11.お返事です
約束の日になった。
王宮には様々な部屋があるが、密談用の部屋というのは少ない。応接間のたいていの壁には隠し穴があり、そこに怪しいやつらを案内して中の様子を覗いたり聞き耳を立てたりする。
エリザベスの手紙を読んでから一週間、オレは王宮内をくまなく検分し、エリザベスと二人きりになれる場所を探した。父上や母上に会話を探られない場所を。王族というのもなかなかに大変である。
エリザベスを招くにふさわしい部屋を見つけ、使用人たちはもちろんハロルドやラースにも退室してもらった。ラースは甘えるような唸り声をあげてごねていたようだが、エリザベスのお願いには逆らえずに尻尾をたらしながら出ていった。
そして現在オレとエリザベスは、二人きりで相対している。
エリザベスはまっすぐにオレを見つめる。その瞳はキラキラと輝き、頬は紅潮している。シャンデリアが投げかける無数の光が、金の巻き毛を舞った。
期待に胸を膨らませながらオレはエリザベスの言葉を待つ。
問う必要などない。エリザベスは、オレに告白の返事をくれようとしているのだ。
プレッシャーを与えないよう、何でも受け入れますよという許容と余裕を前面に打ちだした王太子スマイルを展開する。
「で、殿下、先日はお気持ちを聞かせていただきまして、ありがとうございました……お返事ができずに、たいへん申し訳ありませんでした」
「こちらこそ突然すまなかった。驚かせてしまって」
「いえ、わたくしのせいです。……今日は、挽回させてくださいませ」
エリザベスは気持ちを落ち着けるように小さく息を吸い、はいた。
二人のあいだを緊張がよぎった。
可憐な唇が開く。
「わ、わたくしも、ヴィンス殿下をお慕いしておりましゅ……っ」
「…………」
「…………」
見つめ合うこと、数秒。
「……噛んだ……?」
「!!!!」
思わず言ってしまうと、エリザベスは真っ赤になった顔を両手で覆った。しかし逃げてはならないという克己心からなのかそろっと指の隙間を開けてこちらを上目使いにうかがってくる。
…………かわいいがすぎるだろ……。
内心で雄叫びをあげることもできずにオレはほほえんだまま立ちつくした。
なんだろう? 心が凪いでいる。ここが楽園か……。
じゃなくて、失言を詫びなければ。
「無粋なことを言ってすまなかった。リザが一生懸命に気持ちを伝えようとしてくれているのがわかった。とても嬉しいよ」
顔を隠していた手をとり、両手で包むように握ると、エリザベスは目を潤ませた。
「ありがとうございます、ヴィンス殿下……」
「ぼくのほうこそ、ありがとう」
「殿下が言ってくださらなかったら、わたくしは永遠に自らの気持ちに気づけなかったかもしれません」
永遠にか……言ってよかった。
「これからは、その……恋人として接してくれ」
「は、はい」
真っ赤になってうなずくエリザベス。
これでオレたちは名実ともに婚約者となれた。妙な夢にうなされることもあるまい。
というかいま、めちゃくちゃいい雰囲気なんじゃなかろうか。エリザベスのオレへの信頼度・好感度がぐんぐんあがっているのを感じる。
これは、もしかして、もしかするのか!?
期待に高鳴るオレの胸に応えるかのように、エリザベスはオレの手を握りかえす。
そして――、
「我が身の修行不足を恥じ入りました。この不名誉、必ずや
放たれたのは、甘いムードを一掃する決意表明。
「……ふめいよ?」
「ヴィンセント殿下。わたくし、ずっと気になっておりました。レオハルト様はなぜわたくしにあのようなことをおっしゃったのか。何かご事情があると思うのです」
「それはぼくも同意だ」
エリザベスは知らないが、オレはレオハルトの本来の性格を知っている。あんなことを言う人間ではないということも。
でも、それ、いま……?
「殿下の婚約者として、状況を放置するわけにはまいりません。わたくし、レオハルト様と話しあってみます」
アメジストの瞳がひたとオレを見据える。握られた手にぐっと力が入った。
「我が国に少しでも害をもたらすことならば、叩き潰さねばなりません」
一瞬オレすらも叩き潰されそうな圧を感じて後じさりかけた足を止める。
大丈夫、オレはエリザベスが好きすぎるだけで、国に害は与えない。むしろものすごく真面目に統治するつもりだから!
どうやら事態は急展開を迎えたようだった。