10.恋のライバル?
妃探し宣言からこっちレオハルトの周囲にはさりげなく令嬢たちがあふれている。
朝の時間に始まり、授業の合間、昼食のための休憩、放課後。我こそはという者たちがレオハルトに話しかける。レオハルトは、お前それラファエルに習ったのか自前かと問いただしたくなる甘い台詞をまじえながら、決定的な答えは言わずに彼女たちをかわしつづける。
そういった行動は子息たちの目もひく。好奇や嫉妬の目が向けられた。
リーシャ嬢はレオハルトと別行動をとるようになった。聞くところによれば黙々と勉学に励み、休憩時間をも予習・復習に充てているとか。
教師からの評判も上々であるらしい。授業は真剣に、食い入るように黒板を見つめ、わからないことがあれば質問も欠かさない。ほかの生徒たちともうちとけてきたようだ。
王子の気まぐれで連れてこられたであろう身にも関わらず自己を高めようとするリーシャ嬢にはひそかにだが同情と称賛が集まっていた。
レオハルトの狙いどおりなのだろう。
兄から離れた隣国で遊び人じみたふるまいをし、対立の勢力を削ぐとともに――おそらく一番の目的は、リーシャ嬢から『敵』の目を逸らすことだ。
***
「ごきげんよう、レオハルト様」
「レオハルト様、ごきげんうるわしゅう」
「このたびの留学では、妃候補をお探しとか?」
「ならばわたくしはいかがでしょう?」
「そうですわ、エリザベス様にはヴィンセント殿下がいらっしゃいますもの」
「お二人はと~~~~ってもラブラブでございますのよ。残念ながら隙はございませんわ」
「えぇ、それよりも私と」
「いえわたしと!」
放課後、レオハルトが姿を現した途端にわらわらと集まってくるエリザベスの護衛たち。
表向き玉の輿を狙うふりをして人の壁をつくってエリザベスを隠し、牽制している。あっぱれな働きだ。オレを応援するためというよりは「エリザベス様が国外に出たらついていけないから嫌」という必死さが透けて見えるが、結果さえ出せば思想信条は問わん。
「皆様、レオハルト様が困っていらっしゃいますわ」
エリザベスが言うとマーガレット嬢たちはさっとレオハルトから離れるものの、今度はエリザベスの周囲に集まっておしゃべりを始めた。
すごい、エリザベスが見えない。
「あら、サロンの時刻ですわ。終わりましたらお会いいたしましょう。ごきげんよう」
また令嬢たちが近寄ってくる。みっちりと隊列を組んで膨らんだスカートに圧を感じてあとずさるうち、いつの間にか部屋を出ていた。
オレの隣でレオハルトが苦笑を浮かべている。
「ぼくは嫌われているらしいな。……いや、彼女が好かれているのか」
「両方だろう」
サロン室の後ろの席ではリーシャ嬢がノートを読んでいた。徐々にその顔は曇り、眉間に眉が寄る。どうやらノートをとったはいいものの理解できないらしい――というのが離れた場所からでもわかった。
令嬢たちの一人がのぞきこみ、記述を指さしながら何か言った。するとリーシャ嬢は考えこむ顔になったあと、パッと花のほころぶような笑顔を見せた。
何度も頭を下げ無邪気な表情のリーシャ嬢に、教えた側の令嬢もつい口元をゆるませている。
なるほど、本来『乙星』が目指していたヒロイン像とは、こういうものであったわけだ。
……あー、嫌な予感が増す。
なんともいえない気持ちになりながらレオハルトをひっぱって隣の部屋へ入った。
サロン室より一回り小さな造りの部屋には、ハロルドの計らいでちょっとした飲み物と軽食が用意されている。エリザベスの好きそうな甘味もあった。
「これは……」
「お隣にも差し入れてございます」
「よくやった」
ハロルドが胸に手を当ててお辞儀する。マーガレット嬢へのポイント稼ぎだとしてもエリザベスの好物をエリザベスとそれほど離れていない空間で食べられるというのはオレも嬉しい。
近ごろ魔力集積の鍛錬をしているせいかエリザベスの気配を感じられるようになってきた気がするのだ。
がんばれば同じタイミングで食べられるかもしれん。バーチャルデートというやつだ。
「ハロルドもどうだ。相席を許すぞ」
きっとオレと同じく婚約者の気配を感じながら婚約者の食べるスイーツを食べたいだろうとそう言ってやったのに、ハロルドは直立のまま首を振った。
「私はそこまで極めておりませんので……お気持ちだけいただいておきます」
「そうか」
アバカロフ家は武闘派だから、魔法の修練はそれほどしないのだろうか。
さて、問題はレオハルトだ。
いつでも食べられるようにマカロンを右手にセットすると、オレはレオハルトを見た。
「お前な、いったいどういうつもりだ。学園の風紀は乱しかけるわ、エリザベスに言い寄るわ。隣国で悪名を響かせ、オリオン王国およびマリウス殿の名誉に傷をつけるのが目的なのか?」
「まさか。ぼくは兄上様を敬愛しているし、いずれ兄上様のものになる国へもまた忠誠を誓っている」
「……」
思わずヤバイものを見る目で見てしまった。
一見すれば無実を訴えるこの台詞の何が怖いって、表明された内容とレオハルトの言動がまったく矛盾しているところだ。
つまり、色々と面倒くさい計画が裏に存在し、察するにその鍵となる人物がエリザベスなのだ。
「……ぼくはエリザベス様に恋をした。彼女を伴って国に帰りたい。それでいいだろう?」
レオハルトは穏やかな、やさしげな笑みを浮かべる。慈愛に満ちた、作り物の表情だ。オレもよくするからわかる。
挑発されている。
「その手にはのらんぞ」
「ふむ。ならもう少し話をしようか。ぼくは、我が国ですごしたほうがエリザベス様が幸福になれると考えている」
「あ゛ぁ゛????」
いかん、出してはいけなかったはずの声が出た。
おそるおそる背後をうかがうと、ハロルドが首を振っている。
レオハルトはそ知らぬ顔で話を続けた。
「我が国は先日、
「……何が言いたい」
「エリザベス様に裕福な暮らしを約束できる。君の治めることになる国にいるよりも」
「貴様――」
金を目当てにエリザベスが心変わりをするとでもいうのか。
侮辱するな、と口を開きかけて、そうではないことに気づいた。
少なくとも資金面では、オリオン王国は我が国よりも余裕がある。それはつまり、将来エリザベスの耐えるべき負担を減らせる可能性が高いということ。
生活というのは
しかし、エリザベスの幸福を第一に考えたとき、資金面では王太子であるはずのオレがレオハルトに届かない。
いやエリザベスなら「お金など問題ではありませんわ。二人で国をよくすればおのずとついてくる結果です」って言ってくれる確信があるけど。
それはそれとして、負けた気になる。
「……ッ」
揺さぶってくるじゃねぇか……。
ぐぬぬぬ、とうなっていると、ハロルドが一歩前に出た。
「やはり同席をお許し願えますか?」
「あぁ、もちろんだ」
レオハルトはにこりと笑う。それに対し、ハロルドは……目を細め、やわらかく口元をゆるめた。
!!
一年に一度あるかないかの
レオハルトに笑いかけられたのだから無表情を返すのは失礼にあたる。それはわかっていてもなんだか負けた気分になる。
オレも、とハロルドに笑顔を向けるも、ハロルドはチラッと流し目をくれただけでノーリアクションのまま、レオハルトにむかって口火を切った。
「噂によればオリオン王国ではいま、我が国から輸入した『乙星』が流行してるとか。マリウス殿下やリーシャ様もあの小説を非常に好んでいらっしゃるとお聞きしました」
「ほほう、噂に聞くとおりアバカロフの家は様々に手をのばしているらしい」
レオハルトがにやりと口元を歪めた。
「エリザベスに近づく理由は、マリウス殿に関することだな」
「
「だから問題なんだろうが」
暗にすべて推測がついているのだろうと言われ、眉を寄せた。
推測と本人の口から聞くのではまったく違う。レオハルトも、いったいどれだけの事情があればオレがうなずくのかを計っているのだろう。
当然おいそれと了承するわけはない。
いくらエリザベスがよいと言ったとしても。
ようやく守ったエリザベスをまた《悪役令嬢》に仕立てあげるなんて。