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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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番外編2.転生した異世界にときめきがたりないのでラノベを書きます(セレーナ)

設定裏話的な、趣味全開の番外編です。

 セレーナが前世の記憶を取り戻したのは、十四歳のときだった。


「えっ」


 思わず声をあげた拍子に写本を汚しそうになって慌てて筆を置く。そしてぐるりと周囲を見渡した。

 幼いころから見慣れていたはずの屋敷が、突然見知らぬ場所のように思えた。天井が高い。テーブルがいかつい。そして、壁紙がハイテンションすぎる。天使が花に包まれてラッパを吹いている。

 爵位とは名ばかりの貧乏子爵家と信じこんでいたが、前世で暮らしていた築五十年の戸建てからしたら目の玉が飛びでるほどの豪邸である。


 もっさりと目のあたりまでかかる前髪に指先をつっこみ、セレーナは青ざめた顔を覆った。

 これはあれだ、前世で何度も読んだ異世界転生というやつだ。ぴえぇ。


 セレーナの前世は、乙女ゲー大好きちょっぴりシャイな十七歳であった。

 中学のころに姉から借りたゲームでハマった乙女ゲー。お年玉をつぎこみ、ソシャゲも三本同時進行など当たり前だった。特に好きだったのは貴族社会を舞台にしたファンタジー。そこから派生して異世界転生モノも。

 この世界は乙女ゲーの世界と何やら似ているように思うのだが、自分の名にも姿にも覚えはない。物語の中に入りこんでしまったのではなく、単純に異世界に転生してしまったパターンのようだ、とセレーナは推測した。


 なぜ、どうして、と考えても理由はわからない。そういうものだろう。

 一つだけ理解できたのは、自分が長年この世界の小説に物足りなさを感じてきた原因である。


 

 セレーナはかつて神童と呼ばれていた。文字を覚えるのが早く、難しい書物でもすらすらと読んだ。いま思えばあれば前世の力によるものだった。前世では読み書きは当然の技能であり、この世界のように貴族や富裕層の特権ではない。単に慣れていただけだ。

 だから家庭教師がついて歴史や音楽、哲学といった専門性のある学問になった途端、セレーナの頭脳は失速した。

 微妙な顔をしつつも父親はまだセレーナの可能性を信じ王立アカデミアへの入学金を捻出しようとしてくれているが、前世を知らぬ頃のセレーナにとっては嬉しい反面重荷でもあった。


 唯一得意だった読み書きを利用し、セレーナは写本をして家計を助けることにした。

 すでに活版印刷は発明されているものの欠けやズレも多く、昔ながらの伝統を大切にする貴族たちに写本はまだまだ需要があった。漂白された紙に美しい手書き文字カリグラフィを並べ、余白には金箔で装飾を施す。細かい作業が好きなセレーナにとって写本は天職であった。

 いまからこつこつと売上を貯金しておけば学費くらいは稼げるだろう、とセレーナは考えていた。


 しかしそうして写本を続け、依頼された様々な本を読むうちに、何か物足りない、という思いが胸にわいてきた。

 姫をさらった悪漢を追いかける王子。不遇の姫を助けだす王子。流行の小説を読むたびに、私はもっと面白い物語を、美しい姫を、壮大なラブストーリーを知っている気がする……そんなフラストレーションがふつふつと胸を焦がすのだが、しかしタイトルも、肝心の内容すら思い出せない。

 この数年、悶々と抱えつづけていた悩みであった。

 それが今日、なんのはずみか突然に答えを見出した。


 セレーナが知っていたのは前世の、時代が進んで洗練された『乙女ゲー』およびそのノベライズだ。

 美形登場人物たちの細かな描写があり、胸きゅんエピソードがあり、自分が主人公だと思わせてくれるシナリオがある。

 それに比べこの世界の小説は、前世でいう十八世紀あたりのものだった。カメラもテレビもない世界で小説は『非日常』だ。非日常性を強調するため語り口は伝聞調で、心理描写は苦悩に満ち、登場人物たちは各地を放浪し風景描写にページを割く。そういったものがベストセラーのテンプレであった。


 

 ときめきが足りなかったのだ、とセレーナは思った。

 そして、写本とは別に紙を取りあげると、そこへ何かを書きつけはじめた――。


 

***


 

 執筆を始めてから三年。王立アカデミア入学からも一年の経った頃、セレーナは中堅人気作家に成長していた。

 入学費を自分で支払ったほどに稼ぎ、あと一作書けば三年間の学費もなんとかなるだろうといったところまできていた。

 人気の秘訣は乙女ゲーから得た知見によるアイディア。有り体にいえば前世の知識チートである。


 セレーナの売りは、『庶民にもわかりやすく、夢とときめきを与える中編小説』。

 文章力はイマイチだが目の付け所はピカイチ、というのが原稿を渡している出版社の言であった。なんせこの世界の小説は前世でいうゴシック小説のあたり、好事家ディレッタントたちのえがく重厚で退廃的な怪奇小説が新しいタイプの文学としてもてはやされている時代。

 そこへ、サクッと。

 《ラノベ》の手軽さ、とっつきやすさをもって、セレーナは市場に参入した。

 ヒーローとヒロインの一人称による臨場感あふれる物語の進展。深刻でなくていいが、興味を惹くちょっとした謎。言われてみたいと思わせる気障っぽい台詞の数々。

 舞台は遠いどこかの国ではない。いまそこにあり、主人公に感情移入ができるような。のめり込めるような、読み終わった後には爽快さの残るような、軽い読み物。

 それはまさしくライト・ノベルであった。


 セレーナの書いた小説は粗末な半紙に大量印刷され、紐で閉じられて売られた。

 貴族向けの高尚な文学を書くつもりはなかった。セレーナの頭脳では書けないし、貴族界隈にこの副業が知られては前世の知識を持っていることも露見するかもしれない。部数は多くともあくまで売上のうえでは《中堅》の、薄利多売の分野をセレーナはあえて選んだのだ。


 

 今日もセレーナは執筆にいそしんでいる。

 数年かけて地盤は固めた。

 これまでになかった形態の小説は庶民の心を急速につかみ、書きまくったおかげでセレーナ自身の構成力・表現力も飛躍的に向上した。相乗効果で発行部数は新作のたびにのびている。

 王立アカデミアに入学し、一年間をすごしてみて、セレーナはこの世界の『学園』を知った。まばゆいばかりの上流貴族の暮らしを知った。きらきらしいクラスメイトたちと会話するだけで緊張のあまり動悸息切れがしてくるが、そんな庶民目線な感性も作品には大切だ。


「いけるわ……!!」


 脳からあふれでる文章を紙へと叩きつけ、セレーナは興奮に頬を染めた。

 満を持して書く時がきた。

 前世のセレーナを乙女ゲーオタクに突き落とした名作、『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』ノベライズを、この世界で。


 

***


 

 それからさらに一年後。

 セレーナは、青ざめて震えていた。

 家族にすら明かしていないセレーナの副業を唯一知る『編集長』は、インクの染みた指先で鼻をこすりながら豪快に笑った。


「なぁに、お上から目ぇつけられたらしばらく店をたたむさ! お嬢のことは口が裂けても言わねーから安心しな!」

「そそそそそういう問題じゃないですよぉ!!」

「こんな力作を書いてくれたんじゃあ、オレたちだって気合入れて応援しなきゃなんねぇ」

「いや気合入れなくていいんです!! 万が一ですよ、万が一、王太子様や公爵様の目にとまって、捕まっちゃったらどうするんですか!?」

「そんときゃ店たたむって! ほとぼりが冷めたら名前を変えて再出発だ。お嬢の筆名ペンネームも新しいの考えとけよ」

「怒られる気満々じゃないですか!!」


 ひいいいっとセレーナのあげる叫び声を、編集長の豪快な笑い声がかき消す。


 なんて軽率な真似をしてしまったのだろうとセレーナは後悔した。執筆の勢いと多少の「話題になって売れたらいいな」の期待が相まって、セレーナは主要キャラの外見を実在の人物から拝借した。

 主人公は、自分。

 王太子は、実際にこの国の王太子殿下。

 悪役となる公爵令嬢は、その王太子殿下の婚約者様。


 魔が差したのだ。しかしはっと気づいたときには遅かった。編集長は、セレーナ以上に金に対して貪欲であった。薄利多売なのだから数を売りたいのは当然である。

 彼はわざわざ普段の倍の枚数の挿絵を用意し、王太子と公爵令嬢を言い逃れできるかできないかのギリギリのレベルまで似せて描写したのである(ちなみに主人公はセレーナよりも目が大きな活発そうな少女になっていた)。

 できあがった本を見せられたときには、すでに何百という数が刷られたあとで、編集長は聞く耳を持たなかった。


「実はオレも商家の出なんだよな。読んでてワクワクしたぜ! こりゃー大ヒット間違いなしだ!」

「ああああああ……」


 セレーナは断末魔の悲鳴をあげて床に崩れおちた。

 もうだめだ。終わった。

 手鎖五十日の刑とかなったらどうしよう。

 いやそれより貴族の身でこれを書いたことがバレれば、それこそ学園追放とか。身分剥奪とか。そういった事態に発展する可能性もある。

 売るぞーっと拳をつきあげる編集長に背を向け、セレーナは涙目で自分を転生させたかもしれない神に祈った。


 

***


 

 それからさらに数か月が経過し。

 セレーナは、まだ捕縛されていなかった。

 しかしそれよりももっと重大な事件が起きていた。

 なんと『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』の主人公にそっくりな少女が現れ、その少女と騎士団長の御子息が一緒にいる姿を見かけることが増えたのである。

 生徒たちは『星の乙女』が小説を抜けでて現れたのだと噂しあっている。

 おまけに王太子殿下と婚約者の公爵令嬢はどこかよそよそしい。……案じる視線だけは相手に向けながら。


(いったいこれはどういうこと……?)


 『星の乙女』が実在するわけがない。それは書いた本人が一番よくわかっている――つもりだったけれども。


 まさか、転生者の小説にはシナリオを現実化させる力があるのだろうか?


 思い至った仮説に血の気がひいた。

 異国の伝説ではなく、いまここにあるロマンスを書こうとした。臨場感あふれる恋愛を。そのスパイスとして実在の人物の特徴を借りたのは、ほんの出来心だった。

 しかし状況はそんな言葉ではすまない事態となっている。

 自分が、自分の小説が、想いあう二人をひき裂き、学園に混乱を招いている。


(申し訳ありません、お二人とも……!!)


 セレーナは心の底から過ちを悔いた。

 悔いて、悔いて、そして自分にその力があるのなら、必ずや二人をラブラブにせねばならぬと決心した。

 前世の乙女ゲーのときめきと、今世の貴族としての知識。その二つをフル活用し、リアルな超大作を完結させる。


 空き時間のすべてをついやし、セレーナは王太子ヴィンセント婚約者エリザベスの小説を書きつづけた――。

 それが本人の目にとまり、かつその本人が唯一にして最大の読者ファンになるとは知らずに。

明日のお昼にもう一つ投稿します~。

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