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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が【また】悪役令嬢にされそうなので

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9.ラースの処遇

 帰路はまた、エリザベスを馬車に同乗させて王宮へ戻った。エリザベスは先ほどのリーシャ嬢のように頬を染めて視線をうつむけている。

 学園から王宮への道は短い。いったい何と声をかければ緊張を解けるのか考えているうちに、馬車は門へとすべりこんだ。


 朝ぶりのラースは、……母上に足首をつかまれていた。


「もしかしてずっとこのままで……?」

「目を離して逃げられたら困るでしょう。エリザベス嬢の元へ向かうかもしれませんし」

「それは、たいへんお手数をおかけいたしました」


 真顔で返してくるので言葉を額面どおりに受けとりそうになるが、裏の意味としては「自分だってエリたんに会いたいのを我慢してるのにコイツにおいしい思いをさせるかオラァ」である。エリザベス、恐縮して礼をしなくていい。

 母上の隣にはドメニク殿がいた。「朝から……?」と呟いてドン引きの顔で母上の手元を見ているのでラースを封じているのは相当難易度の高い魔法らしい。

 さすがあく……奇跡と呼ばれた王妃。


「それで、ドメニク殿がいらっしゃるということは、ラースに関して何かあるのでしょう?」


 単なる報告なら父上に話して終わりのはずだ。

 水を向けるとドメニク殿は我に返った顔になって背筋をのばした。


「はい、まずは、ドルロイド邸に残された魔法陣についてですが……」


 ドメニク殿の語るところによれば、魔法陣はやはり邪竜を復活させるためのものだったという。

 しかしそもそも邪竜は厳重に封印されているため、完全復活は不可能だ。肉体と魂の両方を捧げ、かろうじて漏れでた瘴気で己を竜化させる程度にすぎない。


「肉体と魂の両方を……」


 それが示すのは、ラースがもはや人間には戻れないということだ。

 いま事実としてあるのは、我が国に邪竜と呼ばれる存在が一頭いる。ただそれだけ。邪竜が現れたとなれば、国を守る者として、討伐せねばならない。


「しかし、魔法陣に組みこまれた術式は召喚のみではありませんでした」


 青ざめたエリザベスに向かってドメニク殿は手をあげた。まだ話は終わっていない。

 ドメニク殿の眉間に深い皺が寄った。逡巡ののち――決意したように口を開く。


「魔法陣には、邪竜とエリザベス様との契約が組みこまれていました。現在、このドラゴンはエリザベス様の支配下にあります」

「……!?」


 エリザベスが目を見開く。


「普通ならば邪竜と契約を結ぶことなどできないのですが……エリザベス様のものと思われる金髪が、媒介に使われていました」

「――あ……!」


『ドレスをつかまれ、髪を引かれまして……』


 エリザベスの言葉がよみがえる。いまより十年も前の、ラースとの喧嘩。プライドが高く意地っぱりであったラースが、邪竜へと身を投げるほど恋心をこじらせた原因。

 幼い手に絡みついた金髪を、大事に保存していたのだろうか。ただの変態じゃないか。

 冷たい視線をラースに向けるとオレを敵視しているはずの邪竜はササッと視線を逸らした。己の前身が何かまずいことをしたというのはわかるらしい。


「なるほど、それでエリザベスの部屋へと一直線に現れたわけか」


 エリザベスの居場所を見つけ、そばにとどまるために、契約は必要だったのだ。

 竜や神獣のたぐいは、人間と契約を結んだ場合はその者の守護者となる。


「……なら危険はないということだな。エリザベスの命令に絶対服従であるかぎり、ラースを討伐する必要はない」


 はぁ、とオレはため息をついた。

 逆にそれはラースの生殺与奪をエリザベスが握るということだ。父上はきっと、エリザベスの思うようにせよと言ったのだろう。

 王家からの命令であったほうが気が楽だったろうに。


「どうする、エリザベス」


 オレの問いに、エリザベスは顔をあげた。真剣なまなざしだった。選択を委ねられている責任を知る者の目。

 ラースとこのまま契約を結ぶというのであれば、エリザベスにはさらなる責任がのしかかる。


 しかしエリザベスは悩まなかった。

 静かなる宣言が広間へ響く。


「ラース様に、わたくしの守護竜となっていただきます」


 い――――な――――。


 心の声は外に出さないよう真面目な顔で、エリザベスの選択に同意する、という余裕を見せつつうなずく。

 ラースは目をチカチカ点滅させながらオレを見てくる。理由はないが自慢されているということだけはわかった。腹立つな。


「では、この者を自由の身としよう。誠心誠意エリザベス嬢に仕えなさい」


 母上が手を離す。ラースは尻尾をぱたぱたと揺らしながらエリザベスに近づき、周囲をくるくると飛んだ。それは飼い主と長らく離れていた仔犬のようであった。


 しかしオレですら羨ましく感じるラースの喜びは、ほかならぬエリザベスによって打ち砕かれることとなった。


「で、殿下、これを……」


 頬を染めながらエリザベスが手渡してきたのは、淡い花柄の封筒に入った手紙。封蝋もラ・モンリーヴル公爵家の家紋もない。きっと学園での空き時間に書いたものだ。

 ラースの尻尾がぴたりと止まった。


 誰がどう見てもそれは恋文ラヴ・レターだった。


 

***


 

 エリザベスがラースを連れて公爵邸に帰ったのち、自室に戻ったオレはドキドキしながら手紙を読んだ。


『ふがいないわたくしをお許しください。

 心の準備をするお時間をくださいませ。

 今度の週末にまた王宮にてお目にかかります。 リザ』


「……リザ」


 心の奥底から感情のうねりが押しよせてきて言葉が出ない。


 おそらく必死すぎて気づいてなかったんだろうが、これ、返事だぞエリザベス。

 いや、わかるよ。見てればわかるんだよ。エリザベス、オレのこと好きだよね??? いままで自覚していなかっただけで、オレのアピールはちゃんとエリザベスの心に浸透していたのだ。

 だから、手紙で返事をくれたのならそれでいいと思ったのだが。

 あの誠実なエリザベスが、顔も見ずに気持ちを伝えることなどするわけがなかった。


 態度で伝え、手紙で伝え、さらに声で伝えようとしてくれているのか。


 手紙を胸に、ベッドへと倒れこむ。幸福が胸中を満たした。


 ……はぁ、好き……。

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