最終話.これからの二人
アバカロフ伯爵邸の大広間で行われた婚約披露パーティは、それはもう見惚れるほどの美しさで、わたくしは思わずため息をついた。
重厚な館内を飾る、国中から集めたと思わしきたくさんの、色とりどりのマーガレットの花々。それはもちろん婚約者の名にちなんでのこと。
その中心には、幸せいっぱいの主役のお二人。
ミルキーイエローのドレスに身をつつむマーガレット様。ふんわりと裾の膨らんだスカートは甘い印象を添えて、いつも元気いっぱいの彼女の新たな一面を見せてくれる。
新たな一面といえば、隣に並んだハロルド様も。冷静な表情でヴィンセント殿下の背後に控える普段とはまったく違う。
マーガレット様を見つめる目は優しくて、口元は本人にとって無自覚だろうとわかってしまうほど終始ゆるんでいる。その表情を見ているだけでわたくしの頬までゆるんでしまう。
幸せが連鎖するとはよく言ったもの。
「ふふ、見てください、ハロルド様のお顔。とけてしまいそうですわ」
腕をそっとひいて告げると、ヴィンセント殿下はやるかたない表情で頷かれた。
「ぼくにはほとんど笑わないくせに……」
拗ねた物言いに思わず笑ってしまう。
このごろの殿下はとても表情豊かで、以前よりもわたくしに対して気を許してくださっているように感じられる。それがとても嬉しかった。
成人パーティでの一件は、殿下とわたくしの関係を変えた。あとで人払いをした殿下が膝を折って頭を下げられたときには驚きのあまり卒倒しそうになったけれども……わたくしの慌てぶりに顔をあげた殿下は、もう誤解されることのないようにしよう、とおっしゃった。
楽しかったお忍びデートも、こうして二人そろって人前に立つこともそう。妙な噂などに負けないくらい、二人の関係を確固たるものにするため。
だから、
「ヴィンセント殿下にはわたくしがおりますわ」
もちろん、乳兄弟として長い時間をすごしたハロルド様には敵わない部分もあるでしょう。でもわたくしだって殿下のお役に立ちたいと願っているし、できることはあるはず。
そんな思いを込めて告げると、殿下の頬がぱっと染まった。それはすぐに柔らかな微笑みに変わってしまったけれど、殿下を元気づけることには成功したようだ。
「あら?」
ふと視線を感じて顔をあげた。
マーガレット様が熱心にわたくしたちを見つめている。ハロルド様もこちらへ視線を向けつつ苦笑を浮かべている。
きっと、ご挨拶をなさりたいのだわ。王太子であるヴィンセント殿下は本日の出席者の中でもっとも位が高い。たしかに殿下のお祝いの言葉が終わらなければ、ほかの方々は話しかけづらいでしょう。
「殿下、参りましょう」
そっと囁きマーガレット様に向かって視線で頷くと、意図を理解した彼女はぱぁっと顔を輝かせた。やっぱりそうだったのね。
エスコートを受けながら、二人で大広間を横切っていく。
寄り添うハロルド様とマーガレット様は未来への希望にあふれている。そしてわたくしたちも、また。
はじめてお会いしたときの殿下は八歳で、ヒールを履いたわたくしよりも少しだけ小さかった。あのときの殿下は口を利いてくださらなくて。でも瞳には真摯な気持ちがあふれていらして、きっと王妃にふさわしいかどうかの見極めを受けているのだと身の引き締まる思いがしたものだわ。
そっと隣をうかがう。少年の面影をなくしつつある横顔は少し見上げなければならない位置にあって、おだやかな余裕に満ちている。
胸にじんわりと、あたたかな感情がわいた。
……こんな想いは、お二人の前では言えないわね。
でもパーティが終わってから伝えるには恥ずかしすぎる。
一歩だけ、ほかの方々からはわからない程度にヴィンセント殿下との距離を詰めると、わたくしは小声で囁いた。
「ヴィンス殿下。……わたくしはこれからも、殿下と歩みとうございます」
「……リザ」
愛称だけの返事はヴィンセント殿下の驚きを表していた。
わたくしったら、はしたなかったかしら。幸せな空気にあてられてしまって。
本心ではあるのだけれど、言ってしまってから急に恥ずかしくなって俯いたわたくしの耳に、
「「ン゛ン゛……ッ!!」」
押し殺したような声が、……二箇所から聞こえた気がするけれど、気のせいかしら?
第一部の最終話です。最初に考えていたストーリーはすべて形にできました!
第二部も構想中ですので引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。