必要なのは、全ての無症状者への徹底的なPCR検査ではない。尾身会長「100%の安心は残念ながら、ない」
専門家のコンセンサスを得た結論として発表されたのは、無症状かつ事前確率(検査を受ける段階で予想される陽性率)が低い人に対するPCR検査を行政検査としては行わないという方針だ。
「Go To トラベル」キャンペーンから、東京都民と東京への旅行を対象から外すことを政府に提言した、新型コロナウイルス感染症専門家分科会。
尾身茂会長は7月16日の会見で、新型コロナウイルスの検査体制の拡充をするための戦略を、改めて示した。
新型コロナの症状がある人や、無症状ながら感染者との接触や周辺での流行状況などから感染の可能性がある人(=事前確率の高い人)など、医学面や感染対策面から必要と思われる人には、積極的にPCR検査を行う。
一方で、症状がなく、かつ状況等からみて感染の可能性が低い人(=事前確率が低い人)に対する検査は、行政検査としては行わないという。単に「不安から調べてほしい」という人には、国の施策としては、現段階では積極的に検査はしない、ということだ。
ただし、災害の被災地に関しては、支援活動を円滑に行うために事前確率が低くても別枠で検査するという。
「無症状者全てに検査を行うことはない」
分科会後の会見で、尾身会長は「一般の方はここに関して関心があると思うので、説明をさせてもらいたい」と語り、有症状者と無症状かつ事前確率が高い人に対して想定される国全体の検査ニーズを国民に速やかに明らかにすることで、合意したと語った。
事前確率が高いケース、つまりクラスター発生が疑われる場所にいたり、周囲に陽性者がいたりした人の場合などについて、検査を行うことが基本方針として定められた。
特に、コロナの症状がない人については、以下がその対象となる。
(1)地域や集団、勤務先などで感染の広がりを疑う状況があり、クラスター連鎖が生じやすいと自治体が判断した場合
(2)高齢者等、重症化しやすい人が多くいる医療機関や高齢者施設などで、感染が1例でも出た場合(検査実際の判断は地域における感染状況を踏まえる)
(3)入院時や手術前など、医師が必要と認める場合
(4)検疫における必要な検査
(5)被災地において支援活動が円滑に行われるための検査
これまで行われてきた濃厚接触者への調査に加え、
・重症化で亡くなる人を減らすための検査
・水際対策を進めて社会経済活動を活性化するための検査
・被災地での支援活動を円滑にするための検査
の必要性が認められたかたちだ。
被災地での検査について尾身氏は「被災地や避難所については大事なことなので、別枠として事前確率が低くても(濃厚接触者等と)同じ扱いで考えます」と語った。
被災地支援に行く人に検査するのか、被災地にいる全員にするのか、被災地から帰る人にするのかといった詳細については、こらから検討していくとした。
毎週の「検査→隔離」より、発症時に自宅待機する方が効果的とのデータも
PCR検査については「症状はないけれども陰性だと確認をしたい」という声や、海外の例などから「希望者全員にPCR検査を」という意見がある。
尾身会長は、こうした無症状かつ事前確率が低い人に対してPCR検査を行うことについて、「いろんな意見がある」とし、そのメリット・デメリットを提示した。
【メリット】
・感染を自覚していなかった人の感染が分かり適切に対策をできることで、二次感染を防ぐ
・自分の健康状態を知りたいという希望に応える
・不安を持つ人に、陰性であれば感染している可能性が低いということで安心感を与えることができる
・野球やサッカーといった興行や海外渡航を、円滑に行える
【デメリット】
・感染リスクおよび事前確率が低い無症状者から感染者を発見する可能性は、極めて低い。膨大な数を検査しても確認できる陽性者はわずかで、感染拡大の防止に対する効果が低い
・検査は万能ではなく、偽陽性(実際は感染していないのに陽性と出る)、偽陰性(感染しているのに陰性と出る)の問題が生じる
デメリットを説明する上で尾身会長は世界5大医学雑誌の1つ、「ランセット」に掲載された論文の結果に言及した。
イギリスの医学者らが執筆した論文では、発症時に自ら自宅待機するだけで「実効再生産数」(1人の感染者が平均して感染させる人の数)を約30%低下させることができる一方、人口の5%に毎週検査を行い、陽性者を隔離したとしても、「実効再生産数」は2%しか低下しないと報告されている。
偽陽性・偽陰性の問題については、「数は色々な点によって違うが、特異度が100%であることは、絶対ない」と語り、検査が万能でないことによって生じる課題を、以下のように語った。
「ある人は99%、ある人は99.99%、99.995%と言う。はっきりとしているのは100%ではないということです。偽陽性は検査前確率(事前確率)が低くなればなるほど、増えてくる。それが、この検査の特徴です」
なお特異度とは、感染していない人を正しく陰性と判定する率を意味する。高いほど、感染していない人を陽性と判定する率が低いということだ。PCR検査では、100%正しく非感染者を陰性と判定することはできないという。
「もし検査結果が陽性になると、不要な自宅待機、健康観察、場合によっては入院などで隔離となってしまう。真の陽性者とともに隔離してしまい、そこで感染することもありうる」
「検査を繰り返し行っても問題は解決しない」
偽陽性や偽陰性の問題について、「もう一度検査を行えば問題ない」といった声があるのも事実だ。これについて尾身会長は、以下のように説明した。
「偽陽性者がいたら、もう1回検査すればいいじゃないかと。それは一つの理屈ですよね。もう一回検査をしろ、そうすれば解決すると」
「しかし、本人は自分が偽陽性かどうかわからない。誰が陽性者で誰が偽陽性者か、それは神様しか知らない。そうすると、全ての陽性者に対してもう一度検査をする必要があります」
PCR検査の感度が70%であるという点についても、疑義が示されている。感度とは、検査が陽性者を正しく陽性者と判定する割合のことだ。高いほど見逃しが少ないということになる。
尾身会長は以下のように語った。
「検査自身の能力だけでなく、検体が取れないといった技術的問題で、陽性者のうち30%が見逃される。ウイルスがあまり排出されていない時期に検体を採取すると、(見逃しは)もっと大きくなります」
「偽陰性になると、本人は良かったと思って出歩く可能性がある。そうすると、感染を広げるリスクとなります」
感染流行地域でのみ、全員に検査を行うべきという意見もあるが、尾身会長はそれも「現実的ではない」という。
東京都内では、新宿区の繁華街などで感染が拡大している。仮に新宿区民35万人全員に対して検査を行う場合、5日で行うならば1日7万件、東京都民1400万人を対象とすれば、1日280万件の検査が必要だ。
必要な検査員の数やコストだけでなく、偽陽性を含む陽性者への対応にかかる保健所や医療機関のコストを考慮した場合、必要な人材・物資・資金は膨大なものとなる。
「一度検査して安心しても、翌日に感染すれば...」
社会経済活動を感染の不安がない状態で回すため検査をし、陰性ならば活動範囲を広げる「陰性パスポート」という考え方がある。
これについて尾身会長は「証明で安心したい気持ちもよくわかる」「私もそういう気分になるかもしれません」と前置きをしたうえで、「今日陰性でも、次の日に感染する可能性がある」と、検査にまつわる根本的な問題点を指摘した。「1回安心しても、数日、数週間後に感染することは、十分にあり得ます」
こうした検討の末、「安心感は大事ですが、100%の安心は残念ながら、ないと考えながら、検査をやる」ことが重要だとし、有症状者と、無症状かつ事前確率が高い人への検査を優先するという方針を提示した。
個人や会社での検査、注意点は
なお、無症状かつ事前確率が低い人に対して行政検査は実施しないものの、民間企業や個人が海外渡航や興行のために自己負担で検査を行うことが考えられるとし、その際の留意事項も明示された。
(1)事前の説明、結果の説明、陽性時の対応、費用負担などを含む適切な実施計画を立てた上で、検査を行う
(2)医療として適切な質が確保された検査を行う
(3)簡便かつ低コストで、さらに医療関係者や受検者の負担が少ない検査を採用する
(4)検査実施者・対象者がともに検査の問題点に十分留意する
(5)事業者が従業員を対象に検査を実施する場合、労働者の同意を伴う自由意思のもとでの実施とする。コストを事業者が負担していたとしても、検査結果の取り扱いで労働者の不利益にならないようにする
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