5.争奪戦を開始します
母上とレオハルトの視線がエリザベスをとらえ、輝く。
「きゃああああああっっ!!!」
リーシャ嬢が
うむ、カオスだな。どうすんだこれ。
現実逃避しかけたオレの目の前を、レオハルトが横切った。
ラースには目もくれず、とっととエリザベスに近寄っていく。
優雅な一礼。
「はじめてお目にかかります、わたくし、オリオン王国第二王子、レオハルト・ベルリオーズと申します。レオとお呼びください」
「はじめまして、わたくしはエリザベス・ラ・モンリーヴルと申します。父は公爵ですわ。国王陛下のお隣に。……まぁ、ラース様、いけませんわ。失礼いたしました」
目を赤くして威嚇するラースを、エリザベスは落ち着いた対応を返しながらたしなめた。そしてレオハルトと、ますます顔を青くしているリーシャ嬢にも詫びる。
「エリザベス様、お姿だけでなくお名前も美しい。……お名前で呼んでもよろしいでしょうか?」
爛々と目を輝かせるラースをまたもやあっさり無視し、レオハルトは言い募る。オレたちの様子から、危険はないと瞬時に判断したようだ。
無邪気に問うレオハルトはエリザベスしか見ていない。
は? ちょっと待て。金髪に紫の瞳の相手を探していると言っていたのは本気だったのか。
「レオハルト、エリザベスはぼくの――」
「エリザベス様。私と結婚してください」
釘を刺しておこうとしたオレの言葉が終わらぬうち、広間にレオハルトの声が響いた。
「な――……」
『そなたとエリたんの婚約を破棄する。エリたんを我らの養子とし、王女にふさわしい男を隣国から婿に迎えよう』
夢の中で聞いた父上の声がよみがえる。雷光のごとく閃いた恐怖に支配され、オレの身体は硬直したまま動かなくなった。なんとか視線だけを向けると、父上は感情をなくした目で事の成り行きを見守っている。つまり、マジギレしていないのだ。ラース(人間)を一瞥で黙らせるほどだったというのに。
母上もリーシャ嬢に寄り添ったまま沈黙を守っている。レオハルトの求婚に異を唱える気配はない。
ハロルド――ハロルドはいつもどおりの氷の無表情。
誰もが黙った。広間は異様な沈黙に包まれていた。
まさか、レオハルトこそがエリザベスの婿候補なのか……?
恥ずかしがるエリザベスを眺めてニヨニヨしていたせいですべては手遅れとなり、オレは息子失格の烙印を押されてしまったというのか。
いや、悪夢の妄想に囚われている場合ではない。
接着剤で膠着されたようになっている顎をなんとかひき剥がして口をひらく。
「レオハルト、エリザベスはぼくの――」
「お申し出はたいへんありがたく思いますが、それはできません」
オレの言葉はまたもや遮られた。しかし今度は、エリザベスのすずやかな声に、だった。
背筋をのばし、ほほえみを浮かべながらレオハルトを見るエリザベスは、国を背負う者としての自負と気品にあふれていた。
エッ……エリザベスうううう……!!
誰も味方になってくれない状況で、君だけはオレを守ろうとしてくれるのだな……。
あまりの凛々しさに惚れなおし、涙ぐみそうになっているオレの前で、気高い『お断り』は続く。
「なぜならわたくしは、ヴィンセント殿下の婚約者であり、ヴィンセント殿下を――」
そこまで言って、エリザベスはふと口をつぐんだ。周囲を見まわす。オレ、オレの両親、自分の父親、もちろんレオハルトやリーシャ嬢、ハロルドに家令に使用人たち。
その場にいるすべての者の注目を集めていることに気づいたエリザベスは、愛らしい唇をふるりと震わせ。
次の瞬間、ボンッと音が立ちそうなほどの勢いで赤くなった。
……あっ(察し)。
オレに告白されたことを忘れていたのだな、エリザベス。そういえば邪竜騒ぎでオレもすっかり頭から抜け落ちていた。
真っ赤になったエリザベスの隣でラースがキーキーと抗議の声をあげる。本能的にオレとのあいだに何かが起きたことを悟ったようだ。
あらためて父上と母上をうかがうと、二人とも両手で顔を覆っていた。先ほどの沈黙はエリザベスの恥ずかしがる顔を待っていただけか。
エリザベスの友人たちには国王勅命の護衛が含まれているため、彼女たちが学園での様子を御注進したのだろう。
オレの視線に気づいた父上が右手の親指と人差し指をのばして顎に触れて見せた。そんなハンドサインはまったく覚えがないが、おそらく「このままエリたんに任せよ」の意味なので黙っておく。
「申し訳ありません、お見苦しいところを……」
エリザベスは頬の熱を散らすように手のひらを押しつけ、深呼吸した。
父上と母上がやさしいまなざしで首を横に振る。お見苦しくなんかないぞ、と。エリザベス気づいてないけど。
「お申し出はお受けできません。レオハルト様にはふさわしい方がいらっしゃいます」
やや強引に話を区切り、この話はおしまいと頭を下げるエリザベス。
しかしレオハルトは退くどころか一歩前に踏みだした。振られたくせにますます熱っぽい目を向け、
「いいえ、あなた以上にふさわしい方などいらっしゃいません。ヴィンセントはやめて、ぜひぼくの妃に」
あ゛ぁ゛??
次いで放たれた一言に、王太子にあるまじき声が出そうになった。