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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう 作者:杓子ねこ

ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう

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蛇足編.オレたちの戦いはまだ始まったばか、り?

 エリザベスとのお忍びデートはタイム・リミットを迎えた。

 心の中で何度も何度も名残惜しみつつ表面上は優雅にエリザベスをエスコートして公爵邸へと送りとどける。

 王宮に戻ると、ハロルドが待っていた。

 普段とはスタイルの異なるジャケットにスカーフを巻き、髪もラフめにセットされている。


「お疲れ様でございました」


 うやうやしく頭を下げられ、その一言ですべてを察した。


「貴様……見ていたな?」

「王太子付きの従者兼護衛兼友人ですので。マーガレット嬢とともに五メートルほどの距離を保ちつつ警護させていただきました」

「ちゃっかりお前もお忍びデートしてるじゃないか」

「……あれがデートと言えるかどうかは」

「……」


 いつもどおりの真顔ではあるもののどこかに哀愁が漂っているハロルド。

 マーガレット嬢はエリザベスしか見ていなかったんだろうな。お互い純粋無垢ピュアッピュアな想い人を持つと苦労する……としんみりしている場合ではなくて。


「なぜわかったんだ」

「それは告白する勇気が出ずに『君がスイーツを食べるのを見るのが楽しいんだ』とごまかした件についてですか?」

「はぐっ!!」

「マーガレット嬢が」


 ぼかした顛末を単刀直入に語られて心臓がぎゅんっと悲鳴をあげた。

 胸を押さえてよろける主人を尻目にハロルドは淡々と理由を明かしてくれる。


「ユリシー嬢が池に飛び込んだ日、エリザベス様との会話の内容がわからなかったことを深く反省し、読唇術を身につけたそうで」

「……やる気に満ちあふれすぎだろ……」


 まっすぐすぎるマーガレット嬢が怖い。

 オレの内心の戦慄が伝わったのかハロルドも表情を崩してため息をついた。こっちもこっちで悩んでいるようだ。

 一緒にため息をつきたくなるのをぐっとこらえる。

 部屋についてハロルドに外套を脱がされながら、オレは抵抗を試みた。


「告白は失敗したわけじゃない、状況を鑑みて延期したんだ」

「と申しますと」

「『乙星』騒動は解決した。これからは王立アカデミアで堂々とエリザベスの傍にいられるのだ。告白を焦らず、もう少し距離を縮めてからのほうがよいと考えた」

「なるほど、つまりこれから仲良くできるチャンスがあるのに変に告白してギクシャクしたくなかったと」

「的確に意訳するんじゃない!!」


 叫びをあげて振り返るとハロルドはすでにおらず外套の埃を払いハンガーに吊るしている。

 せっかく王宮に帰る道がてら自分を納得させるための理屈をあみだしたというのに、一撃で破壊されてしまった……。オレの硝子のハートが砕けそうだ。

 えぇい、こうなったら道連れだ。


「そんなことを言ったらお前だって、マーガレット嬢に告白できていないんだろう!」


 悔しまぎれにびしっとハロルドを指さし、痛いところを突いてやった。ハロルドは無表情のまま一瞬押し黙る。

 それからなんとも言えない顔で宙を眺め……ふふっと自嘲気味に笑った。

 ひえ、一年に一度出るか出ないかのハロルドの笑顔だ。

 空気が一気に重たくなる。ゆっくりとハロルドが近づいてくるにつれ、気温が下がっていく気がした。

 オレは焦りながらグレーのジャケットの肩を叩き、ひきつった笑みを浮かべた。


「だ、大丈夫だ。卒業まであと二年ある。そのあいだに気持ちを伝えればいい。最初は駄目でも何度も伝えれば意識してもらえるかもしれないし。いざとなれば王家の命令で婚約も……」


 別にハロルドは一年に一度しか笑えない呪いにかかっているわけでもなんでもなく、本人の笑いたいときにいつでも笑える。本人が笑わないだけだ。とはいえ貴重な笑顔をこんなところで消費させてしまったことに罪悪感を覚え、必死に慰めた。必死すぎて本音がボロボロ飛びだした。

 ヤバイ、オレが二か年計画で告白を長期化させようとしていることも、告白しようがしまいが最終的には結婚できると自分に逃げ道を作っていることもバレた。

 笑顔一つでオレをここまで狼狽させることができるのはエリザベスかハロルドくらいのものだ。


 ハロルドは笑みを消してオレの顔を眺めていたが、ふと何かに思い至ったような顔つきになった。

 銀の髪がさらりと揺れる。


「殿下、お心遣いありがとうございます」

「う、うん、まぁな」

「いざとなれば殿下のお力をお借りしたく。……私の恋を応援していただけますか?」

「も、もちろんだとも。くるしゅうない。頑張れよ」

「重ね重ね、ありがとう存じます」


 丁寧な口調が逆に怖い。

 静かに礼を言うハロルドは吹っきれたような顔をしている。みなぎる決意のオーラから「どんな手を使ってでもマーガレット嬢を手に入れる」という心の声が聞こえた気がしたが信じて応援することにした。

 目的のためなら手段を選ばないとはいえハロルドは好きな相手を傷つけるような真似だけは絶対にしない。

 想いの届かない者同士、手を取り合っていかねば。


 

***


 

 一か月後、アバカロフ伯爵家子息とファーミング伯爵家令嬢の――つまりハロルドとマーガレット嬢の婚約が発表された。

 エリザベスに尋ねたところマーガレット嬢は婚約者の惚気を語りまくって幸せそうだということなので、ダメージを受けたのはオレだけらしい。

このたび、このお話の書籍化が決まりました。

応援してくださった皆様、本当に本当にありがとうございます!

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