう考えると「Izuko」に向いた観光体験かもしれません。ちなみに価格は700円です。
このあと、再度呼び出した「Izukoくろふね号」で伊豆急下田駅に戻り、列車に揺られて東京へ帰りました。車窓に広がる伊豆の海をつまみに、静岡の地酒をチビチビしながら……。
「MaaS」とは――この観光型MaaS「Izuko」の場合、移動するための単なるデジタルきっぷ、クーポンではなく、様々なモノやコトを「移動」で結びつけることで、利用者にはさらなる利便性と旅の楽しさを、地域にはお金と活気をもたらす仕組みといえそうです。
事業者にとって、利用者のデータを詳しくとれるのも大きなポイントです。それによって、よりよい観光サービスの開発、効率化などが可能。東急のMaaS担当課長である森田 創さんは「『Izuko』を通じてもっとも取り組みたいのは、複数の事業者で『Izuko』の利用・移動データを共有し、交通事業者、観光事業者、宿泊施設が相互に連携し、快適な観光サービスを作り出すこと」としています。
また、情報とサービスの購入がスマホのブラウザ上で完結するため、利用者は窓口や案内所へ並ぶなどする必要がなくなるほか、サービスを提供する事業者も少子高齢化のなか、販売要員の効率化などを図ることができます。非接触なので、コロナ時代にも適しているでしょう。
「Izuko」を使って気になったこと
そして、キャッシュレス化の推進にもなります。地方の下田エリアでクレジットカードを利用できる店舗は、大手チェーン店などを除き少ないそうで、これはインバウンドを狙うにあたり、重要なポイントです。
今回の「Izuko」実証実験フェーズ3では、富士山静岡空港もそのエリアに入りましたが、インバウンドも考えてとのこと。ちなみに、富士山静岡空港は東急と三菱地所が運営。また伊豆は、古くから東急が観光開発に注力してきたエリアで、伊豆急行は東急グループ。東急が「Izuko」を展開する背景です。
ただ今回、「Izuko」を使うにあたって気になったのは、とっつきづらさです。「Izuko」のページをちゃんと見れば分かり、使うのも容易なのですが、新しい「概念」なせいか、まず新しく知って理解する、というハードルがありそうです。ユーザー登録も必要です。
ある鉄道のチケットレス乗車サービスについて、その関係者は、使えば便利なことはなんとなく分かってもらえても、では登録してもらえるかというと、そこにハードルがあると話していました。
また「スマホを使わねばいけない」という時点でNGの場合もあるでしょう。東急の森田課長によると、以前、「スマホで買える手軽さ」で受けると思い、バスのフリーパスを紙のきっぷと同額で「Izuko」でも出したところ、大間違いだったそうで、スマホ操作でマゴマゴするなら、利用者はその間に紙のきっぷを買うほうを選ぶといいます。
ハードルを越える解決方法は?「安さ」は有効なのか?
このハードルをクリアするひとつの方法に、「安さ」を売りにすることが考えられます。今回の観光体験も、漁港見学とキンメダイ1匹の食事で2500円、地酒飲み比べが700円と、だいぶお得な印象でした。
ただ、値引き合戦になってしまうとサステナブルではないため、「Izuko」では「安さ」ではなく、「Izuko」でしか体験できない商品を提供するなどし、観光の質を落とさず、その魅力を高めていく方向を考えているそうです。
ただ、ITリテラシーが高ければハードルは下がります。
もし自分が、土地勘のない外国の街を観光しようと考えた場合、スマホで、日本語で情報を集め、きっぷまで購入できるとしたら、とても楽です。英語でも、リスニングより読むほうが個人的には分かりやすいです。ページを翻訳することもできます。
いまはまだ「MaaS」は“新しい概念”かもしれませんが、社会のIT化が進み、それに慣れ親しむ人が増えていくとしたら、「MaaS」がひとつの行動様式になる日は遠くないのかもしれません。