番外編1.ベタ惚れの幼馴染が護衛対象にベタ惚れすぎる(ハロルドとマーガレット)
「私、大人になったらハロルドと結婚するの! ……ハロルド・アバカロフ。汝はマーガレット・ファーミングを愛すると誓いますか?」
二人で編んだ揃いの花冠を頭にのせ、幼いマーガレットは天真爛漫に笑った。
ハロルドもまたとびきりの笑顔を見せ、マーガレットの手をとると、二人は何度も頷きあった。
王族の護衛役として代々続くアバカロフ家と同様、ファーミング家は王宮の警備を専門とする家系で、特に女性の護衛に秀でている。ファーミング家の令嬢はすべからく諜報術や戦闘術を叩き込まれ、王妃や王女の傍らに侍る。
当然アバカロフ家とファーミング家は王宮で顔を合わせることも多く、公私ともに家族ぐるみの付き合いだ。
ハロルドとマーガレットは幼馴染だった。兄弟のように、仔犬がじゃれあって駆けまわるようにしてすごした。
気づけばハロルドはマーガレットに恋をしていた。彼女以外の女性と添い遂げるなどありえなかった。
子どもの頃の冗談とは言わせない。
成長してからもハロルドは虎視眈々と外堀を埋めていった。
「――好きだ、マーガレット。私と結婚してほしい」
王立アカデミア入学直前。
両親の了承を得、ファーミング家の許可を得、ハロルドは一世一代の告白をした。胸に手を当てて跪き、愛を乞うたのだ。
マーガレットはもちろん頷いてくれた。紅潮した頬と潤んだ瞳は、たしかに喜びのためだった。
ついに婚約者と同じ場所で日中の大半をすごせると大はしゃぎの
彼も彼の主も、食堂で好きな相手と向かい合い微笑み合う光景を夢想し、話題集めに余念がなかった。
しかし一途な少年たちの目論見は、淡くも崩れ去る。
『乙星』をめぐる騒動でヴィンセントはエリザベスとの距離を縮めることができなくなった。主人の周囲に不穏な動きがあれば当然ハロルドものんきにすごしているわけにはいかない。
ヴィンセントの命を受けた際、マーガレットをエリザベスの護衛へと手配したのはハロルドだ。マーガレットの能力を信頼していたからでもあり、いずれエリザベスの元へはファーミング家から誰かが遣わされると知っていたからでもある。が、顔を見る機会が増えるという私情が入っていたのは否めない。
それがまさかこんなことになるとは。
***
ハロルドは悩んでいた。
はたから見るとまったく変わっていない表情の奥で、煩悶ともいえる感情を抱えていた。
こんなことなら成人を待たずにとっとと婚約してしまえばよかったと、彼らしくもなく過去を後悔していた。
マーガレットはいま、非番にも関わらず護衛対象に熱視線を向けている。
「あぁ……王太子殿下の告白は失敗ね」
「やはりか」
ハロルドは頷いた。だいたい予想はついていたことだ。
彼の乳兄弟であり主人でもあるヴィンセント・フォン・ワイズワース殿下は、両親のいいとこどりをした容姿と明晰な頭脳、それにふさわしい自信を兼ね備えているのだが、婚約者である公爵令嬢の前では歳相応のへたれ男子に成りさがる。
しかし予想していたとはいえ、これでハロルドの春もまた遠ざかった。
現在、ヴィンセントが男気を見せなければ――つまりエリザベスに告白しなければ、マーガレットとハロルドの婚約も延び延びになるという、意味不明な一蓮托生を課せられている。
そもそも今日はヴィンセントにもエリザベスにも護衛の要らない日だからとマーガレットをデートに誘ったのに、尾行になっているのはどういうことか。マーガレットは護衛だと言い張っているがこれはストーキングだろう。
「スイーツを食べるのを見るのが楽しいんだ、とおっしゃっておられますね」
「……それ、誰にも言うなよ」
「もちろん」
さすがにこれ以上の進展はないと判断したマーガレットは二人に背を向けた――かと思いきややはり気になるらしく視線は背後の二人へちらちらと泳ぐ。堪え性のない子どものようだ。
離れていてもエリザベスの状況がわかるようにと一か月で読唇術をマスターしてしまった恋人を眺め、やはりかわいい、とハロルドは内心で頷いた。何事にも真剣に取り組み、まっすぐなところも好きだ。
とはいえ、マーガレットが護衛対象のエリザベスに並々ならぬ敬愛を抱き、
ファーミング家の面々は護衛対象に肩入れしやすい直情的な性格を持つ。
『乙星』騒動も終幕を迎え、成人パーティも終わった。貴族子息令嬢たちの婚約者探しが本格化する時期である。それまでによい相手に恵まれていた者たちは次々と正式な婚約を発表する。
そこでハロルドもマーガレットに婚約披露パーティの日程を打診したのだが。
返ってきたのは想定の斜め上の返答であった。
「私、エリザベス様が幸せになるのを見届けてからでないと、自分の身の振り方は考えられないわ」
「……」
思い出すだけでため息をつきそうになるのを耐えた。そのため息はヴィンセントを責めるものになってしまう。
「いまのままでお二人は十分にお幸せだと思うんだが」
愚痴は出せない代わりにやんわりとマーガレットの情熱を冷ませないか考える。
振り返ってベンチに座る二人を眺める。照れくさそうに頬を赤らめながら語り合う様は誰がどう見てもラブラブカップル。少なくとも恋人でありながら視線の七割を護衛対象に吸いとられている自分よりはよほど幸せそうだ。
マーガレットはハロルドの言葉に頷きつつも眉を寄せた。
「そうだけど……殿下のお力があればエリザベス様はもっと輝けると思うの」
遠回しに『へたれ殿下が勇気を出して告白してくれたら甘酸っぱい感情に羞恥を覚えたり初恋に心をときめかせたりするエリザベス様が見られるかもしれない、ぜひ見たい』という意味である。
ついでにいうと、婚約には贈り物や披露パーティ等々それなりの準備がかかるので、エリザベスと会える時間が減る。その間にヴィンセントが告白を成功させ、エリザベスの胸キュン期間と重なってしまったら……ということを心配しているらしい。
しかし片想い歴八年を迎えるヴィンセントのこじらせっぷりからして、それが杞憂であることをハロルドは知っている。
「エリザベス様は無自覚だけど王太子殿下を憎からず思っているのは間違いないのよ。私たちにも殿下がどれほど素晴らしい方かよく聞かせてくださるわ。殿下が一言想いを告げてくだされば……」
それはヴィンセント本人に言ってほしいとハロルドは思うのだが、マーガレットからすると確証のない状態でもエリザベスに気持ちを伝えるくらいの勇気を見せてほしいそうだ。
エリザベスへの愛が強すぎて
はあ、と今度は隠すことなくため息をはきだした。
恋人より護衛対象な想い人と、それでもかわいいと思ってしまう自分に対してであった。
***
楽しかったような疲れたような気分で王宮に戻ると、へたれな主人に「マーガレット嬢に告白できていない」との嫌疑をかけられた。
それどころか恋人ですが、と浮かべた苦笑は主人を怯えさせてしまったらしい。
狼狽のあまり二か年計画を暴露してくるヴィンセントにハロルドは自分の予想が当たっていたことを、おまけにノー告白で結婚エンドがありえることを知った。そうなったら自分たちの婚約はどうなるのだろうかと考えている場合ではない。
多少強引にでも婚約にもっていく必要がある。
「いざとなれば殿下のお力をお借りしたく。……私の恋を応援していただけますか?」
「もちろんだ。くるしゅうない。頑張れよ」
ヴィンセントの協力を取りつけたハロルドは、翌週末ファーミング家への訪問を計画した。
そして応対したマーガレットにこう告げたのである。
「マーガレット、状況を待つのではなく作りあげるのも護衛の手腕だ。まず君が婚約し、ラ・モンリーヴル公爵令嬢に恋人のすばらしさを説き聞かせれば、機運も高まるのではないか」
この一言の効果は抜群であった。