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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が【また】悪役令嬢にされそうなので

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6.わたくしたちは想いあっております

 さすがにそれ以上近づくことはなかったものの、レオハルトは身振りを交えながら熱弁する。


「エリザベス様、あなたこそぼくの運命の人なのです。我が国のためにはあなたが必要だ」

「そこまでにしろ、レオハルト。エリザベスが必要なのは我が国も同じだ」


 特にオレとか父上とか母上には不可欠だ。エリザベスがいなくなったら食事が喉を通らなくなる。それがわかっているからこそ家令も王太子の五倍の護衛をつける出費を認めているのだ。


 さすがにこれ以上は傍観していられんと割って入り、今度はオレがエリザベスとレオハルトのあいだに立ちふさがった。

 ラースも加勢するかのようにオレの隣に浮かんでいる。敵の敵は味方だな。いまだけ共闘しようぞ。

 ハロルドからも冷たい視線の加勢が――いやこれ加勢かな? 万が一にでもエリザベスを奪われることがあればマーガレット嬢がハロルドとの婚約を破棄して隣国まで追いかけていきそうだからかな? そうなった場合ハロルドもオレの護衛役を辞退してマーガレット嬢を追いかけていってしまいそうで怖い。


 王太子としての姿勢は崩さぬまま、屹然とした態度でオレはレオハルトを見た。


「聞いただろう。エリザベスはぼくの婚約者だ。それだけではない。()()()()()()()()()()()()()()()。エリザベスが君の手をとることはない」


 言って、同意を求めるためにエリザベスを振り向き――オレは思わず声をあげそうになった。

 エリザベスは胸の前で手を組み、ふたたび耳まで真っ赤になって固まっていた。

 顔をあげ、正面をまっすぐに見据える表情は公爵令嬢にふさわしい堂々としたもので、けれどもアメジストの瞳はうっすらと涙で潤んでいる。渾身の気力をふりしぼり羞恥をこらえているのが丸わかりの顔だ。


「さっ、左様でございます。わたくしたちは、想いあって……おります」


 ぎくしゃくとうなずき、ぎこちなく震える声で告げるエリザベス。


 えっ、びっくりするほどかわいくて驚いた(重言)。

 レオハルト、お前このエリザベス見てどうして自分に勝ち目があると思うんだ??? ラースも力が抜けたのか床に墜落している。

 父上と母上はふたたび顔を覆い、エリザベスと同様に耳まで赤くなって震えていた。


 いやそれどころじゃない。こんなにかわいいエリザベスをよその男に見せてたまるか。0.001%の可能性を切り拓いてしまうのがエリザベスの魅力。レオハルトが本気になるかもしれん。オレ然り、ラース然り、性格に難ありなやつほどエリザベスに惚れるのだ。

 レオハルトも裏の顔を持っている。油断はできなかった。


「そろそろ学園へ行く支度をせねばならぬ。レオハルト、リーシャ嬢、朝食を用意させよう」


 奥義、王太子スマイル。話の腰をブチ折って朝食の指示を出す。

 オレの言葉に給仕たちが動きはじめた。一人場違いな身分な上に謎の恋愛劇を見せられたリーシャ嬢は精神崩壊メンタルブレイク寸前の顔をしていたが、やってきた給仕に背筋をのばして礼を言った。

 その様子を見てレオハルトも渋々といった表情で席につく。


「エリザベスはぼくの馬車に同乗すればいい。よろしいですか、公爵殿」


 これ以上ちょっかいをかけられぬように宣言し、父上の隣に立っていた公爵殿へ同意を求めれば、……なぜか、涙ぐんでいた。


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 っあー、そうか、つい勢いで言ってしまったが、実父の前で娘はオレのもの宣言をしたのだと気づく。

 もちろん幼いころから婚約していた身、エリザベスが王家に嫁ぐことは揺るぎようのない事実だが……天使むすめが着実に親の手を離れようとしていることを実感してしまった心境を想像すると、胸が締めつけられるようだ。


 ごめんなさい公爵殿。

 よろしくお願いいたします、に別の意味が込められているような気がして、エリザベスがまともに喋ってくれるようになったらご挨拶に行かせてもらおう、とオレは決意した。

 父上はいたわるように公爵殿の肩に手を置き、別の手で見えない角度からサムズアップしてきた。迎える側はウキウキである。


「で、最後にラースだが――……」

「あぁ、ラースは王宮に置いていけばよい。王妃がなんとかする」


 『説得』しなければならんのかとつきかけたため息は、父上の言葉でひっこんだ。


「なんとかって、ドラゴンを……」

「任されましたわ。アカデミアが終わるまで王宮であずかりましょう」


 邪悪な種族に属する《燃え盛る鉄竜イヴリース》を、と眉を寄せた目の前で、母上はひょいとラースの首の後ろをつかんだ。まるで仔猫の扱いだ。

 おまけにそうされると逆らえないのか、ラースも目をぱちくりさせながら大人しくぶらさがっている。


 ……なんで???


 目をこらすと、母上の手から緑のオーラが出ているのがわかった。凝縮され、可視化された魔力だ。

 封印術……なのか? もちろんオレにはそんなことはできない。


「……いったい何者なんですか、母上は」

「若いころに数々の武功を打ちたて、ウルハラのあく……奇跡と称えられた人じゃ」


 ぼそっと呟いた問いに返ったのは、表面上落ち着いた答えであった。が。

 父上、ごまかしましたけど悪魔って言おうとしましたよね?

 オレの母上は悪魔と呼ばれた女だったのか……。

 特に違和感がないところが怖いな。


「ラース様、待っていてくださいませ。またお迎えに参ります。今後のことを話しあわねばなりません」

「きゅうぅ……」


 エリザベスが真剣な顔で告げる。

 ラースは母上に首根っこつかまれたまま弱々しく手足をあがかせたが、戒めは解けぬと悟ったようでがっくりとうなだれた。

 まぁ、せっかく邪竜と一体化してエリザベスの元にやってきたのにうちの母上に捕まったのでは、気落ちするのもわかる。しかしそれが邪竜というものだ。討伐されないだけましと思ってもらわねば。


「レオハルト、リーシャ嬢、わかっていると思うがこのことは他言無用で頼む」

「あぁ」

「はいっ、もちろんです!」


 釘を刺しておくとレオハルトは軽く頷き、リーシャ嬢は元気よく手をあげた。

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